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真実の紋章  作者: まなつ
第三章 見えない夜明け
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偽りの家族

 自分たちはヨハンのもとへ捕まりに行く。そう決心してさらに二日が過ぎたある日の午後。葉を落とした寒々しい森の木々たちを縫い、ヨハンの貴族兵団たちが、ヨハンの乗る絢爛豪華な箱馬車と共にやってきた。その一団の後方に、貴族用の特別な作りの犯人輸送の馬車を引き連れていた。それは中の貴族の魔力を一時的に抑える特殊な加工が施されたものだった。


 家の前で鋭い眼光をたたえるリラとユウリの前に降り立ったヨハンは、この状況を楽しんでいるかのように言った。


「今から捕えられようという者の顔ではないな。」


 二人の視線は力強く、前に立つヨハンをとらえていた。


「もう、帰る場所もないしね。」


 リラはそう言って、自ら犯人輸送の馬車に近づいて行く。強大な魔力を辺りにまき散らしながら進むリラに貴族兵たちも、恐れるようにリラから距離を取る。そんな貴族兵の言動にリラは呆れたように鼻を鳴らした。


「鷲の紋章が聞いて呆れる。」


 その言葉に、一瞬その顔を不愉快そうにゆがめるヨハンを尻目にユウリもリラに続き輸送馬車の中に入った。中は両脇に木製の長椅子があり、天井からは幌が被せられ、完全に外からの光は遮断されていた。中央の天井からつりさげられたランプがオレンジ色の光を放ち、リラたちの影を怪しく映し出していた。


 リラたちは、向かい合うように長椅子の中央に座った。すぐさま貴族兵が四人乗りこんで、二人を挟みこむように座った。


 馬車に揺られながら、リラは向かいに座るユウリを挟むように座る男たちを観察した。魔力を封じられたこの中では相手の魔力をうかがい知ることも難しい。貴族兵たちは首から大きな宝石のぶら下がったおそろいのネックレスを下げている。それはこの馬車に施された魔力封じの効力を受けないためのものだ。自分の両脇にいる二人にも十分に気を配りながら、リラはこれからの事を考えていた。


もう、帰る場所もない……。


 今から半日前の夜更け。ローブを羽織ったリラはユウリをおいて森を抜けだし、闇に乗じてサノバスにある自宅へ戻っていた。もちろん、命がけだったが、それでも家に戻らなければいけない理由がリラにはあったのだ。


 家の前には、多くの人だかりがあった。リラは咄嗟に物陰へ身を隠し、空を見上げる。月が昇っていた。こんな時間にあれだけの人だかりができているなど、何かあったとしか思えない。胸騒ぎがした。


 人だかりのほとんどは、この辺りに住む中級貴族から、石畳からはじき出され土煙りの舞う町の隅に追いやられた住民まで様々だったが、誰もが怒り心頭の様子で、リラの気配に気づく者は誰一人いなかった。


 そんな人々の声に耳を傾ける。その全てが噂を聞き付け、裏切り者をかくまっていたヒュース家に対する怒りや不満の声だった。


 よくよく眼を凝らす。すると、人ごみの中心にシーナとジョンが立っている。リラは声をあげそうになった自分の口を慌てて押さえる。行き場を失った叫びが大量の涙となってこぼれ落ちた。


 浴びせられる心ない声に、二人は屈することなく真っ直ぐと立っていた。そんな噂はでたらめだ。あの子は正真正銘、私たちの娘だ。その言葉がたまらなく嬉しかった。それと同時に胸が引き裂かれる思いだった。


 大粒の涙が石畳を濡らす。足が震えて、立っている事もままならない。今の自分に何ができるのだろう。リラは考えた。自分の頭の一番深い所にある正解から目をそらし続けたまま。


 その時、家の戸が開き、暖かな光を貯め込んだ室内からレオが姿を現した。何かを言いたげなその表情は怒りにゆがみ、レオは口を開いた。そんなレオの姿を目にした途端、思わずリラは叫んだ。


「ダメ――――!!」


 リラの声が、暗闇を切り裂き、住民たちのざわめく声を切り裂いた。


 つかの間の静寂に、レオの目は瞬時にリラをとらえた。フードを目深に被り、顔など分かるはずがなかった。ローブから覗くのはわずかな口元だけ。しかし、レオはその名前を呼んだ。


