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|煮詰まるマンダリン

作者: 美味礎 杏佳
掲載日:2026/01/22

少年の親はマンダリン農家だった。


冬の朝、畑の実は薄い霜をまとい、陽を受けると小さな星みたいにきらきらした。

特に母が作るマンダリンマーマレードは、琥珀のように透き通って美しかった。瓶越しに差す光が台所の壁に揺れて、少年はそれを眺めるのが好きだった。


「おまえはマンダリンみたいだね」


母は、ふいに言った。


「マンダリンはね、単為発生たんいはっせいっていって、母親にそっくりな芽を出すことがあるんだよ。だから、きっとおまえも」


少年は笑った。母に似ていると言われるのは、少し照れくさくて、少し誇らしかった。


ある日、少年は見よう見まねで鍋を火にかけ、マンダリンを煮た。甘い香りが立ちのぼるたび、嬉しくなって何度もかき混ぜた。泡が浮くと慌てて消し、透き通らせようとしてさらに混ぜた。

しかし出来上がったのは、濁って、濃く煮詰まった色だった。


母はそれをひと匙口に運び、目を細めた。


「おいしいよ」


「でも、透き通ってない」


「透き通るのが良いとは限らないよ。お爺ちゃんはね、煮詰まったマンダリンは厄除けになるって言うんだ。濃いのは、わるいものを吸ったしるしかもね」


少年は鍋の底を見つめ、少しだけ救われた気がした。


時は流れ、少年は青年になった。


ある日、青年が、何度目かの火をつけたとき、母が倒れたという知らせが入った。青年は鍋を置いたまま家を飛び出した。冬の道を駆け、息を切らして病院へ向かう。


母は無事だった。ただ寒さにやられて、少し目眩がしただけだと言って笑った。


帰宅すると、台所は甘い香りで満たされていた。

火にかけたままの鍋の中で、マンダリンが静かに煮詰まっていた。泡は消え、表面は鏡のように澄み、琥珀の光が揺れている。


青年は気づいた。


透き通ったのは、上手に混ぜたからじゃない。

触れずに待った時間が、濁りを沈めたのだ。


青年は火を止め、そっと瓶に移した。


その瓶は、冬の窓辺で小さくきらきらした。

まるで母の笑顔が、そこに残っているみたいに。

澄み渡っていた。

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― 新着の感想 ―
なんだか静かで良いなと思いました。 マンダリンのジャムが澱みを沈ませている、吸い取っているというところは、どちらも家族のことを思っているに繋がりそうな気もしました。 読ませていただきありがとうございま…
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