不気味な来訪者
日が落ちきり暗くなった頃にようやく野営地点にたどり着いた俺たちは、素早く食事を済ませ休む事にした。
見張りの順番はキリシュとセレン、エラウェラルエルを除いたメンバーで交代する事にした。
「この辺りはちょうど中間地点だから要注意だ。レイチェルとセッター、俺とウォーレン、サハラとボルゾイと大丈夫ならセーラムの嬢ちゃんにも頼もうか?」
「分かったの!」
ズィーが見張りの順番を決めると、最後に頼まれたセーラムが無い胸を張り返事をしていた。
トントン、トントントン…
「…ん?」
「しっ…何かこっちに向かってくる。体は起こすな」
寝ぼけた頭を覚まさせると、ズィーが他の仲間をそっと起こしていた。
魔物であれば、すぐに起こして戦闘態勢を整えればいいが、ズィーはそっと起こしていた。
「あそこだ」
気がつくとズィーが隣に来ていて、指差している位置を見ると確かに遠くに何かがいる。
フラフラとゆっくりと歩きながら、一応街道沿いに進んでいるそれは、どう見ても人のように見えるが、ここはこんな真夜中にたった1人でうろつけるような場所ではない。
「ゾンビ…か?」
「違う、よく耳を澄ましてみろ」
耳を澄ますと微かにブツブツと、ただ何を言っているかまでは距離がありすぎるため分からないが、確かに何かを喋っているのが聞こえる。
「ズィーはあれをなんだと思う?」
「アンデッドの類かとも思ったが、完全な肉体を持ったアンデッドとなるとヴァンパイアがいるが…」
ズィーが懐から一欠片のニンニクを取り出して見せた。
「該当するのがいない」
一欠片程度で足りるのかは疑問だったが、とりあえずヴァンパイアではないらしい。
どうしたものか迷った俺は他の仲間を見回すと、起こされていたのは俺とキリシュとボルゾイで、後は見張りをしていたズィーとウォーレンだけだったのに気がつく。
「距離もあったし敵かどうかもわからなかったから、全員は起こしてない」
「セッターは…「この状況、騎士道を重んじる彼は危険だから起こさなかった」」
なるほどね。確かにセッターだったら普通に声をかけに行きそうで危ないな。
だが街道の少し傍に寄っただけの場所にいる俺たちの前を、あれが通るのは間違いはなく、また通り過ぎるのをただじっと待つという考えは危険だろう。
「皆んなを起こそう」
俺はそう判断し、素早く寝ている仲間を起こし状況を話した。
「マスター、もしかしたら襲われてなんとか逃げ延びた人かもしれないじゃないですか」
セッターが立ち上がり声をかけようとしたが、素早くズィーが口を塞ぎ止めた。
「ここには仲間がいるんだ。個人の考えだけで勝手に動くな」
「そうだセッター。騎士道を重んじるのは分かるが、今は自重してくれ」
ズィーに抑え込まれ、ズィーと俺の言葉を聞いて、セッターは不貞腐れた顔をしながらもおとなしくなった。
「あちらさん、どうやらこっちに気がついたようよ」
セッターの行動にセレンはイラついているようだ。まぁ気持ちはわかる。
見るとこちらにブツブツと何かを言いながら、真っ直ぐ近づいてきた。
「皆んないつでも交戦できる体制だけは整えておいてくれ」
あと5メートル、そこまで来ると立ち止まり、はっきりと姿もわかった。見た目は普通の人間の男…冒険者のようで、戦士のように見える。
「み、みみみ、見つけた」
「何をですか?」
「おおお、お前、だ」
コイツは何かおかしい。少なくともまともには見えない。俺は念のため騎士魔法の予測を使っておいた。
そして流石のセッターも、目の前の異常な男を見て黙ってしまう。
「俺?ですか?」
俺を指差しているのだから間違いはないだろうが、わざと尋ねてみた瞬間、そいつはいきなり俺に切りかかってきた。
あらかじめ予測を使っていた俺は素早く躱して杖を構える。
「俺たちはあなたを知らない。どういうつもりか分かりませんが、武器を収めてください!」
その男はニタァと気味悪く笑うと、再度剣を振るってきた。仕方なく俺は舌打ちをすると、その攻撃を杖で捌こうと手首に突き込み力を込めるがビクともせず、じわじわと切っ先が近づいてきた。嫌な汗が頬を伝う…
ドスドスドスッ!
