ダンシング・ウィズ・パンプキンス③~インセンシティヴ・シャイボーイ~
「とにかくっ!」
奈緒がバシンッ! と手を叩いた。
「わたしたち女の子が男の子に負けてらんないの! いい? 桃ちゃんも早く着替えて、精一杯アピールだよ!」
また突拍子もないこと言うなぁこの子は……
「ていうかさ、あたしの紙袋に入ってるのって……」
そういえば、あたしの衣装ってまだ確認してないなぁ。
あと不思議の国のアリスに残ってるキャラクターって……
「これ何の登場人物の衣装なんだ?」
「……えへへへー、えーっと……」
この子が苦笑いして頬をかく時って、何かあるときなんだよなぁ……
「まぁ、とにかく着替えてくれば分かるから! さ、はやくはやくっ!」
「ちょ、ちょっと、奈緒!」
そ、そんなに強く押すんじゃないよ、もう!
「それじゃあ桃さん、私たちもお待ちしてますから」
にこにこして手を振る葵。
……だから少しは胸元隠しなよ、って。
「……この衣装ってさぁ……」
こんなこと声に出して一人ごちるあたしもどうかと思うけどさ、紙袋から出したこの衣装、どう見たって男物なんだけど。
そりゃあ、確かにあたし、女にしては背が高いし、胸も……だけどさ……
えっと、これはタキシードかな?
それとヒール高めのローファーに……シルクハット、だね。
シルクハットにループタイ、タキシードに木製のステッキ、ああ、間違いない、これってあの“奇妙なお茶会”にでてくる“マッド・ハッター”だな。
「いよっと」
髪の毛はまとめてシルクハットの中に入れておけばいいかな……うーん、姿見に映ったあたしって……我ながらどうしてこんなに男装が似合うんだろう。
奈緒も葵もあんなに女の子らしいのに、やっぱりあたしって生まれる性別間違えちゃったんだろうか。
バシッ!
ああもう! バカバカしい! 頬っぺた張ったら気持ち切り替えだ!
とにかく今日はハロウィン・パーティー楽しむって決めたんだから、あたしだけこんなうじうじしたってしかたないだろ!
きょうはおとなしく、“マッド・ハッター”として不思議なパーティーを切り盛りしてやるんだから。
ギィッ
「着替え終わったよ……って……」
あれ? 誰もいないじゃないか。
……変だな、もしかしてもうパーティーが――
「いよぉ、桃ちゃん」
この聞き覚えのある、一気に距離を縮めるようなあけすけな声のトーン。
「着替えおわったんか? 最初誰だかわかんなかったぜ」
……ああもう、何でよりにもよって最初に見せるのがマー坊、このデリカシーの皆無な男なんだろ。
「なんかよ、生徒会の連中がパーティーの準備手伝ってくれって言ってたからよ、皆して手伝いに行った見てーだぜ」
なるほどね、ってことはもうそろそろパーティーが始まるってことかな。
ていうか、もうその時点で秘密のパーティーじゃなく綯っちゃってるじゃないか。
「……しっかしよぉ……」
「な、なんだよ……」
……なんか、あたしのこと頭のてっぺんからつま先までじろじろ眺めてるんだけど……なんだかすごく……
どうせ“異常に男装が似合うな!”とか考えてるんだろ!
「い、いや、な、なんかな……」
え?
な、なんだよ!
ちょ、ちょっと、何でそんな風に顔を赤くして顔を背けるんだよ!
「気持ち悪いな! 言いたいことがあればさっさと言えばいいだろ!」
いつもどおりにさ、“もう男にしかみえねーな”とか笑って“ぎゃはははは”とか無神経に笑えばいいだろ! 君は……君はいつもそうじゃないか。
奈緒とか葵とか、岡添先生みたいな女の子らしい子にはそういう接し方するくせに、あたしには……あたしにはそういう接し方しかしないくせに。
なんで……なんで今日はそんな……そんな感じでさ……そんな感じなんだよ……
「い、いやよ、すっげー似合うしさ、その格好……そんで――」
ほらそうじゃないか、どうせ、“前世は男か?”とかいって、いつもみたいにゲラゲラ――
「そんでなんか、すげーいろっぽい、つーのか?」
え?
何いってんだ?
「な、何いってるんだ君は!? あたしの格好を良く見ろ!」
奈緒とか葵とか、岡崎先生みたいな女らしいスタイルじゃないし、それに、そもそもタキシード姿だし!
「どこにそんな要素があるって言うんだよ!」
「い、いや俺だってそれくらいは分かるんだけどよ、けどな……なんつーか……」
だ、だからそんな目であたしを見るなよ!
