鬼と般若
「やれやれやっと会えましたな」
これが第一声だった。
「おや?確か全員で6人と伺っておりましたが、御主人様の勘違いでしたかな」
「おいおい、ちょっと待てよあんた。
素性も何も話さず一方的に話し始めるなよ」
そう、念のために俺らは全員で会う事を避け、俺とマルスとエラウェラリエルの3人だけで会う事にし、そして必要に迫られない限り、名前で呼び合わないとも決めておいた。
他の3人、セッターとレイチェルとセーラムにはこの個室の外で客を装って待機してもらっている。
「そんなことはどうでもいいのです。それでは早速一緒に来ていただきましょう」
「メチャクチャ過ぎる。終わりだ。行くぞ」
何というか…突っ込みどころが満載だ。
マルスはあまりにあり得ない相手の対応に怒りをあらわにして席を立ち上がる。
だがキーワードは得れた。まず人数もあやふやで特定の人物が目的ではない事。そして御主人様と言った。つまり俺らに用がある人物は目の前にいる男ではなく、主従関係にある何者かという事になる。
「それは話が早くて大変よろしい。それではついてきてくだされ」
男も立ち上がり、マルスが行くぞと言った言葉を見事な思考で肯定したと捉えたようだ。
「違う!話は決裂!俺たちは帰るって言う意味だ!」
「それは困りましたな。このまま帰らせては私が御主人様に叱られてしまいます」
「俺たちの知った事か!じゃあな、行こうぜ、時間の無駄だった」
扉を開けてマルスが退室し、俺とエラウェラリエルもついて行く…そして何故か男もついてくる。
「なんであんたまでついてくるんだ」
「一緒に来ていただけないのであれば、来てもらえるまで一緒について行くまでなのです」
その時やっと俺たちは気がつく。とんでもない奴に絡まれたと。
セッター達に目をやると他の客や冒険者同様、様子を見ながら助けに入るでもなく素知らぬ顔で食事を続けている。これは昨晩話あって、俺たちからセッター達に近づかない限り他人のフリをし続けるよう決めておいた為だ。
「はっ、竜角山までついて来る気か?」
「場合によってはそれも致し方ありませんですな」
こりゃゴーストよりもタチが悪いな。
「どうしたんだい、何か問題かい?」
「あぁ女将さん、コイツが話にならなくて交渉以前に決裂したってのに勝手についてきやがるんだわ」
「と言ってるんだけどあんたはどうなんだい?」
「オオウ、貴女は所詮酒場の給仕であって私は客であります。その給仕がしゃしゃり出てくるのはお門違いも甚だしいと言うものなのです。」
バキッィ!!
なんか今物凄い音が聞こえた。しかもそれは2箇所からで、1箇所は女将さんの方からでもう1箇所は厨房の方からだ。
女将さんを見るとこめかみに青筋を立て般若の形相で手に持った木のお盆が真っ二つに割れていて、厨房の方からは初めて見る男、おそらく女将さんの旦那さんだろうと思われる竹内力似の人物が白目を向いて睨みを利かせた鬼のような顔をしてこちらを覗いていた。
その2人の夫婦の恐ろしい形相は酒場の彼方此方から悲鳴が上がるほどで、中にはあまりの恐怖の為に震える者、気絶して倒れてしまった者までいる。その1人にレイチェルも含まれている。
そしてマルスとエラウェラリエルを見ると体をガクガクと震わせ、顔から血の気が引いて真っ青になっていて、セーラムに至っては固まったままお漏らしをしてしまっている。
若干数名平然としている者もいて、その中の1人がセッターだ。
俺?俺は…ゴブリンの首を引きちぎったり、首元を噛みちぎったりすりルースミア見てきたし、それにレフィクルに比べたらまぁ…
「おきゃくじんよぉ、もういっぺんきかせてもらえないかねぇ?あたいのみみがどうにかなっちまったようなんだぁ…」
周りを見れば先程よりは声が上がらず、むしろ気絶者が続出している。エラウェラリエルも遂には気を失い床に倒れ込んだ。
ふと指輪を見る。それともこれのお陰か?
「フム、ならば致し方ありませんな。それでは…
貴女はただの給仕です。そのたかが給仕は大事なお客様から注文を頂き、そして黙って提供していればよろしいの…」
ガシィィイイィィィ!
「「愛の夫婦クロスボンバー!!」」
男がスローモーションのように崩れていき、そして床に倒れた。
「俺のぉ、大事な嫁を給仕呼ばわりすんじゃねーぞぉ」
「愛してるよあんた」
うむ、確かに愛の夫婦クロスボンバーだな。
しかし…辺りを見回す限り、すさましい惨状になっている。
気絶者多数、失禁者少数、恐怖で震える者、顔を真っ青にしながらもなんとか意識を保っている者…そしてよく見たらセッターは平然としていると思っていたが、最初の段階で既に意識を失っていたようだった。
旦那さんは一仕事終えたかのように厨房に戻っていき、女将さんは倒れた男を店からつまみ出していた。
数十分後…
立ち直った人から順にそそくさと店から立ち去っていく姿が見られる。
立ち直ったマルスはレイチェルを俺はエラウェラリエルを、セッターはセーラムを起こして立ち直させた。
「わぁぁ…ビチャビチャなのぉ…」
「セーラム、あれは事故だ。全然気にしなくてもいいぞ」
セーラムは失禁してしまった事で自己嫌悪に陥っていた。
「悪いことしちゃったねぇ」
「は!いえ!全く問題ありませんです!むしろ助けていただき光栄の極みであります!」
「やだねぇ、別にあんたらを取って食おうだなんてしないよ。と言うよりもあたしらじゃあんたらには勝てないさね」
マルスが何処ぞの鬼軍曹でも相手するような口調で敬礼しながら答えている。
やれやれといったポーズをしながら女将さんはマルスを見つめている。
「そうそう、あの男、店からつまみ出したら意識を取り戻してねぇ…」
『今日は仕方がないのでこれで引き下がりましょう。ですが覚えておきなさい。御主人様が間違いなくお怒りになりますぞ!』と言うなりそそくさと退散したそうだ。
そんな訳で面倒な奴からは取り敢えず逃れられたと思われる。
責任を感じた女将さんが、もしまた現れたのならいつでも言いに来てくれれば手助けをしてくれると言ってくれたが、セッターが即答で自分たちでなんとかするので大丈夫ですと返事をしていた。どんだけだよ。
それにしても、う〜ん、この夫婦…
そして気になる経営だが、女将さん曰く年に数回はあるという事で馴染さんは慣れているから問題ないという事だった。
この日この後戦意喪失しきった俺以外は宿に戻りそのまま引き篭ってしまう。まだ午前で暇だった俺は、1人でその日町をぶらついて過ごすことになってしまった。




