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海と氷  作者: かなめ
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0話 はじまりは、拍手の中で

初めて小説書きました

テントの中は、まるで夜空みたいだった。

高い天井に吊られた無数のライトが星のように輝き、観客のざわめきが波のように揺れている。


その真ん中で、大南 洋は空を飛んでいた。


小学一年生の体とは思えないほど、しなやかに。

ロープからロープへ。

細い綱の上でも、足は迷わない。

宙でくるりと一回転して、軽やかに着地する。


「すごい……!」


どこかで声が上がり、次の瞬間、拍手が爆発した。

洋は胸いっぱいにその音を受け取って、にっこり笑う。

サーカス団の中で、洋は“いちばん高く飛べる子”だった。


最後のポーズを決めると、

テントが揺れるほどの拍手が、なかなか止まなかった。


公演が終わると、洋は急いでテントの裏へ走った。


そこに、ベンチに座って足を伸ばしている女の子がいた。

同い年の幼なじみ――久保 千世。


「千世!」


「よう!」


千世は包帯を巻いた足を少しだけ持ち上げて、苦笑いした。


「ごめんね。今日は出られなくて」


サーカスの練習中、綱から降りるときに足をひねってしまったのだ。

だから千世は、客席から舞台を見ていた。


「でもさ、洋はすごかった。あの回転、風みたいだったよ」


「えへへ。千世と一緒だったら、もっとよかったのに」


二人は並んで、テントの外へ歩き出した。

冬の空気が、少しだけ冷たい。


家の近くのショッピングモールが見えてきたとき、

広場の真ん中に、白く光るものがあった。


「あ、スケートリンクだ」


千世が言った。

冬になると開く、仮設のアイスリンク。


「今日ね、ショーがあるんだって。さっきお客さんが話してた」


「ショー?」


洋は足を止めた。

サーカス以外のショーを見るのは、ほとんど初めてだった。


「行こうよ」


二人は、自然とリンクの方へ向かっていた。


リンクの周りには、すでにたくさんの人が集まっていた。

白い氷がライトに照らされて、まるで静かな湖みたいに光っている。


音楽が止み、アナウンスが響いた。


「――まもなくショーが始まります。

本日のスペシャルゲスト、草部くさべ うみ選手の登場です」


その名前を、洋は初めて聞いた。


ざわめきの中、ひとりのスケーターがリンクへ滑り出てくる。

長い手足で、大きく氷を切るように。


音楽が流れ、

草部 海は、氷の上で舞い始めた。


ジャンプ。

回転。

リンクいっぱいに広がるスピード。


(……なに、これ……)


サーカスで空を飛んできたはずの洋が、

初めて“別の空”を見た気がした。


氷の上で、

人が――飛んでいる。


それが、洋の世界が変わる瞬間だった。


洋は、しばらく瞬きも忘れていた。


草部 海のスケートは、

サーカスの空中ブランコよりも静かで、

でも、どんな大技よりも大きく見えた。


氷を蹴る音が、

洋の胸の奥まで響く。


ジャンプの瞬間、

海の体がふっと軽くなる。

重力が消えたみたいに、

氷の上で空に浮かぶ。


(……飛んでる……)


洋は、思わず自分の手を見た。

さっきまで、その手でロープを握っていた。

空を飛ぶことは、もう慣れているはずなのに。


でも、これは違う。


ロープも、綱も、何もない場所で、

人が、ひとりで、飛んでいる。


「……すごいね」


千世が、小さくつぶやいた。


洋はうなずくことも忘れて、

ただリンクの中央を見つめていた。


音楽がクライマックスに近づく。

草部 海は大きく助走を取り、

最後のジャンプに入った。


高く、

とても高く。


着氷の瞬間、

氷がきらっと光った。


観客席が、一瞬、静まり返り、

次の瞬間、割れるような拍手が起きる。


洋の胸が、どくん、と鳴った。


(……あれ、やりたい)


言葉になる前に、

その気持ちは、もう決まっていた。


ショーが終わり、人の波が動き始めても、

洋はしばらくその場を離れられなかった。


リンクの上には、もう誰もいない。

けれど、さっきまで誰かが滑っていた氷が、

まだ、かすかに光っている。


「……洋」


千世が、少し不安そうに呼ぶ。


「ねえ、帰ろ?」


「……うん」


そう答えながらも、

洋の目は、ずっと氷の上に残っていた。


家へ帰る道。

冬の空気が、頬にひんやりと当たる。


「ねえ、千世」


「なに?」


「スケートってさ……」


洋は、言葉を探しながら歩いた。


「……あんなふうに、空みたいなところを、ひとりで飛べるんだね」


千世は少し考えてから、言った。


「サーカスの空とは、ちょっと違うよね」


「うん」


洋はうなずいた。


綱もロープもない。

それでも、氷の上で、あの人は落ちなかった。


「……あの人、かっこよかった」


千世はそう言って、にこっと笑った。


でも、その横顔を見て、

洋はなぜか、胸が少しだけ痛くなった。


その夜。


布団に入っても、

洋の頭の中には、氷の上の光景が浮かんでいた。


回転。

ジャンプ。

着氷。


(わたしも……あそこに立ちたい)


天井を見つめながら、

洋は、小さく息を吸った。


小学一年生の、冬。


それは、

大南 洋が、まだ知らない未来へ向かって、

最初の一歩を踏み出した夜だった。

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