1-9 第一王子の影
森から城へ戻る時、扉の前でラディアスが立ち止まる。そっと扉を開いて、辺りに誰も居ないか確認した。人の姿は見当たらない。扉を完全に開けようとしたその時。
「殿下」
小声でメルベールが呼びかける。
「誰かいます」
その言葉を聞いて静かに扉を閉める。
「誰の姿も見当たらなかったが…」
ラディアスが小声でそう返すと、メルベールが口の前で指を立て「静かに」と注意をしてきた。すると、扉の向こうから人の声が聞こえてくる。
「ほら、やっぱり居ないじゃないか」
「いや、こっちに向かったのを見たんだよ」
複数の人の声。ラディアスはすぐにメルベールの手を掴んで、森へ引き返す。身を隠せる場所へ滑り込み、扉の見える位置まで移動する。茂みから様子を伺った。すると次の瞬間、扉が開かれる。
扉の向こうから軽装の甲冑を身に着けた兵士が顔を出した。周囲を見渡している。
「いたかー?」
「いないな…」
「さすがに森には入っていないだろう」
「うーん…」
言いながら扉を閉める兵士。暫くすると気配は遠のいていった。
見つからなかったことに安堵したメルベールが「ふう」っとため息をついた。そしてラディアスと目を合わせる。
「メルベール…どうして気がついた」
「足音が聞こえたので」
「耳もいいのか…」
ラディアスには聞こえなかった。もはや驚きも薄いまである。
「森で育ったからだろうか…?」
「殿下には聞こえなかったんですか?」
「君は少し特別なところが多いな。それより、先ほどの兵士は私達を探していたようだ」
「えっ」
ラディアスは先程の兵士に見覚えがあった。第一王子の隊の兵士だった。王子たちはそれぞれ部隊を持っていて、統括している王子の命に従い行動している。
「いくらなんでも早いな。考えが甘かったか」
ラディアスの呟きに不穏な空気を感じる。
「行こう。別の道から部屋に戻る」
二人は静かに立ち上がり、急いでその場から離れた。
部屋に戻ったメルベールにどっと疲れが押し寄せる。
「どうかなさったんですか?」
部屋の中で待っていたエマが心配そうに駆け寄ってきた。
「ちょっと、緊張で疲れが…」
よろめきながら椅子に座ると、即座にエマが水を差し出す。
「何があったんです?」
エマがラディアスに向かって問うと、ラディアスが腕を組んで無表情に言った。
「恐らくメルベールの存在が、第一王子にバレている」
「レジナルド様に⁉︎」
第一王子の名前をそこで初めて聞いたメルベールは、エマの反応に小さく驚く。ラディアスにも『第一王子には近づくな』と言われたばかり。どんな人だというのか。
「いつかは、と…予想はしていたが、随分と早い」
「どういたしましょう…」
エマが胸の前で指を組む。困惑した顔でラディアスを見つめていた。
「出来るだけ窓には近づかないように。それから、誰かが来ても扉は開けないでいろ」
ラディアスが言いながら扉に向かって早足に歩き出す。
「そ、そんな…っ」
「すぐに戻る」
扉の先に消えていくラディアスの姿を、エマが不安そうな顔で見送った。すると、くるりとメルベールに向き直り、真剣な面持ちでメルベールに言い放つ。
「それではメルベール様、お着替えはせずにこのままで。私は扉の前で待機しますので、ベッドに隠れていてください」
水を飲み終えたメルベールが慌てふためく。
「そ、そんな急に⁉︎ そんなに大変なのことなの⁉︎」
「ラディアス様がお戻りになるまで、万全を期します」
エマが扉に耳をあて、扉の向こうの様子に聞き耳を立てている。これは本気のようだと察したメルベールは、すぐさまベッドに潜り込んだ。
(なんだか、本当にただ事ではないみたい)
一体何者なのか。ふたりの様子が急変するほどの人なのだろうか。
ここに来てから心の休まる気持ちがしない。メルベールは言われた通りベッドに潜り込みながら、もやもやとした気持ちを抱え込んだ。
それから半時がすぎたころ、エマが小声ながら叫ぶ。
「誰か来ますっ」
心臓が飛び上がる。ラディアスであってくれと願いながら息を潜めた。
「私だ」
扉の向こうから聞き馴染みのある声が帰ってきて、エマとメルベールは安堵した。エマが扉を開けるとラディアスが入室する。
「ラディアス様」
「夜になるまで待ってくれ。どうにか目処がたった」
「わかりました」
メルベールがベッドから顔だけを出して、二人の様子を見る。
「メルベール、待たせてしまってすまないが、もうしばらく辛抱してくれ。ここには人を寄せ付けないように手配しておく」
「殿下は?」
「私はまた行かなくては。エマ、後は頼む」
「かしこまりました」
それだけを告げてまたラディアスは去っていった。
「…まだ警戒は解けませんね」
エマの真剣な顔を見たあと、メルベールはまたベッドに潜り込んだ。
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