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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

火遊び

作者: 香哉

残酷描写あり。

未成年の喫煙、飲酒はダメ絶対。

人がこの地球ほしを支配しているのは何故だろうか。

言葉か、知能か、数か、傲慢さか。

私はこのどれもが違うと思うのだ。


火。

火の発見により、外敵から身を守り、光を得て、食すこともできるようになった。

原始時代のときに見つかったそれこそが人を人たりうるものへとしたのではないだろうか。


そして、私にとって、彼もまた火なのだ。

私を私たりうるものへと変えた存在。

火と私が形容する彼は妖しげで危険であるというのに、私の目には何故か魅惑的に移った。




つまんね。

学校で受ける授業の感想はこれに尽きた。私が前世の記憶があるためか、それとも義務教育である中学校での授業だからかと考えたが、私は頭を振った。どちらも正しいが、それよりもっと大きな問題がある。

学校崩壊なう、なのだ。中学校という思春期の学生諸君を集めたら、そりゃ先生の意見なんて聞いてられるかと言う人も現れるのは道理ではあると思うが、なぜわざわざ授業中に携帯を弄ったり、授業妨害レベルで私語をするのか甚だ疑問である。

こんな生徒たちに対する先生の態度は様々である。携帯を弄る生徒を無視して授業を進める先生、生徒に注意して授業進度が大幅に遅れる先生、授業を受けない生徒を探しに行って自習にする先生などなど。どれも正しいがどれも間違った対応と思ってしまうが、教育の現場で正解なんて求めるのはちゃんちゃらおかしいかと授業を聞いている振りをしながら頬杖をついた。

今行われている授業は数学だが、この先生は生徒を無視することができず、注意をするも注意を聞いてもらえていないという先生だ。この先生の癪に障る言い方のせいだと私でも分かるのに、本人は分からないらしい。何度注意をしても無駄だというのに、結構なことだ。注意をしてる分、先生が受け持っているクラスは他のクラスより進度が遅い事を分かってるのかねえ。

高校では頬杖をついたような私の今の態度も注意ものであるが、ここでは黙って授業を聞いているだけで真面目と見られるのだから、私としては楽勝だ。私なんて全く真面目ではないというのに。成績だけ良いタイプだ。


本当に真面目な生徒は、授業を邪魔する生徒に止めてくれと言いに行くものだろうか。まあ、真面目であるが馬鹿だなと思ったが。その真面目な生徒はその後、生徒たちに嫌がらせを受けたり、無視されたりと苛めを受けていた。泣きそうになっている顔を見て、頭良いはずなのに何故そうなると分からなかったんだろ、やっぱ馬鹿だわと苛めを見た上で何もしなかった。所謂傍観か。自分のターンになりたくはないもの。

ただ真面目なのって、生き辛いだろうなって思った。



私の立ち位置は融通がきく良い子ちゃん、らしい。彼女達の中では。彼女達のうちの一人がそう言っていたのを聞いたことがある。陰口などではなく、直接言ってきたので、彼女の中でそれは悪口ではなく、褒めているらしかったのが、少しおかしかった。

クラスで何かしらやらなければならない時は、彼女達が出来ることとやらないことがなんとなく把握できたので、それに参加させないようにしたり、授業で分からないところがあれば教えたり、話しを合わせたりなどで気に入られたようだ。

長いものには巻かれるタイプなので、気に入られたなら僥倖、僥倖と思っていたが、流石にこれは望んでいなかった。



夕方を過ぎた午後七時半、彼女達と共に繁華街をうろつく。制服のままなので、完全に補導対象である。学校での彼女達は煙草を吸ったり、携帯を弄ったり(勿論、学校に携帯を持ってきてはいけない)、授業をふけたりということをやっているので、うっかり彼女達に放課後どんなことをやっているのか好奇心が芽生えて聞いてしまった、過去の自分を呪っていると、他校の生徒と合流した。

