第3話 *西京焼き
「ほら、井内さん暫く休みらしいからさ。彼女のこと有真くんが指導してよ」
「え・・・でも、俺と仕事全く違いますよね?あれ?それって俺の部下って事で俺の仕事を教え込んでゆくゆくは俺の仕事を二分して」
「違う、彼女の上司の井内さんが休んでる間だけ。いつか体調良くなったら出社するでしょ?だからそれまでこの会社の事とかシステムとかそういうの教えてあげてよ」
「・・・すみません、御言葉ですが俺の業務内容をご存知ですか?」
「仕方ないでしょー?他の社員だって忙しいんだからさ」
週明けの月曜日に信じられないことが起こった。体が弱く休みがちだった会社の井内さんが本当に最近会社に居ない。いや、駄洒落じゃないんだなこれが!そんな井内さんにこの春の新入社員を指導員にしちゃダメでしょ!!井内さんが来なくなったのそのプレッシャーでしょ?!
「私、なんか厄介者なんですね・・・」
井内さんの代わりに仕事を教えろって無理に決まってんじゃん!そんな暇ないから!新入社員の女の子もなんでそんな不貞腐れるんだよ?!こんなの明らかに会社の采配ミスで君は1mmも悪くないじゃん?!どういう思考回路・・・?!
・・・ーーー
「って事がありました・・・」
「・・・兄ちゃん仕事やばいくらい持ってんだろ?よくそれで今日12時に来れたじゃねぇか?」
【cafe de rosemary】〜カフェ ド ローズマリー〜
今日も今日とてこのカフェに俺は来た。ハクビシンのマスターがまん丸の目を俺に向けて疑問をぶつけてきた。
「本当は、お昼どころじゃないし、彼女にも教えること沢山あったんですけど・・・『私!お腹空くの早いのでお昼は12時になったらすぐに食べないとなんです!じゃぁ、休憩頂きます!』ってお弁当食べ始めたんです。なんかそれ聞いて、自分が頑張ってるのがバカらしくなって・・・・・じゃぁ俺なんてめっちゃ頑張ってんだから毎日オープンと同時にランチ食べても良くね?!って思って。いや、正しいんですけど、間違ってるっていう風にも思えてその・・・」
「だいぶ重症だな。まぁ、何が理由でもキッカケがなんでも早い時間に来れて良かったじゃねぇか!」
「お待たせしました〜!今日のランチの”鮭の西京焼き定食”です!」
和服メイドが和食である西京焼きを俺に給仕してくれるという最高のイベントが発生。俺のたたき折れた心が急激な回復を開始した。俺は天を仰いだ。
「マジ食う前に既に目が幸せっっっ!!」
「そうか、良かったな」
「あったかいうちにお召し上がりください〜」
「頂きますっっ!!!」
まずは一旦、味噌汁に手を伸ばした。結構具沢山だ・・・何?!?!これは・・・!!
「わおっ!サイキョウヤキっていうのはワショクの事だったんだね!あ!豚汁だー!」
「グワッ?!グワーーー!!」
美男子とアヒル副隊長のご来店だ。俺の豚汁を見てそう言った。何度か豚汁が出たことあるって事だなっ?!アヒル副隊長豚汁好きなのか?
ーーズズ。
・・・し
「沁みるぅうーーー・・・」
豚汁が体と心に染み渡る。そして西京焼きに箸を差し込んだ。そしてそのまま喰らう。ノックアウト。もう和食最高。だめ、泣きそう。顔上げられない。
「兄ちゃん、美味しすぎてもうどうしようもないらしいよ」
「グワワ・・・」
「シェフ!飯食って感動で泣きそうになってらー!」
ーーカンカンカンカンカン!!!!!
「今のは?」
「そうだろ!美味いだろ!って感じの返しだな」
「グワッ!」
俺は夢中で西京焼きの定食を食べる。美味い!!美味い!!悪いが食べ終わるまで誰とも喋らない!!喋らないけど隣の美男子の会話は聞く!!
「前のシャケとは違うね、ちょっと癖があるけどこれもまた美味しいね。このオヒタシってなんの草?」
「菜の花ってんだ。しかも白菜っつー野菜の菜の花で中々出回らないんだ。柔らかくてめちゃくちゃ美味いだろ?」
「わぁー、これは優しい味だね!アヒル副隊長はこういうの好き?」
「グワグワグワワワッワ!」
「お替わりだって」
「シェフー!菜の花お替わりだってよー!!」
ーーカンカン
あぁ、このほのぼのな会話すらおかずにして食べる定食は本当に最こ・・・
お替わり?
