1-5 呪いの形
ラディアスに対面する位置の席につくと、メルベールは口を開いた。
「わたしの呪いは、先程ラディアス様が仰った通り、男性を魅了する力です。女性には効きません」
ラディアスが頷く姿を見て、メルベールは続ける。
「この呪いは代々受け継がれます。わたしのお母さんも呪われていました。わたしの呪いが発現したのが十二歳の時…。両親は近くの町から距離を取るために、森で暮らしていました」
ラディアスが頷く。傍らにいたエマが固唾を飲んで、メルベールの話しを聞いている。
「わたしは今まで、町の女の子と遊んだことはたくさんあるけど、男の子と遊んだことは呪いの発現前の、本当に小さい頃にしかありませんでした。多分、両親が呪いのことを心配して、男の子との接点を徐々に減らしていくようにしてくれていたんだと思います」
メルベールがテーブルのうえで固く指を組む。
「ラディアス様が森に来た日、わたしが誤ってラディアス様に矢を撃ったじゃないですか? あれは町の男の子のジェイを追い返すためだと言いましたよね?」
「ああ」
「ジェイは元々わたしの遊び相手でした。わたしの呪いが発現してからは、わたしも無理してまで男の子と遊びたいとは思っていなくて、ジェイとも暫く会っていなかったんです」
「では、なぜ」
ラディアスが尋ねると、メルベールは少しためらいながら続ける。
「実は、どうしても欲しいものがあって、女の子の友達に頼んでもよかったのだけれど…町に出てしまったんです。わたしの呪いのことは、町のわずかな人たちしか知らなくて…。迷惑をかけたくなかったし、ちょっと町で買い物をするだけだからって、そう思って町に出たんです」
「それで…ジェイに会ってしまったのか」
ラディアスの言葉に頷いたメルベール。表情は強張っていた。
「でも、久しぶりの再会をした時の状況は、最悪のものになりました」
メルベールが手に力を込めるのが見えた。ラディアスはメルベールがこの出来事を重く受け止めていることを察した。
あの時、わたしはあまり人に会わないようにとそっと町に向かった。昼過ぎに出たから人気はそんなに多くなかった。みんな昼食をとって休憩中の時間だったから、往来を歩くひとの姿はまばらで、わたしは顔を隠しながら歩いていた。両親から男の人と目を合わさないようにすれば、ある程度は大丈夫だと言わていたから、フードを深く被って目立たないようにしていた。
欲しかったものをどうにかお店で買うことが出来て、帰る途中だった。わたしは買ったものを手にして、嬉しくて浮かれていたのかもしれない。気が緩んでいたと思う。
「メルベール?」
背後から声がして思わず振り向いた。はっきりいって、その時のわたしは、自分の呪いの力を過小評価していた。
振り向いたわたしの顔を見た男の子が、「やっぱり」と言って笑った。
「ジェイ?」
わたしが名前を口にすると、ジェイは満面の笑みでわたしを見た。しばらく会っていなかったから最初はジェイかどうか確信が持てなかった。子供らしさが薄れて、大人っぽくなったジェイの姿を見て、つい嬉しくなって駆け寄る。
「ひさしぶりだな、メルベール」
「うん! 久しぶり! 元気だった?」
そこでようやく気がついた。ジェイの後ろにもう一人、男の子がいることに。
「だれ?」
「メルベール、俺の幼馴染だよ」
その男の子にわたしを紹介するジェイ。わたしはついその男の子の顔をじっと見つめてしまった。
「…幼馴染」
知らない顔だった。わたしが町の子たちと遊んでいた頃にはいなかった男の子だった。
「ふーん…」
その男の子がわたしの顔を覗き込む様にして近づいてくる。
「ねえ、メルベール。俺と遊ぼうよ」
その男の子がわたしに向かってそう言った。
「え?」
「ちょっとだけ。ねえ、今からどこかに行こうよ。劇場がある隣の町でも行ってみない?」
何が起こっているのかわからず、わたしが戸惑っていると、隣にいたジェイが険しい顔でその男の子の肩を掴んだ。
「何言ってるんだよ。メルベールはそんな軽い女じゃない」
「え?」
ジェイが突然そんなことを言い出したから、わたしは面食らった。しばらく会っていなかったのに、まるでわたしのことを知っているかのような物言いだった。わたしは、ジェイがどんな男の子になったのかなんて知らなかった。昔はやんちゃだったけど、環境が変わったら幼かった頃の印象が変わるのは、今も交流のある女の子の友達を見ていたらわかることだった。
「は? お前、なんなワケ? 俺はメルベールに用があるんだよ」
「とにかく離れろよ!」
ジェイが強引にその男の子を引っ張った。ジェイの腕がわたしにぶつかり、反動で後ろに倒れる。
「わっ」
倒れたわたしを見たふたりの顔が、みるみる険しくなる。
「おい! 何してるんだよ! メルベールが怪我したらどうするんだ!」
「お前がもともと絡んだのが悪いんだろうが!」
わたしは慌てて立ち上がった。
「ねえ! わたしは大丈夫だから、落ち着いてふたりとも!」
わたしのことはそっちのけで二人は取っ組み合いを始める。
「メルベールは俺の幼馴染なんだよ! お前のものじゃねえぞ!」
「勝手なこと言うんじゃねえ! そんなの俺の知ったことじゃねえわ!」
何かに取り憑かれたように争い始めるふたり。わたしの声も届かない。ふたりの争い合う声が聞こえたのか、人々が往来にじわじわ集まり始めた。わたしは怖くなって、その場から逃げるようにして森に帰った。
ジェイに久しぶりに会えて嬉しかった。それなのに、なんでこんなことになってしまったの。わたしは、呪いが発現した日のことを思い出した。
『お前が人々をめちゃくちゃにして滅ぼすのを、楽しみにしているよ』
その声が頭に響く。わたしの意思とは無関係にわたしのことで争いあうふたり。
「これが…呪いの力…」
わたしはようやくそこで、呪いの恐ろしさを思い知った。
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