私の学校から来た生徒たちは、私を含めて女子が五人、男子が六人であるのに対して、他校の生徒たちは女子が一人で、男子が六人だった。そして、私を除く全員が美形や美女に育つことが今から予想できるくらいに顔立ちが整っており、居心地の悪さを感じた。

そんな私の気持ちとは裏腹に、彼らは和気藹々と話す。話しについていけないのは私だけ…と思ったが、お仲間さんが居たようだ。他校の生徒と共に合流した女子生徒も話しについていなかった。髪色は彼らと同じように派手なピンク色で、戦隊もののようになっているが。赤、青、緑、黒、黄色と色とりどりな彼らと対比しながら彼女を見ていると、彼女も私を見ていた。しかし、私とは違い、かなり憎々しげである。え、私あなたになにもしてないよね? ってか、初対面っすよ?と思いつつ、ゆーっくりと視線を逸らした。話題は男女比についてに移っていた。これまでの学校でのチームの勢いがうんたらみたいな話はついていけなかった…というか、ついていきたくなかったが、これに対しては興味のあった私は、彼らの話に耳を傾けた。



「ってか、そっちどうなってるわけ? 女子一人とか萎えるわー」


「はあ!? 今日ってそういう意味もあったの!? ちょ、まじ先に言ってよ、もっと気合入れたんにー!」


「お前らは何もしなくても美女だから問題ねえよ」


「いや、そっちも可愛いかもしれねえが、カレンの可愛さには負けるな」


「そーそー、俺らは量よりも質をとったわけ」


「いや、女子自慢じゃねえんだからさ」


「カレンには手を出すなよ」


「カレンは俺らのだからな」


「いや、だから女子自慢に来たわけじゃねえっつーのに」


「気合入れて来なくてよかったわー」


「うちもう萎えぽよー。もう、こっち置いてゲーセン行かん? いいんちょもせっかく来てくれてるんやからさー」



どうやら合コン目的だったらしいが、他校の生徒はそれを勘違いしてお気に入りの子を連れてきたと云ったところか。「いいんちょ」と彼女が言ったのは私のことであるが、何も私が学級委員長だからというわけではない。そんな面倒くさい仕事誰が好き好んでやるものか。平の図書委員で十分だ。ただ、学級委員長になった男女が、男子が真面目タイプで、女子が気弱な子だったので、どうにもクラス会議が進まなかったことがある。会議で結論を出しさえすれば帰れるものだから、私はイライラが止まらなかった。だから、意見を述べて、それに対して賛成か反対か。反対ならばその反対する理由も…なんてことをしたものだから、彼女達にとっては学級委員長は私と云う認識が付いてしまったらしい。違うと私は言うが、あだ名あだ名と済ませられたので、あだ名ならいいかと私も承諾した。親しげに名前を呼ばれるよりもよっぽどマシだ。

こんなに多種多様の美少年がたった一人の美少女を好きになるもんかねえ。逆ハーレムみたいだと思いながら、カレンと呼ばれた少女を見る。確かにこの中では可愛いかもしれないが、化粧の力が強そうだ。こちらの美少女達は、全員今日は化粧してない。気合云々は化粧のことだ。だが、すっぴんでも私なんか足元に及ばないほどだ。ちっこくて声まで可愛い子に、金髪クールっ子、モデル体型の綺麗系、男勝りでボーイッシュと粒揃いである。ちなみに私は小さくて声まで可愛い子が一押しである。いや、モデル体型の綺麗系の短くしたスカートから覗く足もスラリとしていてなかなか見応えがあるが。


そんなオヤジ臭いことを考えながら、ゲーセンに向かっているであろう彼らについて行く。他校の生徒達はカレンと云う子の素晴らしさについて語りながらついて来ている。ついてくるなと云う彼女達の視線が目に入らないのは大したものだと思う。

そのまま暫く歩いていたのだが、「そこの中学生、ちょっと来なさい!」という声で、まるで蜘蛛の子を散らすように、みんな走り去った。

いや、ちょ、早すぎ。私は呆然とただ見送ることしか出来なかった。これが夜遊び初なせいもあるだろうが、同じく夜遊び初そうなピンク髪は、赤い髪の男子に手を引かれていたので、フォローがちゃんとしていない私の学校の人達が悪いということにした。


