旅立ち
ルースミアが竜の聖域へ行ってしまってから5年の歳月が流れた。
この5年の間にガウシアン王国は破竹の勢いで大陸全土を武力による制圧をし、力による恐怖政治が始まったそうだ。
そうだと言うのは、俺たちが過ごしてきた城塞都市ヴァリュームは名を変えることなく、新領主となったノーマ侯爵の善政により、他よりかなり良い生活環境での暮らしが出来たためだ。
そして俺のまわりも色々なことがあった。
まずカイはルースミアによって奴隷紋が無くなり、最初の主人であったヴェンの友人フェガスと去年結婚した。
結婚式と言うものはなく、ただ知り合いたちが集まって祝うというものが一般的で、カイとフェガスも同じ様なお祝いをした。
それだけじゃ寂しいだろうと俺がハンバーグに似せたものを作ってあげたが、これが後にフェガスとその親が経営する料理屋の看板メニューになってしまい、大繁盛することになった。
ちなみに冗談でハンバングーと言ったら、そのまま料理名がハンバングーになってしまった。
俺が住み込んでいる宿、[レッドエンペラードラゴンイン]を経営する主人の娘…実の娘ではないのだけれどレイチェルは、20歳を過ぎた頃からやたらと求婚が殺到した。
【愛と美の神アーティドロファ】の寵愛を受けている所為もあるのか、天然ぽいところは変わらないが、確かに美人で愛くるしい感じにはなったからかな。
ただその度に『サハラに勝てたらいいわ』なんてこと言いやがったため、俺が被害被ることになりこちらはえらい迷惑だ。
元ヴァリューム騎士団長ギャレットの従者だったセッターは、ギャレットの言いつけ通り俺の元で一緒に過ごしている。
さすがギャレットの従者だっただけに、凝り固まったコテコテの騎士道を重んじているが故に、俺とはよく騎士道のあり方で口論になっているが、最近ではどういう事かマスターと呼ぶ様になった。俺はお前の何の師匠だよ…
あぁそうだ、《賢人の腕輪》の力で杖術の他にまた騎士魔法は習得しておいた。
そしてヴァリュームが降伏した時に母親と生き別れになってしまい、俺が面倒を見る様になったセーラムは、最初こそパパパパ言っていたが、数年もするとあまり言わなくなったが、相変わらず俺に常について回るのは変わらなかった。
15歳にもなると非常に美しく成長し、元々エルフ好きな俺にとって悩ましい存在になったが、当の本人が俺の事を父親の様にしか見ていないため、少し残念だったのは秘密だ。
いつか俺が旅立つのを知ってか、素質のあったソーサラーとしての技術を試行錯誤しながら練習しつつ、何故か槍も習っていた。
15歳の誕生日に冒険者登録を済ませ、冒険者証を嬉しそうに見せてきたセーラムに、お祝いにとある一つの指輪、《リングオブマナ》をあげた。
効果のほどは結局解らず仕舞いだったが、体内に宿る魔法力の強さに応じて力を具現化させるらしいため、俺が持っていても宝の持ち腐れだろうと、最初から魔力を持つセーラムに持たせて見ることにした。
最後に俺のことだけど、この5年の間に文字の読み書きを勉強し、たまにヴァリューム湖遺跡の一角に住む、古代バルロッサ王国の元国王で、リッチになって魔法のアイテムの研究をし続ける発明王もとい、魔導王バルロッサに魔法を教わりに行ったりしていた。
もっとも俺には魔法の才能はないらしく、初級の魔法が少しだけ扱える様になっただけだったが…
まぁ中でも一番変わったのが、やっと命を奪う事に抵抗がそこまでなくなった事だけど、どちらかと言えば変わったと言うよりも慣れたと言ったところかな。
そしてセーラムが15歳になって冒険者証を手にしたため、俺はレイチェルとセッター、セーラムとで、カイとフェガスの料理屋で食事をしながら旅に出る話を切り出した。
「セーラムも15歳になって冒険者証も手に入れたことだし、そろそろ俺は旅に出ようと思う」
カイとレイチェルは俺が転移してこの世界に来た事と《賢人の腕輪》の事を知っていて、俺がルースミアにもう一度会うのが、無理な事だと思っているのだろうが、それが夢なのも知っている。
ただこの事は、また災いを招く恐れがある為3人だけの秘密にする事にした。
唯一、俺が【自然均衡の神スネイヴィルス】から始原の魔術を授かった事だけは、後々使う時の為セッターとセーラムにも言っておいてある。
「ついに旅立たれてしまうんですね。お供できなくて申し訳有りません…寂しくなります」
カイが悲しそうな顔で言った。カイは結婚したため、このままヴァリュームで暮らす事を当然選んだ。
隣でフェガスが当たり前だ!とか騒いでいたがそれはほっておいた。
「サハラ、当然私も一緒に行くからね」
「私も行きますよマスター」
「あたしも行くの」
「もちろんそのつもりだよ」
前衛に俺とセッター、後衛にレイチェルとセーラムか。バランスはまぁいいんじゃないかな?
