99話 自我を持つ刀
「からくりソードは自我を持つ、生きた刀なんだよ」
まんまと騙されている上家が、からくりソードの性能を説明してくれる。
……ホント、スティナはこういうことをよく思いつくよな。絶対敵に回したくない。
「魔鉱石をベースにした刀剣に、人工知能と、この世界の有名剣士のデータを組み込んだんだ。剣士のデータは、ウセロさんが伝手で入手してくれた」
魔鉱石ってのは、カチヤが作ってくれた風のタリスマンの材料になった風の原石みたいなヤツのことだ。結構な価値のあるものらしいが、その魔鉱石も、そしておそらく剣士のデータとかいうやつも、ウセロがどこかから盗んできたものなのだろうな。
しかし、……自我を持つ刀か。
グレイスの戦いへ目をやる。
特撮のような、頭で思い描いても実際は体が付いてこないような、人間離れしたグレイスの剣筋。
それを完璧に受け止めている新鮮組。だが、連中の動きは確かにおかしい。不可思議だとすら言える。
まるで、意志を持った刀に振り回されているような動きだ。
で、それが「まるで」ではなく、実際そうなのだという。
「なるほどね。あの踏み込みでグレイスの剣を受け止めるなんて、普通ならあり得ないことが起こるのも、あの武器が意志を持って動いているからこそなのね」
「そうだ。あのからくりソードは自動で持ち主を危険から守ってくれる」
「守る? 自動で攻撃はしないのかしら?」
「あれは人を傷付けるための刀じゃない! 凶悪な者から身を守るためのもんだ!」
それでも、自動で完璧に身を守ってくれるなら、それだけで相当心強い武器になるだろう。持ち主は攻撃にのみ意識を向ければいいのだ。
相手に散々攻撃をさせ、隙が出来たら自分で攻撃する……うん、厄介な刀だ。
だから、グレイスが手を焼いているのだろう。
対峙している相手の意志とは別に刀が勝手に動くのだ。先読みなど出来るはずがない。
グレイスにしてみれば、すべてが予想外の動きになっているはずだ。
さらに、あの刀の原材料が魔鉱石なのだというなら……
「こんな火ぃ、すぐ消せるっつぅ~のっ!」
ゲソが振り上げたからくりソードから水が迸る。
水龍のように、太くうねる水の塊がニコの生み出した炎を消火していく。
……やっぱり、魔鉱石の力も使えるんだな。
「グレイス、ニコ。その武器は自我を持ち、自動で持ち主を守る、魔鉱石製の武器らしいわ!」
「なるほどな。それで合点がいったぞ」
「ふむ、知らせてくれてありがとなのじゃ」
「はっ!? 困ってない!? 騙しやがったなテメェら!?」
今更気付く上家。
……お前、日本ではさぞ暮らし難かったろ?
「なんてヤツらだ! やっぱりテメェらが悪者で間違いないな!」
うむ……その発想は困るな。
なので、ちょっと言い訳をしておくか。
「武器の性能を知らずに戦うのはフェアじゃないだろう?」
「フェア?」
「そんな特殊で高性能な武器を使い、あまつさえそれを相手に黙っているなんて、騙し打ちみたいで卑怯じゃないか」
「ひ、卑怯……新鮮組が……卑怯だと!?」
「だから、これで正々堂々戦えるな!」
「おう! 真っ向勝負だ!」
うん。
こいつはとても扱いやすい。
……いかん。善人過ぎるヤツの前にいると、自分が酷い悪人になったような気になってくる……まぁ、ズルいことをしている自覚はあるけども。
「あとは、あの二人に任せましょう。私たちの手に負える相手ではないもの」
出来る限りのサポートを終え、戦況を見守ることにしたスティナ。
確かに、下手に加勢すれば足手まといになりそうな雰囲気だ。
「で、でも、コーシさん。ニコさんが……」
エルセが指差す先ではニコが三人を相手に魔法を繰り出していた……が。
やはり室内という限られたスペースだと、魔法は不利だ。
魔法が発動するまでのわずかな時間で徐々に距離を詰められている。
さらに、ニコは同時に二つ以上の魔法を使えない。
けれど相手は魔鉱石の力によりそれぞれが魔法のような力を使うことが出来る。
