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ひとなき

作者: ルウキ



 彼の家は田舎にあった。

 田舎だからというわけではないが、それでも、都会よりは虫が多かった。

 空を見ればトンボや蝶々、地面を見れば列をなすアリ、植木鉢を退かせば団子虫。時期によっては百足も出てきた。

 虫だけではない、季節に関係なくカラスも飛べば、季節によっては鶯や目白も飛ぶ。色さまざまな猫も歩けば、散歩する犬も出る。話によれば、たぬきもいるらしかった。


 そんな彼の家は、とかく、蜘蛛が多かった。

 そこここに放棄された蜘蛛の巣が場所を問わずあるし、大小の蜘蛛が巣を張っていたりする。

 ついでに言えば蜂も多い。彼は一度だけ屋根裏に上ったが、茶色の巣が二つ、白の巣が一つあったのを、今でも鮮明に、いや、今では少々おぼろげに覚えていた。もっと注意して見れば、小さな巣はいくらでも見つかるだろう。


 にぎやかな彼の家で、虫同士の争いというのだろうか、生存するための駆け引きとやらは常におこなわれている。虫対虫はもとより、人間対虫など、よく見られるだろう。蚊とか、ハエとか。

 けれど彼がつい最近、体験したことはそれらよりもっと静かで、もっと恐ろしく、もっとも寂しく、そして、もの悲しい決着であった。


 彼が学校へ登校するため、靴を履いて玄関を出たところだった。

 蜂の飛ぶような音が聞こえてきたのだ。ああ、蜂がいるのだな。と彼は思ったのだが、よく耳をそばだてると、どうやら様子が違うようだ。

 彼は右を見、左を見、音を聞いた。

 なんというのだろうか、最後に長く尾を引くように鳴くような声なのだ。まるで、これが最後のひとなきとでもいうかのような。彼は音の出所を探して頭上を見上げ、動きを止めた。


 彼の家の軒には、屋根のようにプラスチックの波板が打ち付けられていたのだが、そこに少し大きめの蜘蛛が、これまた少し大きめな巣を張り、何かを糸で巻いていたのだ。

 音は見上げたときに止んだ。足や形からして、糸に巻かれているのは蜂のようだと思われる。

 彼は驚愕した。何が最後のひとなきだ、見れば本当に最期のひとなきであったのだ。そしてあれは蜘蛛への怨嗟であったのだ! 悠長な考えを持った自分が少し憎らしかった。


 蜘蛛はくるくると糸で巻くとそれに覆いかぶさった。

 彼は学校に行かねばならなかったのでその後を見ていないが、おそらく、予想ははずれていないだろう。


 帰宅した彼が気づいて見上げた時分には、もう蜘蛛の巣も、蜘蛛も、糸巻きにされた何かも、きれいさっぱり消えうせていた。



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