「えっ?!?!菜の花お替わりできるんですか?!」
「どうした、まぁ追加料金かかるけどよ。兄ちゃんも菜の花お替わりするか?」
「しますともっ!!!!!」
お替わりイベントがあるとは!!!
お出汁がたっぷり染み込んだ御浸しを食べる。だめだ、また泣きそう。
「お兄さんは随分とお仕事が大変みたいだね。私とアヒル副隊長も周りからは忙しいとは言われてるが、話を聞くとお兄さんの方が寝る間も惜しんでいる感じだね」
「グワァ・・・グワワ?」
「えっ!?それは流石にダメだよアヒル副隊長!!」
美男子が驚いた。何を言ったんだアヒル副隊長。そう思いながらも俺は箸を止めずに豚汁を飲んではご飯をかっ込み咀嚼してまた西京焼きを食べる。やばい、このサイクル最高・・・
「副隊長なんだって?」
マスターが代わりに聞いてくれた。
「お兄さんが大変そうだから、私たちの世界に連れて行こうかって」
ブフォッ!!!!!
「ちょっ!びっくりした!!豚汁ちょっと口から出ちゃったよ!!」
「グワワ〜?」
「もーアヒル副隊長、『ダメか〜?来ないか〜?』じゃないよ!大変だけど、お兄さんはお兄さんの世界で生きてきたんだ。今更私たちの世界に来たらもっと大変だ!」
「熱烈なオファーだなこりゃ」
マスターが作業台のカウンターで頬杖を付きながら眠そうに言った。いやぁ、でもちょっと異世界って気になるよね?!でも副隊長だし、なんかみんなと特訓とか訓練とかなんかとりあえず物凄い体使うらしい・・・俺には無理かなぁ・・・あっ!でも別に連れてってもらったからってその”隊”に入らなくちゃいけないわけじゃないだろう?!だとしたら・・・
「でもよ、美男子の世界は肉体労働以外はやってもやっても終わりが見えねぇ仕事ばっかりだって言ってたじゃねぇか。だったら兄ちゃんの世界と変わらなくないか?」
「終わりが見えないとは!!?」
「いやぁ、農家は収穫という区切りがあるものの、年中何か作物を朝から晩までお世話があるじゃないですか?それにこの店のお会計のような機械やお兄さんの持つ"ケイタイ"は私たちの世界にはありません。なので、何か記録するには全て紙に書いてます。それも、マスターが使っているような便利な"ペン"ではなく、インクという液体ですから」
「本当だ、終わりが見えない。でも!急かされたり怒られたりとかそう言うのはないのでは?!」
「うーん」
「・・・怒られることあるのか・・・それに機械が少ない。じゃあ、やっぱり、俺今の世界で良いです、とりあえず」
「グワッ!グワワワワグゥワッ!!」
「わぁっ!アヒル副隊長怒っちゃったかな・・・?」
「いいえ?『気が変わったらいつでも!』だそうですよ」
「アヒル副隊長ぉぉおおおーーー!!!!!」
俺はツヤツヤの白い翼を丸ごと抱きついた。
・・・ーーー
「あー!今日はみんな早い時間なのー!!」
食べ終わった頃、うさぴょんが来店した。嬉しそうに飛び跳ねてる。飛び跳ねると抱えていた人参をゴトゴトと落とした。っんだよ、可愛いかよ。
「あ!マスターとシェフにあげる人参落としちゃったよ!ごめんなさい!」
言って拾う姿はもっと可愛いかよ!!
「差し入れのにんじんですか?」
「グワッ?」
「うん!これでシェフに特別ににんじんパウンドケーキ作ってもらうんだ!楽しみなの!」
「へぇ、それは良かったですね」
「うん!嬉しいのー!」
眼福。あれ、なんだ?目頭が熱いぞ?
「おいおい兄ちゃん、涙腺が緩いぜ?」
「マズダー・・!だって・・!だってこんな平和なっ!!」
「あんまり泣いてるとやっぱり辛いんだって思われてアヒル副隊長に連れてかれるぞ?」
「グワッ!!」
「いや、携帯が無い生活は俺には無理だから大丈夫です」
一瞬で目と込み上がっていた気持ちがいい感じに冷めた。よし、平常運転だ。さてあの新入社員の彼女、どうやって社会に馴染ませようか・・・
「おっ、兄ちゃん気合い入れ直したなっ!ほらよっ!」
そう言ってマスターは今日も俺の気分にあったコーヒーを淹れてくれた。
よし、午後も残業少なくなるように頑張るぞ。