こんなこと考えているが、ただの現実逃避である。逃げてもインドア派の私だと追いつかれると思い、その場で立ち止まったままの私に警察官が近づいてくる。前世でもこんなことなんてしたことないから、どうなるか分からなくて心臓が今までにないくらい早鐘を打っている。寿命が縮みそうだ。

そこまで思ったくらいで、警察官が私の元に来た。先程まで怒り狂った顔をしていたが、私に向ける顔は少し、ほんのすこーし穏やかだった。



「君、緑山中学校の子だね? こんな時間まで夜出歩いたらいけないと分かってるかね?」


「はい、すみません」


「君みたいな子が夜遊びするとは思えんし、あの子たちに脅されてきたのか?」


「あの、その…」



脅されたわけではないが、嘘も方便。ここでイエスと答えたら、私はこのまま家に帰れるんだろうが、もしも誰かが見て、そして聞いていたら明日からの私の学校生活はアウトだ。仲間を売ったとでも言われて苛められるんだろう。それに比べれば、今警察官に絡まられることくらい屁でもない。と思わないとやっていけなかった。


先生に怒られることだってそうそうに無いのに、まさか警察官に職務質問みたいな雰囲気で質問される羽目になった自分の不運を嘆いていると、「ミサ!」と低いよく透る声で呼ぶ、大きな声がした。私の名前はミサではないが、成人男性がそこまで大きな声を出して女性を探すだなんて、大変だなと野次馬根性で声がした方を向くと、男性と目が合った、気がした。男性は帽子をかぶっていたので、正確な視線の先なんて私には分からない。だが、男性は私の方へ急いで走ってきた。



「ミサ! よかった、こんなところにいたのか」



繰り返し言うが、私の名前は決してミサではない。私には渡会わたらい しずくという立派な名前があるのだ。滅多に呼ばれないが。渡会さんが省略されてわっさんやわっちゃんなどというあだ名で呼ばれることが多いので、私の名前を覚えている人が居るかどうか。さっきの子たちなんて、最早名前も役職も関係ない。

さて、どうしようか。男性は二十代後半くらいであろうか。かなり背が高く、俳優か何かのように足がかなり長い。男性との身長差は目測で四十ほどある。私の身長が百五十くらいなので、推定百九十センチメートルといったところか。そりゃ高い。顔は帽子のせいで見えないところが、男性を信じてはいけないと思わせるが、何かあればこの警察官を呼べばいい事である。危険そうだが、そこが面白いと感じた私は、男性に話を合わせることにした。



「おじさん、ごめんなさい」


「いや、目を離した俺が悪い」


「お宅のお子さんですか」


「はい。今日はちょっと良い所で飯でも食わせてやろうと思ったんですが、はぐれてしまいまして。一人で大丈夫だったか」


「うん。警察の方が来るまでは同じ学校の子が一緒に居てくれたの」


「そうか、そりゃよかった」


「よくは無いんですけどね」



警察官は男性の一人じゃなくて良かったという言葉に、中学生が徘徊している事は良くないのだと皮肉を返したが、こっちの話を信じたようだった。男性にはぐれないようにしっかり見張っておくこと、私にはおじさんと離れないように恥ずかしくても手を掴んでおくようにしっかりと注意してから私達から離れた。お兄さんもその場を離れ始めたので、私はその背中を追うように歩きだした。



しっかりと歩くその姿は行き先が決まっているのだろう。何処へ行くつもりなのだろうか。親の後を追うカルカモのように男性を追いかける。彼は普通に歩いているつもりだろうが、なにぶん足が長いので、彼の一歩と私の一歩はだいぶ差がある。彼に置いて行かれないように私は早足だった。軽く息が切れてきた頃、男性は後ろを向いた。