君は……いつもの君みたいにあたしに接すればそれで――
「足とか手とかすげー長げーしさ、なんか、みんながモデルみてーだって言った意味がようやく分かった気がするぜ。こういう言い方、“でりかしー”ないのかもしれねーけどよ、“男前”っつーか、“ハンサム”っつーのかな。うん」
あたしは、この男のこういうところがすごくキライだ。
普段すごくがさつなくせに、二人っきりになったときに口走る、こういう素直な、表現力に乏しいけど、ストレートなせりふ。
そういう言葉、あたしのこころのなかにずけずけと入ってかき乱していく。
君がいなければ、あたしのこころ、こんなふうにかき乱されることなんてなかったのに――
「……ばっかみたい。くだらないこといってるんじゃないよ」
こんな男にこころを乱されるなんて……あたしらしくないな。
「わりいわりい、また“でりかしー”のないこといっちまったかな」
……その笑顔もキライだ。
普段、そんないかつい顔をしているくせに、こういうときに見せる子犬みたいな笑顔。
きっといろんな女の子が君に魅かれるのは、そういうところにもあるんだろうな。
「けどよ、俺はこれでもほめてるつもりだぜ? 桃ちゃんらしさが引き立ってるっつーかさ、すごく、いい感じだと思うぜ」
けど、あたしは違うから。
甘い言葉、表情、そんなものに心を動かされて喜ぶような、そんな弱い女の子とは違うんだ。
「はいはい、わかったわかった。とりあえずその気持ちだけは受け取っておくよ」
うん、これで完璧。
「それよりもほら、くだらないことしゃべってる暇があったら、奈緒たちの手伝いに行くよ」
髪をかきあげ、しっかりとシルクハットをかぶりなおして、っと。
……って、この靴歩きにくいな。
普段、こんなにヒールの高い靴はいたことないから……って――
「あっ!」
「あぶねっ!」
……っぶない……
ふだん這いなれてない靴履いたからよろけちゃったのかな……って……
え?
何でこんな……こんな近くにマー坊の顔があるの?
あ、そうか、あたしが転びそうに綯ったから、抱きとめてくれたのか。
この男にしては、珍しくデリカシーのある行動を……って!
なんであたし、マー坊に抱きしめられちゃってるの?
や、やだな、なんで心臓がどきどきしてるんだよ!
なんか、その……顔もなんだかほてってきちゃってるし!
「あ、あ、あのな、桃ちゃん……」
何で君まで頬を赤らめるんだよ!
……改めてみるとマー坊ってまつげ長いんだなあ。
……たしかにまあ、ルックスだけなら、女の子達がキャーキャー言うのも分かるんだけどなぁ……
……って
「ちょ、ちょっと!」
「ああああああ! わ、わりーっ!」
ふぅ、もう一体なんなんだよ。
本当にあたしは君がキライ。
不意にあたしのこころにずかずか入ってきて、そして恥ずかしそうにして去っていく。
けど
「あ、その……ありがと……」
けど、君のそういうところ、嫌いじゃない。
「あ、いや……別に……」
君ってうそがつけない、ストレートな性格してるんだなって思う。
意地っ張りでへそ曲がりのあたしからしたら、本当にうらやましいと思う。
そうだね、君みたいな弟がいたら、きっとあたしたちの家はもっと明るいものになってたのかもしれないね。
「わかってるよ。君があたしを助けようとしてくれてたことくらい」
本当に下心とか無くって、ただ純粋にあたしを助けようとしてくれたんだよな。
あたし、やっぱりボクシングとか本当はまだ心の底から好きにはなれない。
けど、君のことはこころの底から応援するよ。
「さ、早くみんなのところに行こうよ、あたしたちだけサボるわけにもいかないもんな」
「お、おう!」
取り繕うようにして、いつものあの不敵な笑み。
あたしに金メダルを届けてくれるって、タイトルマッチをスペシャルリングサイドで見せてくれるって、その言葉、信じてもいいよね?
そう思うと、あたしは自然に笑顔になれるんだ。
ガチャッ
「あー! 桃ちゃんも着替え終わったんだー!」
「……すごいなぁ釘宮さん。やっぱり釘宮さんって、格好良すぎでしょ……」
「まあ、桃さんと真央君が二人で並んでいらっしゃると、本当に絵になりますね」
「お、おおっ! 自分も衣装を用意したかいがあったというものですっ!」
アリスと愉快な仲間達が帰ってきたみたいだ。
「支度はできたみたいだな」
うん、あたしたちのほうも、完璧に仕上がってるって感じだな。
あたしは、あたしを抱きとめてくれた恩人にいった。
「さ、マー坊。君にとってのはじめてのハロウィン・パーティーだ。リラックスして楽しもうか」
ニィッ、今度は自然なあの微笑み。
「おうよ。かっちりお菓子分捕ってきてやるぜ」
……ま、この際こんな勘違いも笑ってやり過ごすか……って、おいっ!
「じゃぁ、マー坊君、今日はアリスのエスコート、よろしくね」
こ、こら川西君! にこにこしながら男同士で腕を組むんじゃないっ!
「あー、ずるーい! わたしもー!」
「な、奈緒さん! こういうときは平等に……」
あーあ、結局こういうことになるのか。
まぁ、いつも通りっていえばいつも通りだけどね。
パーティーでもいろいろあったけど、うん、思い出に残るパーティーになったかな。
あたしも久しぶりのハロウィン・パーティーだったけど、アメリカでやったときよりも楽しかったとおもう。
こうやって一日一日、あたしたちは少しずつ大人になっていって、そうしたらこういう関係のままではいられないのかもしれない。
だけどその日まで、あたしたちはこうやって笑顔がたくさんの日々を一緒に過ごしていくんだ。
きっと、ううん、絶対。
こういう機会をいただき、初めて一人称の文章などというものをしたためてみました。
いやー、なかなかに難しかったですが、その分、新しい発見がいろいろありました。
少女の心を描くためには、自分の心の中も少女にしなければならないもので、結構苦労しました。
だけど、その分、キャラクターの心理を一層掘り下げることができたのではないかと思っています。
貴重な経験ができました。
それではみなさまへ、ハッピーハロウィン。




