1-8 これってデートかも?
裏門とは少し離れた場所に、先程指差した森へ向かう小さな扉が城門に備え付けてあった。
「本来なら森は視野が狭くなるから、伐ってしまったほうがいいんだが」
言いながらラディアスは扉を開けて外に出た。メルベールがここに来てから初めての城の外だった。懐かしい緑の香り。木陰が道に落ちて、静けさを際立たせている。
「きれいな森…」
日差しを浴びた葉が光輝いている。指先で葉に触れると、馴染み深い感触に心が和んだ。
「少し歩こう。この森も一応、説明しておく」
ラディアスはそう言うと、獣道を歩き出した。
「ここの森にはあまり動物はいない。近くに人の気配が沢山あるからだろう」
「たしかに、いなそうですね…」
メルベールが辺りを見回した。動物の気配はない。黙ったままラディアスが歩き続ける。メルベールはなんだか気まずくなって、そわそわしだした。
こうして二人きりで、誰にも見つからない場所で、しかも、形式上とはいえ婚約者の男性と、静かに森を歩くだなんて。
(これは…世にいう…デート、では?)
そんな言葉が頭に浮かんで、はっとする。
(何考えてるの! 殿下にそんな気は絶対にないってば!)
考えを振り払うように首を振ると、ラディアスの背中が眼前に迫っていた。
「わっ」
顔からラディアスの背中に突っ込んでしまった。
「大丈夫か?」
「ええ、ごめんなさい…」
ラディアスから一歩離れると、眼の前に墓石があった。
「…ここは?」
「母上の墓だ」
もしかしたらと思っていたが、やはりラディアスの母は亡くなっていた。
しかしなぜこんなひっそりとした場所に墓があるのか。森の奥、誰も来ないような場所に、ラディアスの母の墓はあった。墓地のように他の墓も見当たらない。ここには彼の母の墓しかなかった。寂しい場所ではあるが、よく手入れされているのはひと目見てわかった。花が供えてあったが、その花は新鮮そのものだ。
メルベールが墓前に膝を着く。
「メルベール、汚れ…」
汚れるぞ、と言いかけたところで、メルベールは墓前で祈りの姿をとった。それを見たラディアスは黙って自分も膝を着き、同じ様に祈りの姿をとった。しばらくして二人とも立ち上がると、ラディアスが「失礼」と一言断ってから、メルベールのスカートについた汚れを手で払う。
「だ、大丈夫ですよ!」
「祈ってくれた礼だ。ありがとう」
「いえ…」
ラディアスが母の墓を見つめたまま言う。
「ここには母上の墓しかない。王族の墓地は別の場所にある」
「どうして…」
「母上は正妃に嫌われていた。母上が亡くなった時、正妃が王族の墓には入れたくないと言ったんだ」
「そんな」
「墓さえ用意してもらえないのではないかと、私は焦った。父上にどうにか懇願して、ここに立ててもらえることになった」
やはり彼の境遇は辛いものなんだろう。ここまで来るのに、たくさん苦労したに違いない。しかし、それを口には出来なかった。軽々しく「がんばったのですね」と言える事ではない気がして。
メルベールが黙っていると、ラディアスが声をかける。
「こんな話をして悪かった」
「いえ、そんな…」
なんと返していいかは、実際にわからない。
「でも、君を母上に紹介したかったんだ」
「…なんて?」
メルベールが単純に疑問を口にすると、ラディアスは少し考えたあと、にやりと笑う。そんな表情は一度も見たことがなかったので面食らった。
「婚約者だと」
「そ、それは…! 形式上のことって!」
「冗談だ」
慌てるメルベールを見て、笑うラディアス。メルベールは「もう!」と拗ねるふりをして、恥ずかしい気持ちを押し込めた。
「仲間だと紹介した」
ラディアスの言葉を聞いて、彼に振り返る。ラディアスの横顔は優しかった。
きっと彼のところにいる従者は彼を信頼しているだろうと、想像はつく。一緒にいる時間は今のところわずかだが、彼の誠実さは伝わってきていた。それでも彼は長い時間、孤独だったに違いない。
「お母様、わたしはきっと、殿下のお役にたってみせます」
「さすが、本当に頼もしいな、君は」
ラディアスが優しく微笑むと、そんなラディアスにメルベールも笑顔で返した。
「じゃあ、わたしの話も聞いてくれますか?」
「ああ」
「殿下も気がついていると思いますが、わたしの両親はもう天国にいます」
ラディアスは頷いた。森に彼女を探しに行った時、彼女の住む家に人の姿はなかった。恐らく両親は他界しているだろうと予想していた。
「わたしの両親は、呪いを持つわたしを、色んなことからたくさん守ってくれました。とても、とても感謝しています」
メルベールを見れば、大事にされてきたのだろうとわかる。彼女の笑顔に曇りはなかったからだ。
「お父さんが病気で亡くなる前に、三人で一緒に森を眺めていました。その日は曇りで…太陽が見えなかった。でもお父さんがこう言ったんです」
メルベールが木々の隙間から見える太陽の光を見上げて、目を細める。
「雲の上はいつも晴れ。いつか困難に立ち向かう日が来たら、思い出してくれって。青空はなくなったりしないから、それを信じて上を向くんだよって、言ってくれたんです」
静かに聞いていたラディアスが、メルベールの横顔を見つめる。
「いい言葉だな。前向きで、飾らなくて」
「はい。この言葉を大事に、強く生きていこうって思います」
満面の笑顔でそう言ったメルベールは、とても魅力的に見えた。ラディアスは自分が、彼女の呪いの力で魅了されているかどうか、自分でもわからなかった。わずかな時間しか過ごしていないが、メルベールのことをすんなり信頼している自分がいる。そのことだけは自覚していた。
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