包囲網は着々と
「やっと終わったぁ〜!」
「おう、お疲れ様。すごい綺麗になったじゃん」
「ゴミ袋五つ分くらい断捨離したもん。これで心置きなく年越しできる!」
「毎年この時期になると鬼気迫る勢いで掃除し始めるよなぁ」
「……普段から汚さなければいいんだとは分かってるよ? けどさ、ほら、クリスマスは繁忙期だし……」
「そりゃパティシエだからなぁ。だから、俺も手伝おうかって何回も言ったのに」
「いや、それはさぁ、自分の家くらい自分で片付けないとと思うじゃん? まあ汚れてる状態から全部見られちゃってて、意味ないのは分かってるけど……」
頬を染めてもじもじしている俺の彼女は片付けが下手だ。この時期仕事がめちゃくちゃ忙しかったせいもあり、余裕もないのだろう。着替える時にしっくりこなくて脱ぎ捨てた服、肌寒くて引っ張り出したブランケット、なぜか大量にあるもこもこのスリッパ。色んなものが床の上で丸まっており、足の踏み場はごく僅かしかない。
俺は片付けが苦じゃないタイプだからと勝手に手を出して畳んだりしまったりしたこともあるけれど、そうするとどうにも彼女は居心地悪く感じるらしいのだ。自分の家でもないのに掃除をさせるのは申し訳なさすぎるから、と。それが単なる遠慮ではなく本意で言っているらしいと気付いてからは、努めて触れないようにしている。まあ食べかけの食料だの洗っていない食器だのといった不衛生な物はほとんどないから、根本的に収納方法が下手なのだと思う。
「疲れたでしょ。一回ここ座りなよ」
ソファーの隣をポンポンと叩く。偉そうに言っておいてなんだが、彼女の家の彼女のソファーだ。
「ふぅ〜」
満足げに息を吐いた彼女の身体には、心なしか甘い匂いが染み付いているような気がする。
「今年も頑張ったな。ほんとお疲れ様」
「うん、作り置きのご飯とか用意しておいてくれたの凄い助かったよ。ありがとうね」
「職場で散々調理してるのに、家に帰ってまでやりたくないかと思ってさ」
「それは本当にそう」
座面の上で重なった、彼女の手は少しカサついて荒れていた。
「クリーム塗ろうか」
「ん? やだ、あかぎれ出来ちゃってて恥ずかしい」
「何も恥ずかしくないって。クリスマス楽しみにしてる人たちの為に、一生懸命ケーキ作り続けた証拠でしょ」
小さな手を持ち上げ挟み込み、体温高めの俺の手でクリームを塗り込んでいく。関節と爪の際、それから指の股。
肩にぽすんと預けられた彼女の頭、ちらりと見える耳が少し赤いのは気のせいだろうか。
滑らかさを増したその手のひらの上に、赤いリボンを結んだ鍵をポンと乗せる。
「遅くなったけど、これクリスマスプレゼント」
「……え? これって……」
「せっかく断捨離して身軽になったことだし、引っ越ししない? 一緒に暮らそうよ」
「そんな、だけど、私家事も掃除も苦手で……」
「それは俺がやれるから大丈夫だよ」
「でも頼りきりみたいになっちゃうのは情けないっていうか」
「君はさ、美味しいケーキを作っていつもみんなに幸せを届けてるでしょ。そんな君の幸せを俺が守れたら嬉しいなって思うんだよ」
手のひらの鍵をきゅっと握りしめ、彼女はこくりと頷いてくれた。
他人の家、から俺たちの家、になればようやく大手を振ってサポート出来るようになるはずだ。あわよくばもう一歩関係を進められたらとも思うけれど……。
「またバレンタインには忙しくなっちゃうもんな。その前に、荷造りは手伝わせて」




