悪い魔法使い
貴族兵たちは魔法詠唱を開始した。それが答えであるといわんばかりに。そんな貴族兵たちに余裕の笑みを浮かべるカイラ。リラも先ほどの弱々しい表情を一変させた。貴族兵たちの足元に魔法陣が現れたかと思うと、彼らの魔法攻撃が始まった。リラ達に降り注ぐ鋭い光の矢、瞬時に三人の目の前に大きな結界が現れる。
貴族兵の一人が声を上げた。
「おのれ! 我らに魔法陣もなしで戦えると言うのか!!」
目の前で繰り広げられる光景に、レオはその場にへたり込んだ。魔法をこんなに近くで見るのも、魔法同士がぶつかり合う時に生じるこの眩いばかりの光線を見るのもレオにとっては初めてだった。
その光線に照らされ、浮かび上がる姉の顔はレオが知っている姉の顔ではなかった。
「カイラ、いつまでこの状態?」
貴族兵たちの攻撃を受け続け、防戦一方のこの戦況にさすがのリラも痺れを切らしかけていた。後ろで茫然とするレオを心配そうにうかがう。
「そうね……。そろその退場願いましょうか。このボロ小屋をこれ以上ダメにされては困るもの。」
小屋のあちらこちらから、軋む音が聞こえる。
「リラ、あとお願い。」
カイラはそういうと結界を解き、新たな魔法の詠唱を開始する。その魔法詠唱にも、やはり魔法陣は現れない。
「貴方たちが例え、百を超える軍勢を率いてきたって私たちはそれを魔法陣を使わず蹴散らして見せるわよ。……試してみましょうか?」
結界を一人で任されたリラだったが、その表情が苦に歪む事はない。それどころかカイラの挑発的な言葉に口元は微かに笑っていた。こんな状況にもかかわらず、そんな減らず口をたたく事が出来るなら、自分の心配などカイラにとってどこ吹く風だったのだなと改めて思う。
カイラの艶やかな黒髪が足元から吹きあがる風にはためいて、透明感のある頬に激しく吹きつける。その風に一瞬カイラ自身がよろめいた。そんな自分の不甲斐ない体に顔を歪め小さく舌打ちすると、力を込め、腕をいっきに貴族兵たちに向け、振りおろす。
するとそこには大蛇のようにうねる大波が現れ、慌てる貴族兵たちを飲みこんで行く。小屋の外まで貴族兵たちを押し出した波はたちまち姿を消し、残った貴族兵たちは折り重なるようにその場で気を失っていた。
魔法の反動に思わず膝を折るカイラにリラは駆け寄った。
「カイラ、大丈夫!?」
「わ、私は大丈夫……。それより相手を間違えてるんじゃない?」
そう言ってカイラはリラの肩越しに、腰を抜かしてへたり込むレオに目をやった。リラはレオの方を振り返り、息を飲んだ。カイラはこうなる事が分かっていて、レオの前で自分に魔法を使わせたのだと、リラは今になってようやく気が付いたのだ。
「大丈夫。」
カイラのその一言にリラは頷いた。
茫然とへたり込んでいたレオはやっとの思いで立ち上がる。何百の光の矢をみごとに防いで見せた凄まじい魔力にレオの不信感は募るばかりだ。
「どういうこと? さっきのってヨハンの兵士たちだよな? 昨日届いた舞踏会の招待状と何か関係あるのか?」
レオの少し震えた声が、リラの体を締め付けた。
「ごめん。」
やっとの思いで出てきた言葉はそれだけだった。
「ごめんじゃ、分からないよ……。」
ごめん、リラの口から出たその言葉は昨夜と同じ、別れに似た悲しげな調べを含んでいる。レオは俯いた。
「今は分からないかもしれないけど、そのうち魔法が解けて全てが分かるわ。」
「魔法……?」
「悪い魔法使いにかけられた悪い魔法よ。残念ながら、それは私にはとく事が出来ないの。」
カイラが何か言いたげに口を開くが、リラの悲しげな顔に口ごもる。
「私が弱いから……、解けないのよね。」
カイラと目が合い、肩を貸そうと歩み寄るリラは呟いた。
「さぁ、帰りましょう。お母さんに謝らないとね、昼食を駄目にしてしまっただろうから。」
急激に魔法を使った事で、疲れが出てしまったカイラを支えながらリラはゆっくりとレオを振り返った。そのリラの言葉は、いつもと変わらず柔らかなものだった。急に元に戻った姉にレオも戸惑いながらも頷いた。