そして、……ニコは魔力の枯渇が早い。
「エルセ、らぐなろフォンを貸せ! 充電する!」
「はい!」
エルセのらぐなろフォンを頭の上に載せる。
「コーシ。最悪の場合、魔法でニコを援護してあげなさいね」
「あぁ。分かっている……けど」
俺の使える魔法は限られている。
この場合有効なのは『イビル・クレバス』くらいだが……
「この場面で口内炎なんか作ったところで意味ないだろうし、だからと言って俺の魔力を送り込んで爆発させちまうのは…………いくら敵とはいえ、やっぱりイヤだ」
魔獣みたいな絶対的な強者になら、ためらわずに出来たのだが……エゴかな……
相手が人間だと思うとどうしても躊躇ってしまう。
魔力を注ぎ込んだ『イビル・クレバス』は、確実に相手の命を奪ってしまうから……
「分かっているわ……」
まるで、俺の心を慰めるように、スティナの手が俺の腕に触れる。
「だから、それは『最悪の場合』よ」
ニコの身が危なくなれば、俺は魔法を使う。
相手の命を奪うことになったとしても、俺はニコを失いたくはないから。
まさに、『最悪の場合』だな。
「……テメェら。敵の命を奪うことを、躊躇うのか?」
俺とスティナのやりとりを聞いて、上家がそんなことを言う。
こいつは、何を言ってやがるんだ……
「当たり前だろう、そんなこと」
「……そうか」
思い詰めたように、上家が俯き、まぶたを閉じる。
今、上家の頭の中にはどんな情景が浮かんでいるのだろうか。
唇が、微かに震えている。
「コーシさん。ニコさんの体が!」
大魔法を連発したニコの魔力が枯渇し始めた。
戦闘が長引くと不利だ。
「助けに行ってくる!」
それなりに充電したらぐなろフォンをエルセへと手渡す。
いざとなったら援護を頼むという思いを込めて。
「はい。お気を付けて」
らぐなろフォンを受け取り、ギュッと握りしめて、エルセがそんな言葉を俺にくれる。
なんだかな。それだけで、少し勇気が湧いてくる自分の単純さ加減が笑えるな。
「よし、ニコ! 充魔しに行くから、一度魔法で時間を稼いでくれ」
「分かったのじゃ!」
巨大な炎でも放っておけば、数秒は新鮮組を足止め出来るだろう。
その間にこちらの態勢を立て直して……
「『煉獄の紅』なのじゃっ!」
今放っていた魔法が切れるタイミグで、ニコが次の魔法を放つ。
……いや、放とうとして、出来なかった。
「ぶはははっ! 残念だったな! テメェの魔法を封じさせてもらったぞ!」
部屋の向こう側で、ウセロが黒い箱を掲げている。
そこからは鈍色の光が漏れ出していた。
魔法封じのアイテムか!?
「少々時間はかかったが、この部屋ではもう魔法は使えねぇぞ!」
薄い煙のように漏れ出す鈍色の光。
あれが部屋に充満するまで、ウセロは部屋の隅でこっそりとあのアイテムを使い続けていたのか。
魔法が切れるタイミングで次の魔法を放っていたニコ。
その魔法が封じられたことで、初めて攻撃の手が止まった。絶望的な隙が生じてしまった。
「がははははっ! 殺せ! 殺しちまえぇぇええっ!」
ウセロの汚い声に後押しされるように、新鮮組の三人が一斉にニコへと襲いかかる。
「ニコッ!?」
一瞬肝が冷えるが……
「大丈夫じゃ」
ニコがこちらを向いて、微笑んだ。
「ワシは、コーしゃまを信じておるのじゃ」
いい終らぬうちに、新鮮組の刃がニコを襲う……が。
「……ほっ。よかったのじゃ」
三本の刀を弾き返して、ニコが大きな胸を撫で下ろす。
「ワシも、ちゃんとコーしゃまに『大切』じゃと思われておったのじゃ」
『サンクチュアリ・ベール』の光が新鮮組の放った凶刃を防いでくれた。
そっか……それで「俺を信じる」って…………よかった。ニコのことを大切だと思ってて。
安堵する俺の隣で――
「私だけ、『サンクチュアリ・ベール』に守ってもらえなかったらどうしよう……」
――と、スティナが変に焦っていた。
いや、大丈夫だって。ちゃんと大切に思ってるから。大丈夫大丈夫……たぶん、な。