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1-7 王子様とするお城の旅

次の日の昼前、ラディアスはメルベールの部屋を訪れた。声をかけて扉を開けると、扉の中からエマが顔を出した。


「ラディアス様、ようこそ」

「まるで自分の屋敷のように言うな」

「ふふふっ」


 エマは上機嫌だった。昨日の出来事は、エマにとっても嬉しい出来事だった。今までずっと不遇な思いをしてきた主にようやく小さな光が見えたのだから。


「殿下」


 お茶をしていたメルベールが席を立って、ラディアスにお辞儀をする。


「ラディアスでいい」

「呼び捨ては無理」


 ラディアスが笑うと、メルベールは少し照れくさくなった。


「何か御用ですか?」

「ああ、城の内部を案内しようと思ってな。心配はしなくていい。極力ひとには会わないルートを考えてある」


 メルベールが訝しむ表情を見せると、ラディアスは目を丸くする。


「信じられないか?」

「殿下のことは信じていますが、どうなるかなんてわかりません」

「何かあってもどうにかする。それに、城の内部のことがわからなければ、君も不便だろうし、不要な争いは避けたいだろう」

「それは、そうです…」

「エマ」


 ラディアスが呼びかけると、エマが元気よく返事をする。


「メルベールに着替えを。出来るだけ目立たないほうがいい」

「わかりました。すぐに用意致します」


 エマが元気に走り去ると、部屋でふたりきりになってしまった。ちょっとだけ気まずい。メルベールのそんな思いとは裏腹に、ラディアスが言葉を発する。


「出来るだけ不便はさせないつもりだ」


 きっと優しさからこう言ってくれているのだろうことは察せた。


「自分のことは自分で出来ますよ?」

「頼もしいな」


 ラディアスが小さく笑った。それを見て、メルベールの頭の中にある事が思い浮かぶ。


 この人が自分に優しくしてくれるのは、もしかしたらやっぱり、呪いのせいかもしれない。真心すら疑ってしまうのは、罪悪感があった。本当にそう思ってくれているかもしれないが、絶対かどうかは、自分にも、きっとラディアス本人にもわからないだろう。


(確かに私、不自由かも)


 こんな風に思う自分に、少し自己嫌悪する。


「おまたせしましたー!」


 これまた元気にエマが戻ってきた。


「「早っ」」


 思わずメルベールとラディアスの声が揃う。


「こんな感じでどうでしょう?」


 エマが服を広げて二人に見せたその服は。


「エマさんと同じ服」

「メイド服ならきっと目立ちません」

「顔が隠せないのはあぶないかも…」


 メルベールが心配を口にすると、ラディアスが口を挟む。


「いや、顔を隠していたほうが逆に怪しいだろう。何かあったときに顔を見せろと言われたら面倒だ」

「そ、そっか…」


 メルベールが戸惑いながら服を受け取ると、ラディアスは扉に向かいながら言う。


「何かあっても私がどうにかすると言っただろう。問題ない」

「本当かなあ…」


 ラディアスが扉の外に出ると、笑顔でエマが近寄ってきた。


「さあ、お手伝い致します」

「だ、大丈夫! ひとりで着られます!」

「どうぞ、遠慮なさらず」


 ニコニコ笑顔のエマが手をわきわきと怪しく動かしながらメルベールに迫りくる。


「遠慮なんかしてませんってば!」


 扉の外にいたラディアスは、その時、メルベールの悲鳴を聞いた。



「…ふむ、なかなか似合うな」

「…あんまり見ないでください…恥ずかしいから」


 メイド服に着替えたメルベールが両手で顔を隠す。ロング丈の黒のワンピースに、装飾のない白いエプロン、髪の毛は後ろで三つ編みのお団子にしてある。


「メルベール様は背が高いから、何でもお似合いになりますね」


 エマが顎を指で撫でながら、メルベールをしげしげと見つめた。


「着慣れないから、ちょっとそわそわする…」


 戸惑うメルベールの姿を見て、エマはニコニコ笑っている。


「では、行こうか」

「あ、はい」


 ラディアスが歩き出し、その後ろをメルベールがついて行く。


「いってらっしゃいませ」


 エマが深々とお辞儀をして。二人を送り出した。



 メルベールがいま暮らしている部屋は、城の広大な敷地の隅のほう、国王がいる本丸から大分離れた場所にある。わざわざそこを目的地にしない限り、メルベールの部屋には辿り着けないくらい。メルベールが初めて城にやってきた時、なんとなく自分の部屋の位置を把握していた。


