第五章:ガラクタたちの調律
この世界では、悲しみは存在しない。
そう“処理されている”だけだ。
扉の外で鈍い音がする。
「……ったく変わってないな。」
カイはレイを引きずり込み床に転がし、荒く息を吐いた。
「ふぅ、倒れるなら中でやれっての……」
拾い上げたデカンタを、無言で見つめる。
指先で汚れをなぞる。
「……ヒーローになるんだろ?」
独り言みたいに、吐き捨てる。
「……ガキの頃、言ってたじゃねえか」
――その声に、微かに重なる。―― ―― ――
夕焼けに染まった廃棄区画。
まだ小さいレイが、山積みのスクラップの上に立っている。
「なあカイ! 見てろよ!」
笑っていた。
無駄にまっすぐで、どうしようもなく眩しい顔で。
「俺が全部、きれいにしてやる!」
風に舞った紙屑が、オレンジの光を反射する。
―― ―― ――
カイはゆっくりとデカンタを作業台に置いた。
「ダメだ……心臓部はイカれてる。正規のパーツなんて、この街にあるわけねえ」
床に転がったレイを一瞥する。
散乱したスクラップの中で、作業台の工具だけが、冷たく整列して光っていた。
カイは小さく息を吐き、汚れたウエスで真鍮の表面を拭う。
「ジャンクをバイパスで繋いだ。……起動はする。抽出もな」
「……だがな」
「……う、あ……」
鉄と煙の匂い。
レイの視界が、揺れるランプの光の中でゆっくり開く。
カイは背を向けたまま、電子タバコの使い捨てカートリッジを無造作に引き抜き、山積みのゴミの中に放り捨てた。
「……起きたか。終わったぞ」
レイは軋む身体を起こす。右腕は動かない。
「カイ……」
「勘違いするな。……借りを返しただけだ」
デカンタが放られる。
左手で受け止める。重い。歪な配線がむき出しになっている。
「前より吸い上げる力は強い。……だが、安全弁は死んでる」
カイは振り返らない。
「吸うたびに、残りカスが逆流する。……前の持ち主の感情がな」
短く間を置く。
「そのまま、お前の脳に入る」
ウエスで指を拭い、鼻を鳴らす。
「……他人の絶望だ」
一瞬だけ、視線を寄越す。
「持ってけよ、ヒーローさん」
「……テメェが捨てたもんだ。今度はちゃんと飲み干せ」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もし「悲しみを消せる」としたら、
あなたはそれを選びますか?