キリシュとズィー、セッター3名がその男に剣を突き込んでいた。だが、一瞬動きを止めはしたが、男は気にすることなく剣を押し込み続けてくる。
マズい!そう思った時…
「ドルアァァァ!」
ウォーレンが戦斧で男の剣を持つ両腕を叩き切り、剣と腕が落ちた。急に負荷のなくなった俺は倒れこんだ。
「いやああぁぁぁぁ!」
セーラムが手を顔に当てて悲鳴をあげている。一瞬何が起こったかわからなかったが、すぐに激痛でその意味がわかった。
一緒に倒れこんできた男は、3箇所剣で突かれ、両腕を叩き斬られたにも関わらず、口を大きく開けて俺の喉に噛み付いてきやがった。
俺は噛まれた激痛を感じながらも、必死に押しのけ逃れようともがく、ボルゾイとセレンも手伝って引き剥がすと、ブチンっと聞きたくない音が耳のすぐ下から聞こえた。
意識が遠のきそうになるのを必死に耐えていると、駆けつけたエラウェラリエルに支えられ、レイチェルとボルゾイが叫ぶように何かを言っていた。神聖魔法で治療か何かだろうことは、しばらくすると痛みが消えたことで分かった。
そして柔らかでいい香りのするエラウェラリエルに、抱き支えられている感触にも癒され楽しめたのは内緒だ。
普通間違いなく死んでるな…魔法のある世界万歳だ。
エラウェラリエルに支えられながら、ゆっくりと体を起こして、あの男がどうなったかを見ると、キリシュとウォーレンとセッター、更にズィーまでが加わって必死に押さえつけている。
「なんていう力ですか!」
「腕を切られて、剣で刺しても死なないのか!」
「たぶん、魔法じゃなきゃ倒せないのかもしれないが、これで魔法撃たれたら俺らまで巻き添え食らっちまう」
それを聞いて俺は、男が持っていた剣を拾いあげると、騎士魔法の聖剣を使う。
剣が白く輝きだし、押さえつけられた男の元によろよろと力なく近寄ると背中に剣を突き立てた。
「ウボオオオォォォォォ!」
奇妙な叫び声をあげると、その動きがついに止まった。
「殺った…のか?」
恐る恐るキリシュ達が離れたが、動き出すことはなかった。
ズィーが素早く男の体を調べだし、冒険者証を引っ張り出した。
「ゲラルドルフか…知らない名前だが、冒険者だな」
「ヴェニデの町から追ってきたのかのぉ?」
「マスターを狙ってましたよね?」
「そうみたいだけど、知らない人だよ」
セーラムが俺の外套にしがみついて泣いている頭を撫でながら答えた。
「もう驚くことはないと思いましたが、貴方は騎士魔法まで使えるのですね」
「あの剣が白く輝いたのは騎士魔法だったんですか!」
「騎士でもないのに、騎士魔法…」
「5年前にヴァリュームの騎士に特別に教わったらしいわ」
俺が返答に困っているとレイチェルが助け舟を出してくれた。
「サハラの秘密なんか今はどうでも良いじゃないか。それよりもこいつだ」
ズィーが死んだ男の持ち物を整理していて、使えそうなものは頂く様子だ。
「かなり腕の立つ冒険者だったみたいだ。少なくとも俺らより確実に上だ…
ウェラ、鑑定魔法は使えるか?」
そう言って並べてある品々を指差す。
使っていた剣とダガー、リングが1つにレザーアーマーが置いてある。
「貴方がいつもうるさいぐらいに言うから、1回分は毎回記憶してあるわ。
だから、1つだけなら今調べられるわよ」
「それじゃあリングを頼む。残りは明日だな」
エラウェラリエルがため息をつくと、リングを手に持って魔法の詠唱をする。
「魔力よオーラを発し我に示せ、魔力感知
秘められし力、見分け明らかに、物品鑑定」
あれ?ルースミアはあと魔法識別もしていたはずだったけど…今は集中しているみたいだから、あとで聞いてみよう。
ちなみにこの2種類だけなら俺も記憶すれば使うことは可能だが、これを記憶したらあと1個しか記憶出来なくなってしまうため、必要な時に記憶するしかない。
「あたしもあれ出来るの」
不意にセーラムが外套を引っ張ってきた。
「え?あ、そうか。じゃあ残りはセーラムに頼んでもいいかな?」
「うんなの!」
エラウェラリエルが鑑定を終えたようで、リングの能力を説明している。
「このリングは《身躱しのリング》ね。装備者は攻撃を躱しやすくなるはずよ」
おおーと声が上がる。
うん、この雰囲気、なんかネトゲで仲間で狩りに行ってアイテムゲットした時を思い出すな。
「残りはあたしが鑑定するの」
「お!そうかい、セーラムの嬢ちゃん出来るのか。凄いな、じゃあ頼むよ」
ズィーってやっぱりシーフなんだな。お宝ゲットで普段と違って生き生きしてる。
「えっへんなの!」
そしてセーラムは頼られたのが嬉しかったのか、無い胸を張っている。
「えーっと、魔力感知!物品鑑定!魔法識別!」
は?魔法識別?
エラウェラリエルを見ると、ええええ!と驚いた顔をしている。
「セーラムさんは魔法識別も出来るんですか?」
「えーっと、えっへんなの!」
エラウェラリエルがガックリと頭を落としてハイレベル魔法なのに、とつぶやいていたのを俺は聞き逃さなかった。
うん、分かるよその気持ち…それと聞かないでよかったよ。
「剣が魔法の剣なの。魔力のオーラはあんまり強くないみたいなの」
「出回ってるやつだな。もっとも手が出るような金額じゃないが」
「ダガーは魔力ないの」
「やっぱ、ただのダガーか」
「レザーアーマーも魔力ないの」
「まぁ、そんなもんだよな」
どうやら収穫は剣とリングだけのようだった。ズィーが分配を聞いてきたが、剣はセッターしか使わないが騎士魔法がある、リングも騎士魔法の予測があるため、キリシュ達に譲ることにした。
それなら売って分配をとキリシュが言ってきたが、今回みたいなことがあった時の為に魔法の武器はあったほうがいいからと断った。
剣はキリシュが持つことになり、初めて持つ魔法の剣に喜びを隠せないようだった。
朝まではまだ時間があった為、見張りをキリシュとセレンがやると言い出してきたため、任せて休むことにした。
あの男は一体何者だったんだ?少なくとも人間に出せる力じゃなかった。手を噛みつかれた首に当て、そんな事を考えながら俺は眠りに落ちていった。