「どこまでついてくるつもりだい、お嬢ちゃん」


「どこまででも?」


「ひっひ、そりゃ駆け落ちする娘の台詞だ。お嬢ちゃんが言うにはまだ早い」



お兄さんは私の頭をぽんぽんと叩くと、帰路へと促した。私も帰った方が良いかなと云う気持ちがあるのだが、帰れないのだ。



「お兄さんには迷惑かもしれませんが、私一人で歩いてたら、また補導されるかもしれないので着いていってたんです」


「そりゃあ、一理ある。だが、お嬢ちゃんは頭が良さそうだ。さっきだって俺の助けなんて無くても場を切り抜けられてただろう」


「それは、わかりません。でも、もっと大きな問題があって…」


「問題?」


「……ここがどこか分からないんです」



恥ずかしい話ではあるが、夜間徘徊がお手のものな彼らとは違って、私は初めてこのような場所に来たのである。普段は昼間でも寄りつかない場所である。夜と云うこともあって、どの方向へ変えればいいのかの道しるべとなる看板が見えない。省エネなら他のところですればいいのにと一人愚痴た。

帽子を被っていても見えた、お兄さんの口元は弧を描いた。チェシャ猫みたいだと思ったが、それなら私はアリスかなんて馬鹿なことを考えた。



「そうだな、お嬢ちゃんはこんなところうろつきそうにないな。それはおじさんの不手際か。連絡したら親は迎えに来るか? それとも、こんなところに居られるのを知られると不味いか?」


「親は、仕事です。ここに居るのが分かっても、どうとも思わないです」



親は共働きだ。それも貧乏であるから、必要に駆られて両親ともに働きだしたとかではなく、両親の両親、私にとって祖父に当たる彼らは、会社を吸収合併することになった。そこで婚姻と云う形で世に知らしめようとした。その婚姻は私の父と母との間に設けられ、彼らは結婚。ようするに政略結婚で結ばれた彼らだったが、そこに愛は芽生えたのか?

…一言でいえば芽生えなかった。両親は共に外に愛人をつくり、家にはちっとも帰っては来やしない。ただ自分で自由に使えるお金だけが銀行に振り込まれるだけだ。それなのに、なぜ私が生まれたのかと云えば、簡単だ。祖父を含めた親戚連中に子供に関してせっつかれたからだ。だから、両親は産みさえすればいいというスタンスを貫いた。

転生した私であったから、非行に走ることもグレルこともなかったが、もし非行に走ったとしても、彼らは気にも留めないだろう。こんな生活が今まで十四年続いているのだから、少しくらい世界を斜めに見てしまうことは勘弁してほしい。


仕事とお兄さんには言ってみたが、今の時間帯だと母親の方は愛人と仲良くやっている時間帯かもしれない。両親について色々考えてみても気落ちするだけだ。止めよう。

お兄さんは何か考えているようだったが、携帯を取り出して何処かへ連絡した後に、私に話しかけた。


「飯はまだか」


「はい、まだ食べてません」


「じゃあ、飯でも食いに行くか」


「いいんですか」


「乗りかかった船だしな。お嬢ちゃん行くか」


「?」


「さっき警察官に言われたばっかりだろ、離れないようにって」



お兄さんは何か考えているようだったが、お兄さんが私に差し出した手を見つめた。この手をとったらどうなるのかなんて分からないが、料理を了解したのだ、手くらい今更変わらないだろう。私は少しの躊躇いを振り切って、その手をとった。



「お嬢ちゃん、離すなよ」


「はい。あの」


「なんだ」


「私、お兄さんにお嬢ちゃんって言われるよりも名前で呼ばれたいです」


「ひっひ、お嬢ちゃんはお気に召さねえか」


「お嬢ちゃんなんて私には似合いませんから。私、渡会 雫って言います」


「雫ちゃんか。可愛い名前じゃねぇか」


「…ありがとうございます」



雫と名前を呼ばれることなんて久し振りだった。親戚での会合でだって私は名前を呼ばれない。閏の娘かと言われることがもっぱらである。うるうは母の名であるのだが、母が一族の中でもずば抜けているから、私よりも母の方に注目が行くのだ。

