敵襲
国王レフィクルがヴェニデを出て1時間後ぐらいに、俺らもヴォルフに向かって町を出た。
町を出る頃には空は晴天に戻っていたが、俺はレフィクルに追いついたりはしないだろうかと心配だった。仲間達も不安からか落ち着かない様だ。
「相当先まで行ってるみたいだな。
なぁ、出くわしたら殺されるわけじゃあるまいし、気にしてもしょうがないんじゃないか?」
偵察で先行して先に行っていたズィーが戻ってきて、いつまでも俺らの暗い表情にうんざりしているようだ。
「そうだな…国王の事を気にするのはやめよう」
日が落ちだす頃、野営地点に着いた俺らは食事と野営の準備に取り掛かっていた。
手の空いていたセーラムに辺りを警戒してもらっている時だった。
「パパ!あれ!」
セーラムが叫んで指差す方を見ると空をゆっくりと飛びながら近づく獣がいた。
遠目に見ても分かる獅子の体に竜の翼、マンティコアだ。
マンティコアは3メートルほどの獅子の体に竜の翼があり、尻尾には鋭く長いトゲを生やしそれを飛ばす事もできる。そして頭は人間で共通語を話すという魔獣だ。
肉食でどんな肉でも食うが、人間の肉が特に好物で遭遇した場合、逃す事はまず無いと言われている…だったっけか?
あれ?トゲには毒か麻痺あったっけ…忘れた。
「まずい!マンティコアだ!トゲを飛ばしてくるから後衛は気をつけろ!」
「マンティコア!僕らには強敵ですよサハラさん!」
「でもよ、あちらさんは逃す気はさらさら無さそうだぜ」
エラウェラリエルが、そして俺も魔法の詠唱に入ってしまったため、ズィーが俺の代わりに答えると弓を構えて射撃し始めた。
「はあぁぁぁあ、魔法矢!なの!」
セーラムの手から魔法で作り出された光の矢が2本、マンティコアに向かって飛ばされた。
「魔法の矢よ敵を打て!魔法矢!」
俺の手から光の矢が1本だけ飛んでいく…ショボいな…
魔法矢は魔力が上がると威力は変わらないが本数を増やしていき、最大数は12本まで一度に作り出され、それを箇々別々に飛ばす事もできる。つまり俺はウィザードとしてはヘッポコっていう事だ…っとそれどころじゃないな。俺は次の魔法の詠唱に入った。
「突き抜けろ雷!雷撃!」
エラウェラリエルの手から電気の帯がバリバリ音を立てながら放たれ、電撃を受けたマンティコアがウギョギョギョと奇声をあげながら地面に降りてきた。
「ウガーーーー!貴様ら1人残らず喰ってやる!
ウホッ、人間がいっぱいだ!おおお!女の肉は柔らかで脂が乗って美味い、こいつはご馳走だ!エルフは食いでが無いがまぁいい、ドワーフは臭いから殺すだけだ、グヘヘへ」
あれだけの攻撃を受けたにも関わらず、マンティコアは平然としていて、俺らを見てよだれを垂らしながら喜びに満ち溢れているようだ。
そして尻尾を振りこちらに向けるとそのトゲを飛ばしてきた。
「我を守りし不可視の盾!魔法盾」
詠唱がちょうど終わる。
「神よ!我らに勝利の祝福を与えたまえぃ!祝福!ぶげぇぇぇ」
ボルゾイが皆んなに祝福をかけ士気が上がったのと同時に、神に呼びかけて無防備になったところへトゲが命中したようだ。
俺の所にも1本飛んで来たが、俺に命中する手前で魔法盾のおかげで何かに当たったかのように落ちた。
仲間達をざっと見るとボルゾイに加えてキリシュも避け損ねたのか、トゲを受けて倒れている。
「ドルアァァァ!」
ウォーレンが戦斧を振り下ろすがマンティコアの腕の長い爪で弾かれてしまった。だが、力一杯振った戦斧で体勢が崩れたようだ。
同じく正面から攻撃しに行った、セッターがウォーレンの作った隙をついて、剣を突き入れ血を噴きださせていた。
脇腹の方へ素早く回っていたセレンも槍を突き入れて攻撃している。
「神さまお願い!キリシュとボルゾイの傷を癒して」
「魔法の矢よ敵を打て!魔法矢!」
レイチェルがトゲにやられた2人の怪我を癒し、エラウェラリエルが魔法矢で攻撃をした。5本も飛んでいったよ。
「マナよ、紡ぎ槍となりてあたしの武器となれ」
セーラムがリングオブマナで槍を紡ぎ出すと俺と一緒に前に出て接近戦に出た。
杖術というよりは、ただ殴りつけているだけのような攻撃をしながら、ふとズィーが見当たらない事に気がついた瞬間、マンティコアの首下辺りから突然現れたかと思うと、手にしたダガーで喉元を掻っ捌いた。
あれがシーフ特有の攻撃、スニークアタック又はバックスタブといわれてるやつか。
確かにバレなきゃ急所攻撃になるが、バレてたらあんな首下だ、ほぼ回避できないで直撃もらう事になるな。
シーフには急所を的確に攻撃する術を持っている。それがスニークアタック又はバックスタブと言われ、物陰に潜み相手の視界から姿を隠して近づき、無防備な弱点又は急所に必殺の一撃を入れるという攻撃だ。
喉を掻っ捌かれ血がドバドバ流れ出ているマンティコアは、ヒューヒューと声も出せず恨めしそうに俺らを睨むと、そのまま倒れて息絶えた。
「や、やった!僕らマンティコアを倒した!」
「ええ、そうね。でもキリシュは何の役にも立たなかったけれどね?」
うんうんと頷く人が若干数名いた。
「た、確かにそうかもしれないけど、いくら何でもそれは無いよセレン…」
「セレンさん違うの。キリシュさんセレンさんに飛んで来たトゲを受けて倒れちゃったの」
「え?」
「げ!
