|煮詰まるマンダリン
少年の親はマンダリン農家だった。
冬の朝、畑の実は薄い霜をまとい、陽を受けると小さな星みたいにきらきらした。
特に母が作るマンダリンマーマレードは、琥珀のように透き通って美しかった。瓶越しに差す光が台所の壁に揺れて、少年はそれを眺めるのが好きだった。
「おまえはマンダリンみたいだね」
母は、ふいに言った。
「マンダリンはね、単為発生っていって、母親にそっくりな芽を出すことがあるんだよ。だから、きっとおまえも」
少年は笑った。母に似ていると言われるのは、少し照れくさくて、少し誇らしかった。
ある日、少年は見よう見まねで鍋を火にかけ、マンダリンを煮た。甘い香りが立ちのぼるたび、嬉しくなって何度もかき混ぜた。泡が浮くと慌てて消し、透き通らせようとしてさらに混ぜた。
しかし出来上がったのは、濁って、濃く煮詰まった色だった。
母はそれをひと匙口に運び、目を細めた。
「おいしいよ」
「でも、透き通ってない」
「透き通るのが良いとは限らないよ。お爺ちゃんはね、煮詰まったマンダリンは厄除けになるって言うんだ。濃いのは、わるいものを吸ったしるしかもね」
少年は鍋の底を見つめ、少しだけ救われた気がした。
時は流れ、少年は青年になった。
ある日、青年が、何度目かの火をつけたとき、母が倒れたという知らせが入った。青年は鍋を置いたまま家を飛び出した。冬の道を駆け、息を切らして病院へ向かう。
母は無事だった。ただ寒さにやられて、少し目眩がしただけだと言って笑った。
帰宅すると、台所は甘い香りで満たされていた。
火にかけたままの鍋の中で、マンダリンが静かに煮詰まっていた。泡は消え、表面は鏡のように澄み、琥珀の光が揺れている。
青年は気づいた。
透き通ったのは、上手に混ぜたからじゃない。
触れずに待った時間が、濁りを沈めたのだ。
青年は火を止め、そっと瓶に移した。
その瓶は、冬の窓辺で小さくきらきらした。
まるで母の笑顔が、そこに残っているみたいに。
澄み渡っていた。