だから、だろうか。名前を呼ばれただけでこんなにも嬉しいと思ってしまったのは。急に、手を握ったことが子供扱いされていることに思い当って、子供じゃないと言いたくなる気持ちと、子供扱いされて嬉しいという気持ちがせめぎ合ってぐるぐるした。

お兄さんは無愛想で礼を言った私をどう思ったのか、また頭を叩いた。そんなに叩きやすい所にあるのか私の頭は。



「俺もお兄さんじゃねえな」


「なんておっしゃるんですか?」


「んー。そうだな、なんて言うんだろうなァ」


「からかわれてます、私?」


「さあ、どうだろうなあ。ただ、俺はもうお兄さんなんて歳じゃないことだけは確かだな」


「おじさんとお呼びした方が?」


「おっさんでも構わねえぜ」



ひっひとまた笑いながら歩を進めるお兄さん。いや、おじさん、か。顔が見えないからなんとも判別しづらいのだが、口元にもよく見ればしわが見えるような見えないような。帽子取ってくれれば良いのにと思わないでもないが、こんなところに居る人だ。顔を見られたら困ることでもあるのかもしれない。そこは気にしないのが吉か。


おじさんに手を引かれて着いたのはビルだった。それもかなり高い。昼間のときに近づいてはいけないと注意されている区画で一際目立っていたビルだ。ここに今から入るのかとおじさんを仰ぎ見るが、また笑うだけだった。なんだか急に不安になってきた。

だからといって、今おじさんの手を離して走り始めたとしても、かなり歩いたので、絶対に自宅まで帰りつくことができない自信がある。

自分のうかつさを少し後悔しながら、おじさんと共に中へと入った。受付のようなところが見えたが、おじさんはそちらへ向かわずに入口のすぐ横にあったエレベーターに乗り込んだ。カードをかざしてから、ボタンを押すとエレベーターは静かに動き始めた。階数が出て来ないので、これが下に動いているのか、上に動いているのか分からない。おじさんは不安がる私なんて放っておいてただ笑うだけだ。いや、不安がっているのを面白がっている可能性もあるかもしれない。そんな邪推混じりの考えをしていると、扉が開いた。おじさんは躊躇せずにその階で降りた。その階はどうやらレストランであるようだった。親に連れられて来たフレンチの店もこんな感じであったから、高級なんだろうということが窺えた。ただ、外の風景が見えないので、ここは地下なのだという考えと、私の不安が高まった。おじさんは店員と言葉を交わすと、店員が席まで案内してくれた。椅子はおじさんが引いてくれたが、そのために手が離れてしまったのを少し惜しく思った。

料理が来るまで暇だなとぼんやりしていると、ずっと何も話さなかったおじさんが重い口を開けた。



「何も取って食おうってわけじゃねぇんだぜ、雫ちゃん」


「え、あ、すみません」


「警戒するのは結構だが、ここまで来たらそれも最早無意味な領域だ。おじさんが雫ちゃんが警戒するような悪い奴ならな」


「そう、ですね。すみません」


「かってぇなァ。最初みたいに話してもいいぞ」


「あ、いえ、その」



私がまごついていると、前菜が運ばれてきたので、そこで話は中断となった。話しながらご飯を食べる人もいるが、おじさんは違うらしい。というか、フレンチであるからか、それとも、私との会話が楽しめそうにないと判断したのか。それも無理はないと、自分が今まで発言した言葉のあいまい加減など取り留めもない事を思い出しつつ料理を進めていると、おじさんに話しかける人が居た。