「ところでマスター、どこへ向かうんですか?」
「別に決めてはいないけど、とりあえずはガウシアン王国に支配された他の町がどうなってるのか自分の目で確かめたいかな。
それからどうするかを決めたほうがいいと思う」
皆んなが俺の意見に頷いた。
明日から旅の準備に入るよう皆んなに言って解散した。
翌朝、旅支度を済ませる。
俺の荷物と重要なものはルースミアに貰った《魔法の鞄》に詰め込み準備は完了した。
次いで装備を点検する。
オーク材で特注で作らせた杖術用の杖に、これまたルースミアに貰った《エルブンチェイン》と《エルフの外套》、バルロッサに貰ったあらゆる状態異常の抵抗を高める確か《守りの指輪》だったかな?俺の装備はこれだけだ。
この世界には杖と言うものが無い為、俺の杖術用の杖は特注で作ってもらわなければならなかった。まぁ杖と言っても本当にただの棒だからな。
一般的にこの世界で杖と言えば、魔法使いが持つ、棒の先端に宝石がはめ込まれたりしている物しかない。
後は…俺は魔法の本を取り出すと魔法を選択し記憶する。[魔法矢]と[魔法盾]っと…やっぱ3つ目の記憶は無理か…ショボいな俺。
レイチェルの装備はルースミアが着用していた物を別れの際に貰った《守護のローブ》と、同じくルースミアに貰った、結局性能を教えてもらう事のなかった丸盾だ。
セッターは俺の言った通り、ガチャガチャうるさいプレートアーマーではなく、革鎧を着込み、長剣をぶら下げている。
そして皆んなの荷物を詰めたフリをしたバックパックを背負っている。
最後にセーラムだが…思えば武具関係を買ってあげた事は一度もなかったため、ただの町娘のような格好、レイチェルのお下がりのワンピース姿だった。
どうしたものかと思っている俺を他所に、セーラムは平然としていて、そのままの格好で旅に出る気満々のようだ。
「マスター、セーラムの装備、これはちょっとないんじゃないですか?」
「うん、すっかり忘れてたよ…ローブぐらい買うかな?」
「だいじょぶ」
「「え?」」
セーラムは俺があげた《リングオブマナ》を見てと言わんばかりに突き出してきた。
「マナよ紡いであたしを守る鎧となれ」
次の瞬間セーラムが白銀の鎧を纏っていた。
ワンピースを着ているせいで、鎧で押さえつけられていない場所がブカブカしてるが…
「それって…」
「えっとね、魔力を指輪に通してこんな感じって思うと、魔法的に作り出してくれるみたいなの。
だけどね、1種類しか作れないみたいなの」
凄いな。ルースミアもバルロッサも扱えなかったのにこんな小さな15歳の女の子が使いこなしてるよ。
バルロッサ、あんたとんでもないもの作り出したね。恐らくアーティファクト級だよこれ。
「それっていつまで持つの?」
「あたしがマナの紡ぎを解くまで続くの」
便利だな。ただ後は防御面ではどうなのかだが…
俺が杖で軽く叩いてみるがコンコンと金属感がしっかりある。まぁ革鎧よりは断然良さそうだな。
「問題なさそうだし…これでいいのかな?」
「そのうちピッタリしたパンツスタイルの服を買った方が良いわ。
鎧にワンピースが押さえつけられてて変よ」
やっぱりそうだよな。それに冒険者がワンピースもどうかと思う。
元帝都辺りならセーラムが気に入りそうな服もあるだろうからその時に買えばいいだろう。
リングの紡ぎを解いた後、俺たちはヴァリュームの出口にレイチェルの両親とカイとフェガスが見送りに一緒に来てくれた。
「サハラさん娘を頼みます。
レイチェルもちゃんとサハラさんの言うこと聞くんだよ」
「お父さん、分かってるわよ。もう23歳なんだからね」
「サハラ様、旅の安全をお祈りします」
「ありがとうカイ、それと例の件よろしく頼むよ」
「お任せください」
「おいサハラ!また新しいメニュー教えに戻ってこいよ!」
「ははは、分かったよ。フェガスも例の件よろしく頼むよ」
「おうよ」
ひとしきり別れの言葉を交わした後、ヴァリュームの堅固な町を覆う壁の門をくぐって行く。
最後に俺が抜けようとした時、兵士が不意に肩を叩いてきた。顔は兜をかぶっていて見えなかったが、俺は察して無言で握手を交わした後ヴァリュームの町を出た。
生きる選択をしたんだなギャレット。
こうして俺たちの新たな旅が始まった。
3/10 全体的に少し修正しました。