100話 古代魔法
「とはいえ……だ」
ニコが『サンクチュアリ・ベール』に守られているといっても、魔力の枯渇は避けられない。
早く充魔をしてやらなければニコは動けなくなってしまう。
傷付けられないとは言っても、捕らえられたりしたら一大事だからな。
「助けに行ってくる」
「あ、でも……コーシさんは自分に『サンクチュアリ・ベール』をかけていませんよね?」
俺がニコのところへ行き、新鮮組の誰かに斬られると…………斬れるのか。
「よし! じゃあ、自分に『サンクチュアリ・ベール』!」
……だが、魔法は封じられている。
「なぁっ、しまった! そうだった!」
あれ? じゃあ充魔も出来ないんじゃねぇの? ヤバくないか?
「でも、コーシさん、充電は出来てますよ、ほら」
らぐなろフォンの画面をこちらに向けるエルセ。
確かに、バッテリー表示が残量半分程度になっている。
魔力を受け渡すのは、この部屋の中でも可能なのか……
「では、わたしが行って、その隙にニコさんを……」
「いや、ダメだ」
抗う術がない者が行ったのでは状況は変わらない。捕らえられる人間が変わるだけだ。
「でも、わたしにはらぐなろフォンもありますし」
「その残量じゃ一回使えばまたバッテリー切れになる」
ブラの空気が抜けてもうコスプレが出来ないエルセに、前衛を任せるわけにはいかない。
「で、でも……」
「なら、私が囮になってあげるわ」
「ダ、ダメですよ、スティナさん!?」
「ふふ……心配してくれるのね、エルセ」
「だって、スティナさん、たぶんコーシさんにそんなに大切にされてないですから、『サンクチュアリ・ベール』効いてないかもしれませんよ!?」
「…………あなたは敵なのかしら、エルセ?」
あぁ、こんなところに新たな火種が……
「大丈夫大丈夫。きっとちゃんと効いてるから。でも念のためにここで待機してろ。な、スティナ?」
「自信がないのね!? コーシ、あなた、自信が持てないということよね、それは?」
「念のためだ念のため!」
やっぱ効いてなかった、ってシャレにならないだろ?
いや、たぶん効いてるとは思うよ? 大切に思ってるし。
でも、万が一ってこともあるし。
「大丈夫じゃ。ワシに任せておくのじゃ」
ニコが新鮮組に向かって腕を伸ばす。
しかし、今この部屋では魔法は使えない。……何をするつもりだ、ニコ?
「魔法封じの魔法やアイテムというのは昔からたくさん出回っておったのじゃ。その度に力を無効化されていたのでは、魔法使いはいざという時に役に立たぬ者になってしまうじゃろ? じゃからの……」
ニコの全身から魔力が迸る。
魔法を使う気だ。でも、どうやって……?
「――刻の番人……嘆きの門番……冥界よりの使者…………深淵の縁に立つ乙女……――」
詠唱?
「珍しいわね、詠唱が必要な魔法なんて……」
スティナが使う回復魔法は詠唱のようなものが付随している。
詠唱しない時もあるけれど。
「古代の魔法はみんな詠唱が必要だったようよ。私の使う『すずしろ』も古代魔法の一種なの。もっとも、威力を抑えれば詠唱無しでも使えるのだけれども」
今は、魔導書を使用することで、体の中に不可視の魔法陣を構成し、それを介して魔力を魔法へと変換し発動させるらしい。
スティナの体内には『すずしろ』の魔法陣が存在し、簡易的に発動することも可能であり、同時に、魔方陣を介さない古来の発動も可能――なお威力は古来のものの方が高い――ということらしい。
「世に出回っている幾百の魔法封じは、どれも体内の魔法陣に作用して魔力の変換を阻害する仕組みなのよ」
「つまり、古来の魔法を使えば……」
「魔法封じを跳ね除けて魔法が使用出来るということよ」
大魔法使いと呼ばれるニコ。
魔法封じを受けたことも十回や二十回ではないだろう。誰もが真っ先に警戒をする人物だからな。
そのニコが、やられたままにするわけがない。
「――……来るものを拒み、去るものを捕らえよっ! 牢獄の蔓!」
ニコの腕が光り、同時に床から無数の草が生えてくる。
うねうねと蠢くそれは、見る間に長い蔓へと姿を変えた。
蛇のように絡み合う無数の蔓。
あれに触れると、絶対捕まる。
一目でそう分かる、如何にもな容姿をしている。
「追ってきたければ、くる……の、じゃ……っ」
敵に背を向け、ニコがこちらへ駆け出す。
「つか、マジ舐めてんの? 追うっつうの!」
ゲソがニコの背を負い、からくりソードを振り上げる。
しかし、蔓を踏んだ途端、世界が早回しになったのかと錯覚するような速度で蔓がゲソに絡みついた。
決して解けないようにきつく締めあげる。
「ぎゃあああっ!」
ゲソが悲鳴を上げ、その向こうでチョーが、「あぁ……やだなぁ~やだなぁ~、怖いなぁ~……」と漏らす。……怪談か。
そんな中、無言でこちらを見つめていたエビがからくりソードを振り上げた。
「……逃がすと思う?」
そして、一気に振り下ろす。
刀身から大量の水が迸り、鉄砲水のように勢いよくこちらに向かって飛んでくる。
この中でも、魔鉱石の魔力は使えるらしい。
巨大なウミヘビのような水流がニコの背中を狙う。
させるかっ!
俺は駆け出し、ニコを迎えに行く。
水流がニコに到達する前にニコを抱きしめ、そして全身から突風を発生させる。
激しい水の流れと、吹き狂う暴風が衝突し、室内が台風の直撃を受けたような惨状へと変わる。
「ニコ、大丈夫か?」
「コーしゃま……なんで?」
土砂降りになった室内で、ニコを抱きしめ魔力を送る。……よし、送れてるみたいだ。
ニコの肌がどんどん若返っていく。
「ワシは『サンクチュアリ・ベール』に守られておるから、平気じゃというのに……」
「平気でもなんでも……嫌なんだよ、お前らが殴られるのを見るのは」
なんというか、どうしていいのか分からないくらいに心が掻き乱される。
ダメージがないから何されてもいいだろう……とは、どうしても思えない。
「助けられるなら、助けに来るさ。いつだって。どこにだって」
「コ……コーしゃま………………きゅんっ!」
心臓を押さえて体を丸くするニコ。
……心臓発作みたいでビックリするから、ちょっとやめてくれるかな、それ?
「…………風?」
暴風雨に掻き消されそうな小さな声でエビが呟く。
ふん、魔鉱石の力を使えるのは自分たちだけだと思ったか。
「残念だったな、エビ! こっちにも風のタリスマンがあるんだよ」
この中でも使えると分かれば、遠慮なく使わせてもらうさ。
もっとも、俺がもらったのは風のタリスマン(液状)だったから、いつまで使えるかは分からんけどな。