きらきらと輝く金色の髪、瞳は透き通ったエメラルドグリーン、服装はビシっとスーツで決めている。金髪碧眼と云えばイギリス人を思い出すのだが、私は海外旅行に出かけたことなど無いため分からない。そして、彼らが交わす言葉が何かも分からない。英語だったら、個別に家庭教師も付けられたので、会話に困らない程度話せるので、英語でない事だけは確かだ。ラなどの言葉が単語のようなものの前についているような気がするので、イタリア語かフランス語か。どちらにせよ、全く分からないが。親しげに話しているのだから、おじさんと仲は良いんだろう。歳は外国人の方がだいぶ若そうに見える。おじさんは見た目からは全く分からなかったが、上流階級の人かもしれない。フレンチ料理に簡単に連れて行ってくれたり、外国語を巧みに操ったり、外国人の友人が居たり。恰好はそこらへんにいる人と全く変わりはないのに。ジーンズに長袖シャツ。それに上着というラフな格好をしているおじさんだ。おじさんの恰好に比べたら、制服という私の装いでも、ここで浮かないのだから、おじさんの恰好はよっぽどである。フランス料理はマナーに厳しいと聞くが、マナーを跳ね除けられるほどお金持ちなのかなとそろそろと料理から視線を上げて二人を見ると、金髪碧眼の青年の方と目が合った。にっこりと微笑まれて会釈してからテーブルから離れて行った。



「すみません。お話邪魔してしまいましたか?」


「ん? いや、丁度切りが良いから自分のところに戻っただけだ。アイツだって俺に会いに来たわけじゃなくて、飯食いに来ただけだからな」



事もなげに言うおじさんの視線の先には、先程の青年が席に座り、肉にかぶりついている姿があった。



「な?」


「はい、そうですね」


「ここは俺の知り合いも結構来るんだよ」


「お料理美味しいですもんね」


「ああ、いや、まあ、そうだな。オイシイから来るんだろうよ。ひっひ」



また笑ったが、どうにも彼の笑うポイントが分からない。だが、そこから会話をしつつの食事となったので、気にしないことにした。料理に集中する食事と云うのも悪くはないが、私は、食事は楽しみながら食べる方が好きだ。

自分たちについては一切話さない、テレビの番組だったり、最近出された小説について話したり、取り留めもない話を交えながら味を満喫した。出された料理を全て食べた(デザートなんておかわりもした)ころ、事件は起きた。




「ここがオーカか? そんなうまそうな店にゃ見えねえけどな」


「いや、でも美味いらしいっすよ」


「お客様、申し訳ありませんが、ご予約などは?」


「あ? んなもんしてねえよ」


「それではこちらまでどうやってお越しになられましたか?」


「そんなん階段使ったに決まって「兄貴、それは言っちゃ駄目っすよ!」ああ、いや、なんでもねえ! どうでもいいから飯食わせろや」



三文芝居を見せられているような気持ちになりながら、これどうやって帰ろうとおじさんを見上げた。お金は払うと言ったが、おじさんに押し切られたので会計はおじさん払いだ。お金を払い終わって、エレべーターにさあ乗ろうとしたところで、ヤンキー二人組が来た。階段と言っているが、階段なんてものがあるのだろうか。事故が起きてエレベーターが使えなくなったら階段は必要だろうから、あって当然か。

ヤンキーの片方は、店員の胸倉を掴み、そのまま持ち上げようとしていた。おじさんは二人組に敵わないだろうし、私は言うまでもない。店員さん頑張ってと見ていると、胸倉を掴んでいたヤンキーの手をぐわしっと掴み、そのまま背負い投げあるいは一本責めを決めた。漫画でしか見たことがないので、どちらが正しいかは分からないが、見事に決まっていた。おーと小さく歓声を上げると、逃げると思われたもう一人の方が店員の方へ走り出す。その手にはナイフを持っていた。

これから起こる惨劇に目を瞑ろうとしたが、視界に赤が広がったので、瞑るのを止めた。店内は仄暗く、白い光で微かに明るいと言った感じだったのに、なぜ急に赤が視界に現れたのか。

