日常
さあっと風が吹き抜けて行く。
それで今朝の夢を思い出してぶるりと震えた。
「ん?和樹?どした?寒い?」
そのことを目ざとく見つけた親友に、いや、なんでもないと返す。
そして口を閉じて―――もう一度開いた。
「――――や、何でもなくないかも。」
「はいはい。さむいのね。ほいっブレザー」
差し出されたブレザーを見て首を振る。
「いや、違うって」
「鳥肌立ってるのに?ナニ?隠すの?笑わねーぜ、別に。」
もう一度差し出されたブレザーを今度は叩き落としてやる。
ああっ俺のブレザーがっ親切がっとかほざいてるヤローなんて無視だ無視。
「だから違うっつてんだろ!てめー、人の話聞けよなー」
「―――じゃあ………何だよ?」
今まで隣で、二百ミリリットルのパック牛乳をくわえていた彼が、それを置いて体ごとこっちに向き直った。
その目に一瞬どきりとする。
「や、そんなマジな目で見られても………」
堪えられなくなって目を反らすと、んだよーおめーが話聞けって言ったくせによーと怒られた。
横目でまたストローをくわえている彼を見ながら、こっちも机の上に置いてあるもう1本の牛乳に手を伸ばす。
「ホントに笑わねー?」
「おう。」
恐る恐るきくと明快な答えが返ってきた。
その答えにホッと息をついて、じゅるーっと牛乳を吸い込みながら、ぽつぽつ今日見た夢の事を話した。
「目ぇさめると全然知らんとこでさーなんつーの?何にもなくって………全部白なわけ。」
「何が。」
「えーっとだから全部?なにもかも。んー何もねぇとこだったんだけどさ床とか天井とかが白くて。あーでも真っ白じゃなくって。なんかこーちょっと灰色がかってるつーか。」
言葉足らずでうまい言い方もよく分からない僕に彼は、時々呆れた目をむけながらも辛抱強く聞いてくれた。
「んでな?女の子の部屋なのかな?やべぇ~って思いながら扉開けたわけ。
ん?だってノックして返事されたら開けなきゃ変じゃんか。
でも、バンって開けたら変っていうか嫌だろ?だからそうっと押し開けたんだ。たらさ、扉、以外に軽かったんだよな~。あ、ここはまぁいのか?
んー扉ってちょっとだけ開いてるとさ、光が漏れ出てるってゆーの?ほらーあんじゃん!?夜歩いてるとさ~カーテンの隙間から中の光見えんの。それとおんなじ感じでさ、扉開けるにしたがって最初ちょっとだった隙間はだんだん大きくなってさ、それに比例して、そこから漏れでる光も多くなっていく、みたいな?半分ぐらい、そうやって開けたかな?なんでこんなに明るいんだろとか思いながら、残りを一気に開けたわけ。勢いをつけて。
なに?あっ……うーバンってなったかもなー。
………ま~そこは置いといて。開けたわけ、扉。たらな、身体が浮いたの。扉開けた瞬間!分かる?
………おい、聞けって。こっからが本題!
例えんなら、巨人さんがいて、そいつが、なんだこれ、ひょいって持ち上げたような感じ。
んでもって、こっからがひでぇの。その巨人さん、すぐにもう興味ありませーんって言う感じで、僕を投げ捨てたんだよ!ぽいって!で、投げ捨てられた僕、…………
何だっけ?ほら…中学ん時に数学でやった………関数んとこの…んー双曲線、じゃねーし……ねーよなぁ。ほら、XはYの二乗に比例しってののさ
「放物線。」
ああ、それ!それな!……んな、冷めてー声で言わなくてもいいじゃんかよっ!
