神格化
翌日朝から町は雨は降ってないものの薄暗い曇り空だったが、国王が王都に戻るという事で町は祭りのような騒ぎになっていた。
町では国王を一目見ようとかそう言うんじゃなく、まだ姿が見えない今から、もはや信者か何かのように手を擦り合わせ跪き、レフィクルを讃えていた。
その様子を見たキリシュ達を含む仲間達が、その狂気っぷりに驚いているようだ。
うん、俺も今日は引き篭ろう、そう思った瞬間だった。
セッターとセーラムにも今日は宿から出ないぞと伝える。キリシュ達も同様に流石に出歩く気は無いようだった。
宿屋で朝食を済ませた俺たちは、この異常な空気に耐えられず、本日分の宿泊手続きを済ませ、俺らの部屋に全員が集まった。
「ありゃぁもはや宗教のようじゃな」
ボルゾイのその言葉で俺は元の世界のとある国を思い出した。
「一体国王は何がしたいんですかね?」
「シーフギルドで聞いた話だと、ガウシアン王都には国王の神殿まで建造してあるらしいぞ」
「何それ、まるで神さま気取りじゃない。そんなの他の神さまが許すはず無いわ」
それぞれ思い思いの事を口にしていた。
「いや、本気かもしれない。大陸を支配した今、国王が次に目を向けるのはなんだと思う?」
「まさか…マスターは国王が本気で神になろうとしている…とでも言うんですか?」
「セッター、違うよ。国王は神に挑もうとしているんじゃないかと俺は思っている」
全員が固まる。あの支配欲の強さから考えてありえない事ではないと思ったからだろう。
「だとしたら尚更神さまが許すはず無いわ!」
怒気を帯びた声でレイチェルが言うが、俺は1つ気がかりな事があった。
「ボルゾイ、レイチェル、2人は今神聖魔法が使えるかな?」
「ぬ?儂の信仰を疑うのかサハラは」
「違う、そうじゃ無いんだよ。
俺の推測が正しければ、既に国王は神格化し始めている。そしてその力が強大になっていたとしたら、他の敵視しているであろう神々の力を弾いてしまっている可能性があるんじゃ無いかなって思ったんだ」
そう、それなら俺が始原の魔術を行使できない理由にもつながる。
「ふむぅ、しかしくだらぬ理由で神聖魔法を使ったところで神は力を貸してはくれんじゃろうから、試すと言うような事は儂ゃできん」
「そうね、私も理由もなく【愛と美の神アーティドロファ】さまにお願いできないわよ」
うん、残念。
でも俺の推測が正しかったら、レフィクルがいるところでは神聖魔法が使えないという可能性がある。
「サハラさん、そうなると冒険者ギルドの調査の仕事も、もしかしたら国王に関係があるんじゃ無いかと僕は思うんですが」
「キリシュ、ちょっと待ってよ。皆んなもさっきから聞いてたけど、まるで国に喧嘩でも売るつもり?そんなの私はゴメンだわ。私たち冒険者が、国の行く末なんか気にしたってしょうがない。そうでしょ?
それに宿屋の部屋の中とはいえ、こんな話誰かに聞かれでもしたらどうするの?」
今まで黙って聞いていたセレンがそう言うとみんな黙り込んだ。
確かになんか国王を敵視してたっぽいな。うん、セレンが言う通り無関係なんだし、そう言うのに関わったらダメだ。
「セレンの言う通りだね。だとしたら、国王が町を出たら宿代無駄になっちゃうけど、俺らも次のヴォルフの町に行って、国王絡みとは関係なさそうな仕事でも探したほうがいいよね」
皆んなが頷き、今後の話に移ろうとした時、外からワーーと歓声だか雄叫びだかが聞こえてきた。
どうやら国王様がご出立するようだな。せっかくだし顔ぐらい見ておくかな?
「ちょっと国王の顔ぐらい拝んでくる」
エルフの外套を指差して、俺は外へ出て行った。
宿から出ると細い路地に入り、コマンドワードを言って姿を消すと大通りの傍にある木に登って待った。国王とその兵士達がこっちに向かって近づくのが見える。
あの先頭の馬に乗っているのが国王か?以外と若いな。とは言っても30代前半ぐらいってところかな。
そんな風に考えながら見ていると、徐々に近づいてくるがどうもおかしい。
あれ…俺の事見てる?見えてる?
なぜかレフィクルが俺の方角を見ていた。いや見続けている。
気のせいだろ。そう思った時だった。
俺のいる位置のちょうど横、大通りからだが馬の歩みを止めさせ俺の方を見ていた。
辺りが静まり、振り返ってみたりしている人達もいる。
俺も一応後ろを振り返るがもちろん誰もいない。
心臓の鼓動が早くなる。こんな事なら隠れて見るんじゃなかったと後悔が押し寄せてきた。
兵士が立ち止まった王に何か訪ねている。恐らくどうしたのか聞いているんだろう。
「何でもない!」
わざとなのか俺のところまで聞こえる声でそう答えると、俺の方を向いたままニヤリと口元を釣り上げるとそのまま馬を進めていった。
通り過ぎたのを確認すると俺は一目散に宿へ駆け込んだ。
「すごい慌ててどうしたの?」
俺はレイチェルを無視して確認したかったエルフの外套の効果を試す。
「今からコマンドワードで姿を消すから、ちゃんと消えたか見てもらえるかな?」
返事も待たずに俺はコマンドワードを言うと皆んなが見えなくなったと教えてくれた。
「戻ってくるなりどうしたんですかマスター?」
俺は先ほど起こった、レフィクルに見られた事を皆んなに話した。
「貴方の気のせいではないですか?
エルフの外套はウィザード魔法の不可視化の効果を発揮させるものですが、魔法で見破らない限りまず見える事は無いはずですよ」
ウィザードであるエラウェラリエルが俺を安心させるように答えてくれたが、不可視化が通じないで見えてしまう魔物も存在する事を俺は知っている。
レフィクルは魔物では無いが、神格化が始まっていればそういう可能性もありえる事を考えもしなかった俺の落ち度だった。
ルースミアは言っていた。
俺の元の世界で得たファンタジーの知識は、おおよそこの世界で通じると…
俺は皆んなにこれ以上心配させないように納得したフリをしておくことにした。
「さぁ、出発の準備をしてヴォルフに向かおう。こっちは徒歩だから追いつく事は無いだろうからね」