「リラ……。」


 その言葉にシーナもジョンもレオの視線の先に佇むリラに目を向けた。そしてそれは同時に住民たちの怒りの矛先をリラに向けてしまったのだ。


 リラに詰め寄る人の群れに、レオたちは必死に抵抗した。ドレスの裾が誰かに踏まれ身動きが取れなくなったリラを誰かが押し倒そうと肩を掴む。ビリビリと音を立て裂ける布の音は、自分とレオたちの関係を引き裂く音に似ていてリラは恐ろしかった。


 レオとジョンが自分の体を人だかりにねじ込みながら、こちらへ近づいてくる。


「待ってろよ、リラ。今……助けてやるからな。」


 がたいの良いジョンに比べ、レオは人の波にはじき出され、その場にしりもちをついた。それにめがけ何人かの男が、呪文を詠唱し始めたのだ。それは、生身の人間を殺傷するのに十分すぎる攻撃魔法だった。


 魔法詠唱の後、一人の男が叫んだ。


「裏切り者には死の鉄槌を!!」


 その言葉に、リラは瞬時に魔法陣を現した。住民たちは足元からさす青い光に驚き、それと同時にリラは爆発の魔法を発動させる。


 レオを取り囲んでいた男達は、魔法詠唱も聞こえぬうちに爆発が起こり、自分たちの魔法の発動を遮られた事に動揺し、顔を青白くさせながらリラの方を振り向いた。


 未だに青い光が、リラに群がる大勢の人々の合間から漏れ出ている。その光に恐怖する人々。一斉にリラから離れる人だかりに、姿を現したのは二つの頭をもつ鷲が手に掴んだ大蛇と争っているかのような光景が描かれた魔法陣。それはリラの左肩に刻まれた刻印と同じ、そして60年前に消滅したはずの、王家の紋章。


 足元の魔法陣から吹きあげる風がフードを押し上げ、リラの顔を露わにさせる。はためく金色の髪の下からのぞく、その表情は獲物を狙う獣のように鋭い。牙をむき出し、威嚇するように魔力を全開にまで発散させた。


「お、おのれ裏切り者。よくも我々を騙してくれたな!」


 震える声で誰かが言った。


「何かの誤解です。あの子は私たちの娘よ!」


 腰を抜かすレオを庇うように抱きしめるシーナは叫んだ。


「何をふざけた事を!」


「本当です。私がお腹を痛めて産んだ子です。春も、夏も、秋も、そして今も、共に過ごして来た私たちの家族……!」


 その言葉に、リラは目を見開いた。


 見ないふりをして、見えていないように自分を騙して来た、たった一つの正解が、自分の居場所を訴えるようにどくどくと脈打った。


「もう、勘弁ならん!」


 そう言って男は拳を振り上げた。しかしそれが振り下ろされる事はない。リラが魔法で、男の動きを封じたのだ。


「お……お、おのれ。」


 自由の利かない体で自分にゆっくりと近づいてくるリラに睨みを利かせる男。男を一瞥したリラは、その場にいる全員に聞こえるような大声で叫んだ。


「この人達は関係ありません! 何も知らず、私に操られていたのです!」


 リラの言葉に、レオもシーナもジョンも耳を疑った。


「リラ……? 何、言って…………。」


 レオの顔が涙にゆがむ。リラは力一杯目をつぶり、最後の力を振り絞る。瞼の裏で“家族の思い出”たちに別れを告げた。


「私は! この人達の記憶を操り、家族になりすました。」


 その言葉と共にリラは魔法を詠唱する。この偽られた幸せを終わりにするために。


「リラ! リラってば!!」


 長すぎる詠唱にレオの叫びはかき消され、人々も恐怖からか、それを見守っていた。詠唱が終わるとリラはゆっくりと目を開けた。


 そこには折り重なるようにその場に倒れ込むレオとシーナがいた。リラはレオを抱きかかえた。


「誰か、“お父さん”と“お母さん”を運んで下さい。」


 怯える人々にリラは微笑んだ。


「大丈夫。この人達から私と関わったすべての記憶を消しました。……それに明日にはヨハン様が私を捕えにいらっしゃいます。」



 馬車が止まり、リラは我に返った。屋敷についたのか外がやけに騒がしい。馬車の中にいた貴族兵たちも何事かと、立ち上がった。


「大変だ! ヨハン様が――――!!」

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