闇の大魔導士、現代日本で無双する(ただしテレビ番組で)
スタジオには、異様な空気が漂っていた。
――いや。
(異様じゃない人間が一人もいない)
モルゲン・ドラークは、静かにそう結論づけた。
右隣。
水晶玉を抱えた女が震えている。
「……来ています……宇宙の波動が……」
(それエアコンだ)
左隣。
ドクロを掲げた男。
「祖霊よ……我に導きを……」
(プラスチックだな)
正面。
ダウジングロッドの男。
「反応している!オーラが強い!」
(筋肉の痙攣だろう)
モルゲンは、深く息を吐いた。
(私は闇の大魔導士だ)
(禁呪三百二十七種)
(三都市滅亡)
(魔王城包囲戦)
(血呪戦争)
そこまで考えて。
目の前の光景を見る。
三十代の男が、車に向かって話しかけている。
「ここに……子供の霊が……」
(……意味がわからない)
その時。
スポットライトが弾けた。
「さああああああああ!!」
司会者が飛び出す。
完璧な笑顔。
完璧すぎるテンション。
「本日の超能力チャレンジです!!」
観客が爆発する。
拍手。
歓声。
モルゲンは冷静に思った。
(この男、毎日三十分は笑顔の練習をしているな)
「挑戦者はこちら!!」
ポーズを決める霊能力者たち。
謎の手の動き。
意味不明な詠唱。
モルゲンだけが、動かない。
その時。
背後から、小さな声。
「あ、あの……モルゲンさん」
振り向く。
若い女性スタッフ。
少し怯えている。
「その……緊張してませんか?」
「していない」
即答。
「え?」
「試験だろう。問題の難易度にもよるが――」
一拍。
「――落とす理由がない」
女性の思考が止まる。
「え、あの……はい……?」
(なぜ理解できない?)
彼女は混乱したまま離れていった。
モルゲンは結論づける。
(この世界の人間は説明効率が悪い)
「それでは第一試練!!」
司会者が叫ぶ。
「目隠し透視!!」
布が巻かれる。
完全な暗闇。
――だが。
(問題ない)
ほんの少し。
ほんのわずか。
影感覚を解放する。
世界が、開く。
魂。
情報。
構造。
すべてが“見える”。
「この人の情報を当ててください!」
一歩前に出る気配。
モルゲンは、迷わず言った。
「ああ」
一拍。
「女性。二十九歳。会社員」
空気が変わる。
「猫アレルギー。だが猫を飼っている」
沈黙。
完全な沈黙。
スタッフが震える。
「……ぜ、全部……正解です」
――爆発。
「ええええええええええええええええ!?」
「ちょっと待って!なんで!?」
「やばい!!ガチ!?」
モルゲンは冷静だった。
(基礎課程だ)
「す、すごい!!完全正解!!」
司会者の声が裏返る。
「続いて第二試練!!」
幕。
霊能力者たちが騒ぐ。
「炎が見える!」
「水の流れが!」
「猿の霊が……!」
(猿?)
モルゲンは視る。
一瞬。
終わり。
「あそこだ」
全員が振り向く。
「男がいる。椅子。茶。漫画」
幕が開く。
完全一致。
静寂。
次の瞬間。
「なあああああああああああああああああ!?」
スタジオ崩壊。
司会者が叫ぶ。
「なんでそこまでわかるんですか!?」
モルゲンは思う。
(なぜわからない?)
第三試練。
車。
霊能力者たちが暴れる。
叩く。
撫でる。
話しかける。
「霊が……ここに……!」
(霊も困るだろう)
モルゲンは、目を閉じた。
(魔王城包囲戦)
(血呪)
(死)
(絶望)
――そして今。
(車を撫でる男)
一秒。
魂感知。
完了。
三台目。
彼は歩く。
迷いなく。
トランクを開ける。
「ここだ」
少年が飛び出す。
「うわああああああ!!」
――完全勝利。
「すごーーーーーーーーーーい!!!」
「全部当てた!!!」
「なにこれ!?やばい!!」
モルゲンは思う。
(終わりか)
収録後。
司会者が走ってくる。
「モルゲンさん!!あれどうやったんですか!?」
「簡単だ」
「え?」
「学院一年生の基礎課程レベルだ」
沈黙。
笑顔が固まる。
「……はは、ユニークですね!」
顔が近づく。
小声。
「……あなた、設定ちゃんとしてますね」
(痛いタイプだ)
モルゲンはカメラを見る。
微笑む。
そして心の中で。
(聖騎士アウレリアン)
(お前)
(本当に最低だな)
(こんな世界に隠すとは)
その時。
背後。
スタッフたちのざわめき。
「ねえ……」
「今の、編集でどうにかなる?」
「いや無理でしょ……」
「……台本にないよね?」
モルゲンの思考が、わずかに止まる。
(……?)
初めて。
ほんのわずかな違和感。
だが。
それよりも――
別の視線。
振り向く。
あの女性スタッフ。
さっきの彼女。
震えている。
だが、目が逸れていない。
「……あの」
かすれた声。
「あなた……本当に……」
言葉が止まる。
だが。
視線だけが、すべてを語っていた。
――理解してしまった者の目。
モルゲンは、ほんの少しだけ目を細める。
(……なるほど)
(完全な愚者ではないらしい)
その時。
遠くのモニター。
再生される自分の映像。
コメントが流れる。
「やらせでしょw」
「いや無理だろ」
「ガチで怖いんだけど」
「何者???」
モルゲンはそれを見る。
そして思う。
(……妙だな)
(“魔法がない世界”の反応にしては)
少しだけ。
ほんの少しだけ。
この世界が――
面白く見えた。