「はぁ。んで?どーなったんだ」
くっそ無視かよ。まーいーけどさ。んで?ーーーんで、放物線を描いてとんだよ、僕の身体。身体はすぐに上昇から下降に転じたさ。
めちゃめちゃこえーぜ、これ。なんつーの?全身総毛立つっていうの?もう鳥肌やべぇし、ゾッとしたね。
何ならあそこで目ぇ覚めてもおかしくなかったんだよな。つか覚めて欲しかったよ。
でも目、覚めんくて。たぶんもうすぐ来るだろう衝撃に備えて身体を丸めてさ、歯もくいしばったわけ。
だってぜってーイテーじゃんかと思ってさ。でも不思議な事に衝撃なんてなくてさ。いつまで経っても。感覚的にもう随分落下しているはずなのに。恐る恐る振り返るとさ……………もーね、”????”って感じでハテナマークがぽぽぽぽんってあたまの上に浮かんだ。
だって、そこには何もなかったから。
何も、だぜ!?何も!!
ただ黒い穴がぽっかりと空いているだけなの。最初は助かったって思った。だけど………あることを思い付いた瞬間、全身が総毛だった。さっきのなんてメじゃねーってくらいに。
あ?何思い付いたんだって?前フリ長い、早く言えだぁ!?今からゆーとこだっつーの!馬鹿!!
……………底が見えなかったんだよ、その穴。
でもそんな穴ねーだろ?だからこれは、底が見えないくらいとてつもなく深い穴で、体重と距離でものすごいスピード出てるし……叩きつけられて死んじゃうんじゃないかと思って。
いやぁ、悪い想像はダメだね。もうその想像だけで死にそーだったもん。
でもま、いくら悪い想像したって、ヤバイヤバイって喚いたって自然の摂理には逆らえなくてそのまま落下を続けていったんだけども。」
「………喚いたの?」
笑いを一生懸命押さえているような声にしまった、余計な事まで言っちまったと後悔する。
「…………んだよー文句あっかー?輝も体験すれば分かるわっ!!」
赤くなりながらも返すと、目をすがめられてそれで?と言われた。
「は?」
「その話しの続き。その後どーなんの?」
「へ?ないけど?ちゃんと起きたし。もー目覚まし時計に今日だけは感謝感謝。おかげで死ななくてすんだから……………ひかる?」
ぴたりと動きを止めた友達の方から視線を感じた。見やると、呆れたような、信じられないものを見るような、そんな目で見られていた。
「なんで、んな目で見られなきゃ何ねーわけ?」
「や、だって………それ、マジで夢なん?作り話じゃなくて?」
「はぁ?作り話…………………?」
一瞬言われたことの意味が分からなくて、キョトンとした後、問い詰める。
「おまっそう思って聞いてたの!?」
笑わないけど信じないってか、最低だなと詰め寄るとあーそーだよなぁーとため息をつかれた。
滅多に自分の非を認めないやつなのに、どうしたんだ?
こっちの心配なんて露ほども知らないだろうやつの言葉はいろいろと酷いものだった。
「和樹って国語弱いもんな。そんなやつがこんな非現実的な話、創れるわきゃねーもんな。わりぃわりぃ。謝るって。疑って悪かったな。」
「…それひどくねぇ?国語の力無いって…………」
「だってそのとーりだろ?ったく………俺じゃなけりゃー途中で遮ってたぜ。“なんつーの?”とか多すぎだし。話はそんな長くねーのにやたらちんたら話すもんでつかれるし。何より時間がかかる。夢だろ?だったらもっとちゃっちゃと簡潔に話せやーこの阿保が。」
う、そうかも…………と流されてしまい、全然謝られてなかったんじゃ!?と気づくのはもっと後の事。その時はかけらも気づかなかった。
どころか。
「んー?大丈夫か?美女が出てくんなら欲求不満で済むけどな―……姿も見れなかったんだろ?」
変な心配をされてカチンとくる。
「もっもういい!!!お前に金輪際こういう話しない!絶対!!」
怒ってその場を後にすると、オイちょっ待てって!友の声が追いかけてきた。