1-6 王様になりたい王子
その後、町にいる女の子の友達からその日のことを聞くことが出来た。ジェイとその友達は殴り合いまでに発展し、ふたりとも怪我をしたらしい。大きな怪我には至らなかったらしいが、怪我をしたことは事実として残った。わたしのせいで。
その事件を境に、ジェイが森に訪れるようになった。わたしは身を隠すのに徹した。しばらくするとその作戦も見破られるようになり、わたしはジェイに見つけられては逃げまわった。ジェイのことは嫌いじゃないのに、わたしのせいで彼が不幸に見舞われるなら、わたしが嫌われて構わない。
こうしてわたしは友人をひとり失った。弓で撃退するなんて、本当はしたくないけれど、わたしはそうするのがいいと、そう思ってしまった。あの出来事がきっかけで。
メルベールの話しを静かに聞いていたラディアス。隣で聞いていたエマが同情の目でメルベールを見ている。
「エマさん、そんな顔しないで」
「でも…メルベール様は、悪くないのに…」
そう言うエマに、メルベールは苦笑いを返す。
「それで…ジェイの友人はどうなった?」
ラディアスの問いかけにメルベールがきょとんとする。隣にいたエマも同じ反応をした。
「そいつも森に来るようになったのか?」
「いえ、来ていません…」
メルベールの言葉を聞いたラディアスは、ふむ、と相槌をすると、メルベールに向き合った。
「呪いの深度があるのかもな」
「呪いの深度?」
「ジェイの友人が森に来ていないとなると、そいつには呪いの効果が薄かったと仮定できる。もしかしたら、長く接した場合、それだけ呪いの深度が深くなるのかもしれない」
「え?」
考えたこともなかった。言われてみれば確かに、ジェイだけが森に訪れるようになった。ジェイの友人はその後、一度も目にしていない。
「長く離れれば完全に呪いの力が消えるかどうかはわからないが、恐らくそういうことだろう」
「でも…わたしは森から出たらいけないんだと思います」
メルベールが友人をなくした事実は変わらない。ジェイのことは友人として好きだった。それが呪いのせいで、こんな風に避けなければならない人になってしまった。メルベールはもう、誰かと深い関係を持つということを、考えられなくなっている。
「先ほども言ったが、私は君の呪いの力を『他人を服従できる力』だと思っていた。昔からある伝承では、そのように言われていたからな。でも違っていた」
ラディアスも呪いの対象である男性だ。この呪いは無差別。ただひとつの例外、メルベールの父親には効果を発揮しない。呪いの対象は彼女の父親以外の、この世界のすべての男性となる。
「このままではラディアス様も呪いに巻き込まれます。先程のエルダイナ様がそうだったように、きっと争いが起こってしまう…わたしはそれを避けたいんです」
自分と相対していても、ラディアスは冷静だった。けれど、接する時間が長ければどうなるかはわからない。
「メルベール。きっと君はどこにいても、呪いの力で運命を狂わされる」
ラディアスの言葉が胸に突き刺さる。わかっていたことだが、改めて言葉にされると心にくるものがあった。
「だから、私のそばにいろ」
「え?」
思いもしなかった言葉にメルベールは驚く。
「君が呪いの理不尽に付き合わされるのは、私としても納得がいかない」
「でも、さっきご自分で仰ったとおり、わたしを長くそばに置くのは…」
「私が君の呪いで腑抜けになったら、その時は君が私を弓で撃ってくれていい」
「「ええ⁉︎」」
メルベールとエマが同時に驚愕の声をあげた。
「ここからは、私の話をしよう」
「え?」
急な話題の転換に戸惑うメルベール。
「なぜ、私が君をここに連れてきたか、話すほうが誠実だろう」
「た、確かに気になりますけど…」
ラディアスが正面からメルベールを見つめる。やっぱり、ラディアスは他の男性と違う。こんなにしっかり見つめ合っても、ラディアスは冷静だ。しかも、エルダイナから自分を守ってくれた。取っ組み合いの喧嘩なんて起こらなかった。
「はっきり言ってしまうと、狡い手を使おうと、君を探しに森へ行った」
「ずるい、手…」
そう言われて容易に想像できる。多分、誰かを自分の思い通りにしたかったのだろう。
「私はこの国の王になりたい」
「王様…?」
よく聞く権力争いか。それを聞いてメルベールはわずかにがっかりした。こんな話しはさもあり得る話だ。そんなことに利用するため、わたしを連れてきたのか、と。
