血を引く者
大広間からテラスに出ると、月の光に輝く純白のアルレラント城を望むことができた。きらびやかだった大広間からテラスへ一歩足を踏み出せば、そこは薄暗くひんやりとしている。リラは少し、体をこわばらせた。
「夜は冷えますね。」
そこにやってきたのは先ほどまでリラがダンスの相手をしていた二十代半ばの青年だった。青年の手にはワイングラスが二つ。そのうちの一つをリラが肘をつくテラスの手すりの上に静かに置いた。
リラはワイングラスを見つめ、次いでそのワイングラスを持ってきた青年を睨んだ。
「そんなに警戒しないでください。」
引きつったような笑顔を浮かべる男は、ワインをリラに勧めるように自分の持っているグラスを少し傾けた。
「私に何か御用ですか?」
落ち着いた口調で、リラは青年に向き直ると、しばらく真意を探るように青年に鋭い視線を送る。心の読めない青年の笑顔に、リラは目の前に置かれたグラスを魔法で粉々に割って見せた。飛び散るガラスの欠片が月の光を受け幻想的に輝く中、リラは真っ直ぐ鋭い視線で青年を見据えていた。
「これはこれは、驚かせてしまいましたね。」
そう言って青年は懐からハンカチを取り出し、手すりの上に飛び散ったワインをぬぐった。
「ええ、驚きました。見ず知らずの方に毒入りのワインを勧められるなんて。」
リラは青年を睨んだ。
「なに、ちょっとしたお遊びですよ。」
青年は依然として柔らかな物腰で言った。
「他人に毒を盛ることがですか?」
「貴方なら飲まないと確信していましたから。」
「どうして?」
リラは言った。リラのまわりに漂うぴりついた空気に青年はさも気づいてはいないように、あっけらかんとして言った。
「勘です。」
「なっ!」
青年の言葉にリラは思わず目を見開いた。何も考えていないようなこの男のこの釈然としない態度がリラの調子を狂わせる。
リラは諦めたように、ため息をついた。
「ウィルと申します。」
そう言ってウィルは自分のグラスをリラに差し出した。
「大丈夫。こちらには毒は入っていませんよ。」
グラスを見て、警戒するリラにウィルは笑って言った。
そんな時、屋敷の中から女性達の甲高い悲鳴が聞こえた。それを追うように男たちの魔法詠唱の声がかすかに聞こえる。
リラはとっさに身構えた。
そんなリラを見たウィルは感心したように呟く。
「どうやら、勘は当たっていたようですね……。」
赤絨毯の敷き詰められた大広間は、静まり返っていた。さっきまで美しい音色を奏でていたオーケストラもこの状況に楽器を持つ手は震えている。そこには貴族兵や舞踏会に参加していた貴族の男たちに取り囲まれても、微動だにしないローブ姿の怪しげな男が立っていた。
顔はフードに隠れて分からなかったが、そこからかすかに見える口元は、不敵に笑っている気がした。
「汚らわしい! 王家の名をかたる者が現れたなんて……。」
「噂は本当だったってこと?」
広間の隅で、婦人たちが小さく囁きあう。
漆黒のローブに身を包んだ男の、凛とした立ち姿にリラは不覚にも目を奪われていた。不思議と涙があふれてくる。恐怖、怒り、焦り、絶望、そしてかすかな希望が入り混じる、とても抱えきれないほどの思いを抱いて。そこに広がっていたのは、赤に滲む大広間でも、漆黒に歪む男の姿でもない。新緑に包まれた温かな遠い記憶。
「我は血を引く者! 今ここに、王家の復活を宣言する!!」