赤が現れた理由は分からないが、赤が一番濃くなっているところを見ると、ナイフを掴んでいた男性の頭があった。



「あち、あち、あちぃよぉおぉぉおぉお」


「う……お、お前どうしたんだ!?」


「あち、あちい、助けて兄貴……」


「ま、待ってろ、あっつ! な、なんだ何で燃えてんだお前!」


「うぅぅうぅぅうぅぅぅ」



技を食らって意識が飛んでいた兄貴分が弟分を助けようとするも、熱くて助けられないらしい。その赤の正体はおそらく炎だろう。早く水をかけるか、上着で頭を包んで酸素がいかないようにしてあげればいいのに、手で触るものだからその火は一向に衰えない。それどころか、その手にも火は移っている様に見えるのだが、本人は分かっていないらしい。



「うーん、俺も鈍ったってところか」



おじさんが一言呟くと、弟分を包んでいたその赤は一気に消えた。それと同時にその男の命の灯も消えたらしく、弟分は倒れこんだ。



「う、う、うわぁぁぁぁぁ」



走り去っていく兄貴分。弟分は連れて行かなくていいのかと思うが、急に知り合いが死んだのだ。冷静でなんて居られないだろう。こんなに冷静な私がオカシイのだ。おそらくこれをやったのだろうおじさんを見ると、ニヤニヤした顔でこちらを見ていた。何か言葉を求めているらしかった。

何を言えと言うんだ。不意におじさんから視線を外すと、席に座っていた客もこちらを注目していたことに気付いた。ぞわり。私の背を悪寒が走った。ようやくやばい状態に自分が今居るのだと言うことを脳が認識した。今、私は紛れもなく殺人現場を見たのだ。手段は分からないが、きっとおじさんが殺した。ということは目撃者である私は消される?

今の男の次は私? いや、そうなるかどうかが今から言う私の言葉にかかっているのだろう。でも、何を言えば良い? どれが正解だ。こんなときに、教育現場では正解なんてないと言った自分を思い出した。それと同じように正解なんてないのだから、という判断を頭がしたのか。すっかり気が動転した私の口から出たのは、「お肉食べた後で良かったです」なんていう、なんとも間抜けな答えだった。

炎によって焼かれた男の顔は爛れており、異臭もそれとなく漂ってきている。ご飯を食べる前だったら、間違いなくお肉料理は食べれなかっただろう。

そんなとんちんかんな言葉を発した私に対して、客たちは笑い声をあげた。それはどういった笑いなのか。最後の言葉がそんな間抜けなものになる私を哂ったのか、単純に面白くて笑ったのか。

私はそちらを向けずにうつむいた。もし、駄目だった場合はさっきの男とは違って、苦しまないように逝きたいと思いながら。

そんな私の頭をまたぽんぽんと叩くと、おじさんはまた私の知らない言葉で喋った。客たちは拍手をしたが、なんの拍手なのかは分からない。しかし、さっきと違って怖くはなかった。おじさんが頭を叩いたのにすっかり安心してしまったらしい。もし、今から殺され前におじさんに歓声として拍手したのなら、それならそれでいいと思っていたら、おじさんが行きと同じように私の手を掴んだ。エレベーターに乗るかと思ったが、ある席に座っていた男性客の方に歩いて行った。英国紳士を思わせる男性に対して、おじさんは上を指すようなジェスチャーをすると、男性は了解と云うかのように親指を立てた。


私目掛けてウインクを飛ばしたその男性に会釈をしようとしたが、そこはもう先程の店の中では無かった。どこか高い建物の屋上に居る。そこから見る景色はとてもきらきらしていた。



「ったく、喰えねえ爺さんだわ」


「ここってどこ、ですか? どうやって…」


「ん? さっき入った店の屋上。綺麗だろ?」



ここから見える景色のことを言っているのなら、肯定するほかなかった。そんなに明かりもないと思っていた街だったが、自分が思っている以上に街はネオンで照らされていた。だが、私が本当に聞きたいのはそちらではなく、後半の質問だ。おじさんはそちらの質問には答えなかった。ひひっ、と笑うだけだった。誤魔化さないでくださいと言おうとした私を遮るようにおじさんが人差し指を掲げた。そちらに注目すると、その指の先に青が灯った。あれも、さっきと同じように火、なんだろうか。