「私は第四王子だ。しかし、王位継承権は第五位にあたる。私たち王子は五人兄弟だ。私の席は末席になる」
メルベールは初めてラディアスの境遇を知った。優秀そうだから、もっと上の地位にいる人だと思っていた。
「恥ずかしい話だが、政治の実権を握っている第一王子は私利私欲のために政治を利用し、第二王子は政治にまるで興味のない怠け者、第三王子は先程のエルダイナだ」
ラディアスの話を聞いて唖然とする。メルベールは王室がそんなことになっているとは思いもしなかった。町にも行く機会が殆どないのだから、情勢がどうなっているかなんて知りようもなかったのだが。
「そして、第五王子はまだ幼いが、継承権は第三位だ」
「ん? どういうことですか?」
思わずメルベールが口にすると、ラディアスが返答する。
「私と第三王子のエルダイナは、側室の子供だ。第五王子は正室の子供で、継承権が私よりも上になる」
「あ、そういうことなんですね…」
ラディアスは続けた。
「この国の貧しい民を放っておき、自分の私腹を肥やそうとする兄たちを放っておけば、いずれ国が崩壊する。私は、私の母と姉が愛したこの国を救いたい」
「お姉さんがいらっしゃるんですか?」
「ああ、政略結婚で隣国に嫁がされた」
ラディアスは無表情だったが、少し怒りを感じ取れた。姉が嫁がされたことに納得いっていないのだろう。政略結婚と言っていたから、望まない結婚だったのかもしれない。
「私の待遇は、兄上たちと違ってとても良いとは言い切れない。それでもここに住まわせてもらっているのだから、民たちと比べれば十分豪華な暮らしだろう。しかし、持っている隊も少人数。こんな言い方はしたくないが、従者たちも所謂、庶民あがりだ。権力としては低い」
その言葉を聞いてメルベールはエマにちらっと視線を送った。エマは神妙な顔で頷いている。
「私には圧倒的に力が足りない。そこで『呪い憑きの姫』を探していた」
「それで、私を…」
「私が思っていた呪いの形とは違ったが、それでもその力は武器になるだろう」
それを聞いたメルベールが、顔を歪める。メルベールを見たラディアスは続けた。
「私が利用したいのは君じゃない。君の呪いの力だ」
「そんなこと言われても納得できません…」
きっとそれで争いは起きるし、ラディアスが求めいる環境になるかどうかなんて保証はない。何より、メルベールは呪いによって、自分が傷つくのは嫌だった。ジェイの時と同じ思いはもうごめんだ。
「綺麗事のように聞こえるかもしれないが、私を信じて欲しい。先程も言ったが、本来、君は自由なはずだ。呪いに付き合うのはやめろ」
「どうしたらいいんですか。わたしだってそうしたいんです。それで今まで悩んできたのに…生き方を変えるのは難しいです」
「私が君を守る」
ラディアスがそう言うと、メルベールは俯いていた顔をあげた。ラディアスが嘘をついているとは到底思えない、真剣な顔をしている。
「私も沢山の理不尽に遭遇した。私もきっとそういう意味では呪われている」
もしかしたら、いや、きっと、ラディアスも大変な目にたくさん遭ってきたのだろう。それは彼の真剣な表情を見れば伝わってきた。メルベールには計り知れないほど。
「王子も…大変なんですね」
メルベールは素直に感じたことをそのまま口にした。ラディアスが笑う。
「どうだろうな。君の事を思うと、私のことなど些末なことだろう」
ラディアスが視線を外して窓の外を見る。憂いの目。これが豪華に暮らしてきただけの人間がする表情だろうか。沢山の苦労が見える様だった。そのうえ、メルベールのようないち庶民にまで気をつかっているのがわかる。
この人なら、本当に信じていいのかもしれない。
「ラディアス様」
「なんだ」
メルベールはまっすぐにラディアスを見つめる。何より、この人の願望を手伝いたい。人の痛みを思いやれるこの人ならば、きっと賢くて優しい王様になってくれる。
「お手伝い致します。王様になってください」
メルベールの言葉を聞いたラディアスは、驚いた顔をしたあと、優しく微笑んだ。
「ああ、こちらこそ、お願い申し上げる」
隣にいたエマが「やった」と喜びの声をあげた。
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