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プロローグ

それはまるで、神話の始まりのようだった。


「エルダイナ王子」


 白に近い金の髪は、開け放たれた窓から吹き込んでくる風で、ふわりと揺れている。背に光を受けて堂々と立つその姿は、神々しいとすら思えた。彼女に出会うきっかけとなった神話では、彼女が女神の子孫ということになっている。

 彼女がただの美しい女神でないことは、右手に木剣を持っていることで証明できる。


「ああ?」


 不機嫌そうな返事を返したのは、この国の第三王子、エルダイナ。私は第四王子で、エルダイナは母親違いの兄となる。


「これは…」


 彼女は木剣を強く握りしめ、エルダイナにまっすぐ切先を向ける。


「…誰のせいだ?」


 彼女のその声は、低く、冷たい印象を受ける。今こうしてエルダイナに向かって剣を構えている彼女の名前は、メルベール。

 メルベールをこの城に連れてきたのは、私だ。彼女に出会ったのは十日ほど前。こんなことになるとはまったく想像していなかった。


 メルベールの背後には二人の兵士が床に倒れている。エルダイナの部屋で、メルベールは二人の兵士を一瞬でなぎ倒してしまった。メルベールに武術を教えてやったのは、今この部屋にいる人間のひとり、私の部隊に所属する兵士のイナだ。メルベールがイナに武術を教わったのはたった数日間。まさかここまで強くなろうとは、教えたイナ自身も思っていなかったことだろう。


「ラディアス様…」


 イナが小声で私の名前を呼んだ。イナに視線を寄越すと、この状況をどうしたらいいのか困惑している表情を浮かべている。本来ならいますぐにでもメルベールの前に飛び出て、止めさせるべきだろう。


(しかし、こうなってしまっては、私にもどうしたらいいのか…)


 メルベールにはここまでたくさんの我慢を強いてしまった。今のこの状況は、その結果かもしれない。


 エルダイナが自分の要求を通すため、強行手段に出た。それが、イナを人質として監禁することだった。エルダイナはメルベールを手にしたいがため、あまりにも自己中心的な策をとった。

 そしてそんな中、メルベールがここへ来てしまったことは、私にとって大きな誤算だった。


(自分が彼女を守るといったのに、この体たらくとは…)


 今しがた兵士ふたりを一瞬でなぎ倒したメルベールは、怒りの滲む表情でエルダイナを睨みつけている。敵意むき出しのメルベールを目の当たりにして、次は自分がやられるのでないかと思ったのか、エルダイナの顔がみるみる青ざめていった。

 反応出来ないエルダイナを力強く睨みつけると、メルベールはエルダイナに向かって歩き出した。


「誰のせいだと聞いている」


 私は彼女に朗らかな印象しか持っていなかった。いま自分がこの状況にとても驚いていることは確かだ。しかし、こんな彼女を見ても、恐れるどころか「やはりメルベールを連れてきて正解だった」とさえ思っている。彼女の中にある正義を、信じられたからだ。


「誰のせいだ!」


 メルベールが怒鳴りつけると、エルダイナの体から冷や汗がぶわっと吹き出した。


「お、おれ、俺じゃない! 大体、お前が…っ」

「この期に及んで、シラをきるのか」


 エルダイナの言葉を遮りながら、メルベールは片手で木剣をゆっくり振り上げた。


「もう一度聞く。誰のせいだ?」


 今にも打ってきそうな勢い。エルダイナがその場で情けない声をあげながらうずくまった。


「ひえええっ! おれ、俺のせい! 俺のせいです!」


 その言葉を聞いたメルベールが思いっきり木剣を振り下ろす。


「メルベール!」


 王子に手を出すのはさすがにまずい。形式上とはいえ、メルベールを自分の婚約者にしたが、それでも身分の違いで問題が大きくなるのは目に見えている。

 そう思った私は彼女の名前を叫び、その行いを止めようとした。メルベールの木剣は大きな音を立てて、うずくまっているエルダイナのすぐ横、床を打ち付けていた。


「覚えておけ。今度わたしの仲間を傷つけたら、タダじゃ済まさない」


 これが、あのメルベールか。


「わ、わかった! もう何もしない! 何もしない、約束する!」


 エルダイナが情けない声をあげて跪く。メルベールに向かって、降伏の意を体で表現して見せた。

 そのエルダイナの様子を見たメルベールは、ふうっと息を大きく吐くと、私に振り返った。


「さて、帰りましょうか」


 そして満面の笑顔を見せる。この状況でさわやかに笑う彼女に、私の心境は複雑だった。


「君には驚かされてばかりだ」


 メルベールの頼もしさと、自分の不甲斐なさに呆れ、苦笑いが出る。彼女の事を知れば知るほど、惹かれていくのを感じる。

 果たしてそれが、呪いのせいなのか、それとも純粋に自分の気持ちなのか、わからないままなのが、心底情けないと、そう思う。



読んで頂き有難うございます。

これからも続けて参りますので、続きも読んで頂けると幸いです。

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