「熱く、ないんですか」


「ひひっ、なんのことだ」


「その、指の青い炎です。私の目がおかしくなったわけじゃないですよ、ね」



言い淀みながら口にすると、おじさんはにやりと口角を上げた。そして、まるでサーカスの団長のように大仰に帽子をとると、口上を述べた。



「そう、さっきの火も、この火も俺の意思によって動かせる。そんな俺を人は火の幻影ホムラや、イグニスと呼ぶ。裏の仕事を手堅く扱うが気が向きゃタダで働く。自由な男さ」



そう言いながら、人魂のように橙色の炎や、青色の炎、赤色の炎をふわふわと漂わせた。その炎達はおじさんの周囲をくるくると回ったかと思うと、私の周りをふわふわ浮いて見せたり、おじさん同様自由だった。

帽子をとったことで見えたおじさんの顔は声に違わず、美形だった。でも、彼が言うように間違ってもお兄さんと呼ばれる歳ではないことは分かった。おじさんの瞳は炎が反射してだろうか、それとも元からか、血のように赤い眼をしていた。炎が反射して瞳の光がゆらゆら揺れている。おじさんの瞳も炎のようだと考えているのと同時に、自分の血が沸き立つのを感じた。この生を受けてから、一番興奮している。いや、前の世を合わせても始めてかもしれない。厨二病のせいか、それとも、この空気に酔ってしまったか、私はなんだか楽しくなってきてしまった。



「パイロキネシスですか?」


「さあてな。それは俺もアイツらも知らねえなァ。ただ、不思議な力を持っている。それだけだ」


「素敵ですね」



くくっと笑いながらおじさんに素直な感想を述べると、おじさんは私の頭を叩きながらひひっと笑った。



「なにを他人事のように言ってんだ。お前もだ」


「……私もですか?」


「ひひっ、能力に目覚める前っていうのは、難儀なもんだよなぁ、人と違う景色が見えていることもわかってねぇ」


「この炎、見えないんですか?」


「さっきの二人組、見えてるように見えたか?」


「…いいえ」


「それに、それだけじゃねぇなあ」



その後、ニヤニヤ笑みを浮かべながらおじさんが言うには、炎を使って蜃気楼を作り出していたので、おじさんの姿は街で歩いていた時には、私によく似た、会社帰りの男性に見えていたとのこと。だから、警察官の人はあんなにも簡単に私のおじさんと信じたわけだ。お父さんと呼ぶかと思っていた男性は、ここで私が未だ能力に目覚めてないけど、自分の仲間なのが分かったそうだ。もし、能力がなかったとしても、私はお父さんだなんて絶対呼ばないと思ったが、それは黙っておいた。自分の家庭環境が特殊っぽいのはどことなくおじさんに匂わせることを言ったから、それを踏まえても、ということだろう。

選ばれた、だなんて言うのは傲慢だろうが、特殊能力を持つだなんて胸が躍った。



「同じ能力を持ってるやつは大体仲間だと思っていい。だが、この能力を狙ってるやつはいるからほいほい騙されんなよ」


「はい」


「よろしくな、雫ちゃん」



おじさんは私を歓迎するように手を差し出した。ほんの少し前も同じようなことをやられたというのに、今の私の気持ちは全く違っていた。好意を持って、私はおじさんの手をしっかりと握りしめた。おじさんの手はさっき触った時よりも暖かく感じた。


オジサンの話を思って書き始めたら、コメディーのつもりがシリアスに走る。

乙女ゲームものだったはずなのに、なぜか能力系に。

どうしてこうなった。


オジサンと若い子が夜間徘徊してるのって、それだけでインモラルでいけない感じが好きです。若い子に翻弄されているオジサンを見るのも、若い子が大人の余裕に歯噛みするのも好きです。

時間があれば、当初の予定通りコメディーを書くか、これの続きを書きたいと思います。だらしないオジサンが書きたい気分なもので。


閲覧有難うございました。



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