さ、さぁ野営の準備の続きをしちゃいましょう」
即座にキリシュが野営の準備の続きを始めにいき、普段クールなセレンの顔がカーッと赤く染まった。
こうなった張本人のセーラムはそれを見て、あり?といった感じに首を傾げていた。
ズィーとウォーレンはククククと笑いを抑えながら、マンティコアの死骸から何かを剥ぎ取る作業をし始めだしていた。
「恋じゃのぉ」
「素敵ね。まるで騎士さま」
ボルゾイとレイチェルはガッハッハあははと笑いを抑えず野営の準備をしているキリシュの方へと歩いて行った。
「も〜ぅ!何なのよっ!」
セレンがそう叫ぶと、見回ってくるわと独り言のように言って離れていった。
いつも無口だけど結構可愛いとこあるんだな。
「マスター、1人じゃ危険だから一緒に行ってきます」
うんそうだねと適当に返事を返すと、セッターはセレンの後を追っていった。
ふと振り返れば、エラウェラリエルがセーラムにさっきの槍の事で色々と話をしていた。
エルフ同士仲良さそうだ。
そして俺は1人、今戦ったマンティコアの事で始原の魔術を使っていればもう少し楽に倒せたのかもしれないのではないかと、やはりキリシュ達には明かしておくべきだろうと、そして杖術が対人以外あまり使えないことを考えていたが、それは他の武器でも同じことかと1人決めした後、野営の手伝いに向かった。
食事を終え、見張りの順を決める時にズィーが順番は俺に任せろと言い出した。これは何かあるなと任せてみることにする。
最初がズィーとウォーレン、2番目がレイチェルとセッター、3番目にキリシュとセレン、最後に俺とエラウェラリエルでどうだ?と。
「ちょっと、何で私とキリシュが一緒なのよ。悪意を感じるわよズィー」
「そこは好意とってもらいたいね」
「っもう!」
俺とエラウェラリエルが一緒なのは、魔法を記憶するからという理由だそうだ。
本当によく気が回るな。
まだヴォルフの町までは4日かかるのに初日からマンティコアだ。
キリシュ達に聞いたところでは、この辺りは結構魔物との遭遇率が他より高いという事で、護衛の仕事も高額報酬で有名らしく、夜は特に注意が必要らしい。
ただ野営地に選ばれる場所は大抵見晴らしが利くところのため、寝ぼけていない限り奇襲を受ける、何て事はまず無いそうだ。
ズィーとウォーレン以外が寝る準備に入ろうとした時だった。
遠方に光る目が多数現れた。
「チッ、寝るにはまだ早いみたいだ」
徐々に近づく光る目の正体は狼だった。
きっとマンティコアの死骸の匂いにつられてきたんだろうが、そこに俺らがいたためどうするか迷っているようにも思えた。
「狼なら俺に任せてくれないかな?もしかしたら今日は見張りが必要なくなるかもしれない」
何を言ってるんだという顔をしているキリシュ達をよそに俺は立ち上がると狼の方へ近寄る。
レイチェル達は当然何も言わない。
「サハラさん危ないですよ」
俺は更に狼の元に近づいていくと狼達から唸り声を上げだしたが、俺は気にする事なく更に近づいた。
「おまえ達、お腹が空いてるのか?あそこにある死骸でいいなら食べてもいいよ。ついでに朝まで俺達の仲間の見張りもしてくれると嬉しいんだけどな?」
リーダーらしい狼が『ウオー』と小さく鳴くと尻尾を振って近づき、俺の体にすりつけてきた。
俺が30匹ほどの狼達を連れて仲間のところへ戻るとエラウェラリエルがスゴイ…と普段の口調と違って目をまん丸にして心底驚いている感じだった。
「いいよ、食べな。それと見張り頼むね」
『ウォー』とリーダー狼が吠えると一斉に狼達がマンティコアの死骸を貪り出した。
「さぁ俺たちは休もう。狼達が見張っててくれるから、見張りも必要無いよ」
呆然と俺と狼達を何度も見ているキリシュ達をよそに俺は横になった。
「と、とりあえず僕らも寝よう…か」
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