「君のいま居る部屋は、不意に人が来られるようなことろではない。元々客人用の部屋だったのだが、それにしても不便なので本来の用途としては、今は使われていないんだ」

「わたしがうっかり見つかってしまわないように、ですね」

「そうだ」


 長い廊下を歩くと、これまた長い階段を降りる。また廊下に出ると、長い廊下が続いていた。


「どこに向かっているのですか?」


 メルベールの問いかけに、先を歩いていたラディアスが首だけを振り向かせた。


「案内しやすい場所へ」


 しばらく歩き続けると、上に縦長の建物の入口に着いた。壁にぐるりと螺旋階段が付いている。


「登るぞ」

「あ、はい」


 先を行くラディアスの背中を追いかけるようにして階段を登っていく。


「これって、塔? ですか?」

「そうだ」


 いま、建物何階分を登ったのだろうか。下を見ると床が遠くに見える。メルベールが下を覗き込みながら階段を登っていたのをラディアスが気づき、メルベールに声をかける。


「前を見ていないと危ないぞ」


 同時にラディアスは少し驚いていた。自分の階段を登る速度に、メルベールはしっかりと付いてきている。平均的な女性であれば、速度は遅くなり、息を切らしている頃のはずなのに、メルベールにはそんな様子がまったくなかった。


「わたし、塔って初めて登るんです。ちょっと楽しいかも」


 メルベールの暮らしていた森にはもちろん、最寄りの町でも、背の高い建造物は見当たらなかった。塔に登るのが初めてでもおかしくない。


「楽しいならよかった」


 落ち着いた声で話すラディアス。そんな彼を見てメルベールは、自分を探しに来たのがこの人でよかったと、こっそり思っていた。他の人だったら、自分がどうなっていたかわからない。想像してしまい怖くなって体を震わせる。思考を散らすように手で空を払った。

 階段の終わり、踊り場に扉がある。


「大丈夫だったか?」

「え?」

「階段だ。長かっただろう」

「ええ、すごく高いですね。それでも、もっと高い崖の上に立ったこともあるので、平気です」


 そう答えるとラディアスは目を丸くしている。


「え、何か変なこと言いました?」

「いや、なんでもない」


 ラディアスが扉を開けると、光が飛び込んできた。眩しくて目を細めると、その先に広がる景色に驚く。


「わあ…きれい」


 晴れた空の下、眼前に広がるのは、大きな城の姿と、その先にある城下町。もっと先に山々が見える。


「この城で一番高い場所だ。ここなら城のすべてが見渡せる」

「ああ、それでここに連れてきてくれたんですね」


 メルベールは城下町を初めて見た。最寄りの町よりも格段に広い。そして何より栄えている。


「あんな風に大きな町は初めて見ました。あ、洗濯物が…」

「ん?」


 言われてラディアスは城下町に目を凝らしたが、メルベールの言った『洗濯物』が何のことかわからない。


「飛んでいってしまいましたね」

「は?」

「洗濯物が、ほら」


 メルベールが指さすが、ラディアスにはやはりわからなかった。


「驚いた。目がとても良いんだな」


 ラディアスも視力が弱いわけではない。メルベールの視力が良すぎるのだろう。弓の狙いが正確なのは、目がいいことも起因しているのか。ますますメルベールをそばに置いておきたくなる。


「あ、あそこが、わたしたちが入ってきた裏門ですね」

「方向感覚まで的確なのか…むしろ怖いまであるぞ」

「え? なんですか?」


 ラディアスがひとつ咳払いをして、メルベールに向き直る。


「君を城に連れてきた時は、夜中だった。よく位置がわかったな」

「ん? 普通じゃないんですか?」


 当然のようにメルベールが言い放つので、なんだかこちらがばかみたいだ。ラディアスは小さくため息をつくと、メルベールの横に立ち、裏門を指さす。


「君が言った通り、あの夜は裏門からこの城に入ってきた。裏門の反対側、あそこに見える大きな門が正門だ。そこから正面の大きな建物、あれが国王のいる玉座がある本丸だ」

「へえー知らないことばかり」


 ラディアスが次々と各建物の役割を説明していく。メルベールは興味津々に聞き入っていた。沢山の建物を紹介され、次にラディアスが指さしたのが、大きな館だった。


「そして、あの独立した建物が今の第一王子の住居だ。あそこには絶対に近づくな」

「絶対…」

「ああ、絶対だ」


 言われて第三王子の顔が頭によぎる。


「第三王子のお部屋はどこですか?」

「ここからだと見えづらいが、あそこに屋根が見えるだろう。あれがエルダイナの部屋だ」

「なるほど、気をつけます」


 メルベールの返事を聞いてラディアスが「うむ」と頷く。


「殿下のお部屋は?」


 問われてラディアスが指先をすべらせた。その先は本丸から遠く離れている。確か、彼の執務室もかなり中心から離れているはず。


「中心からかなり遠いからな。私の部屋に来るまでには、きっと誰かに会うはめになるだろう」

「わたしは部屋で大人しくしています」

「私も若干、今の環境が不便ではある。それは後でどうにかしよう。さて」


 ラディアスが背後にある扉に手をかけた。


「これで大体は把握出来ただろう。そろそろ戻ろうか」


 メルベールはラディアスの言葉に返事をしようと口を開きかけたが、城の裏手にある森が視界に入り気になった。


「殿下」

「ん?」

「あそこは森なんですか?」

「ああ、城の裏か。そうだが」

「行ってみたいです!」


 メルベールが目を輝かせて自己主張をしてきたことは初めてだった。ならばと、ラディアスがメルベールに向き直る。


「ではそうしよう。付いて来い」

 ラディアスが扉を開ける。


お読み頂き有難うございます。

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