第1話 カフェ de ローズマリー
俺は《有真 尊》26歳、入社三年目だ。
「まぁね、君一人だけに頼ってる部署が悪いって言えば悪いけど、君だって一人でこなしてきたんでしょ?こなしちゃったんでしょ?今更一人じゃ厳しいだなんて言われても人なんて増やせないよ?だって今までなんとかなってきちゃったんだから。ね?さ、納期が今日の12時迄なんだから早く仕事に取り掛かる取り掛かる!」
俺にこれだけ仕事をさせて貴様は何をやってるんだ。本当に仕事をしているのかと疑いたくなるくらい、画面を見ている事しかしないお偉いさんは俺を虫のようにッシッシ!と追い払った。
「また人員補充断れてる・・・かわいそう」
「俺なら無理、辞めてる」
「・・・そうだよね、有真さんて忙しいんだよね・・・でも〜!!これ有真さん以外わからない仕事だから聞きたい
んだけど納期って言ってたし・・・」
同僚や他部署なのか知らないがなんか周りの人が憐れんでいる。ちょっと待て、この後に及んで今俺に仕事頼もうとしてる奴いなかったか?
入社した年の上司というか先輩が俺が二年目になる前に辞めた。しかし会社は人員を補充してくれなくて通常二人でやる作業を俺は一人でやる事一年半以上・・・
流石の限界だと上長に言ったものの、先ほどの言葉で話を終わらせられた。早く今日の12時までの納期に間に合わせろだってさ・・・本当、それで結局今9時半からその件だけ取り掛かって本気でやると、11時半には俺終わっちゃうんだよな・・・でも、だから良いってわけじゃない!なんなら他の仕事のフォローとか、さらに他部署とのいざこざの仲介だってさせられる!アルバイトにやらせろよ!って感じのただのチラシを封筒に詰めて顧客に送る作業だってなんで俺がやってるんだよ!!本当に腹が立つ!!
しかし!!
この怒りはとりあえず一時なのだ。なんたって、今日の12時の納期に間に合わせればその後は正規の時間のお昼休みが取れそうだ・・・!まぁ、その後は今日も多分22時まで残業なんだろうけどね。
違う!言いたいのはそれじゃない!
今日は12時にお昼を食べよう!!俺の最近の楽しみを存分に楽しむぞ!!
そう、社畜でこれだけ理不尽な扱いを受ける俺がなんでまだ正気を保っていられるかと言うと、とんでもない楽しみがあるからだ。
・・・ーーー
【cafe de rosemary】〜カフェ ド ローズマリー〜
今日も念の為看板を一読する。
「1、本名の名乗り禁止。2、店内で相手が嫌がる場合は詮索禁止。3、店外で会っても詮索禁止。
よし!今日もお店があるぞ!!」
ーカラン
「よぉっ!いらっしゃい。今日は早いな」
今日も太いダンディーな声でコーヒーを淹れながらお出迎えだ。
白い建物の水色なメルヘンな扉を開けるとそこは異空間喫茶店。多分、ココ異世界なんだと思う。迎えてくれたのはこの喫茶店のマスターである”ハクビシン”のマスターだ。
ハクビシンっていうのは、猫みたいな見た目で瞳がクリクリで可愛らしい生き物。に反してマスターは声が低い。
ちなみに、異世界のハクビシンだから喋れるし意思疎通も出来るしコーヒーも淹れてくれるけど、俺の世界のハクビシンは害獣と言われている・・・しかも見た目と違ってかなり凶暴らしい!だからもし家の近くで見ても絶対に近づかない!まだ見たことないけど!!
「今日は急ぎの仕事が12時までの締め切りだったから、それ終わらせて早めに来たんです!」
そう、この喫茶店に来ることが今の俺の唯一の楽しみ・・・!!!
最初にこの店から出た時、振り返ったらお店がないとかそんな事ないよな・・・?とかドキドキしたけどちゃんとあった。そして、2回目以降、入店したら人間がやってるただの喫茶店だったとかそういうオチじゃありませんようにと毎回店頭の看板を見る。よしよし、今日もちゃんと喫茶店はあるぞ!!と毎回嬉しく思う。
「わぁー!お兄さんこの時間にくるの珍しいのー!」
先客がいた。俺が初めてこの喫茶店に来た時に出会ったウサギだ。俺はうさぴょんと呼んでいる。
「うさぴょん!うさぴょんも今日この時間なんだ!」
「そうだよー!美男子とアヒル副隊長は今日は急ぎだからってもうご飯食べてさっき帰ったところなんだよー!」
「何っ!?御尊顔を逃したかっ!!まぁ仕方ないね」
この喫茶店での顔馴染みである美男子とアヒル副隊長。美男子はそのまま。髪が長くて美しい美男子。そしてアヒル副隊長はアヒル。でも本当に強いらしい!!アヒル副隊長は喋れないからいつもグワッグワって鳴いてる。喋れたら楽しいんだろうなぁ・・・。
「あ、どうもいらっしゃいませ!」
店の奥から可愛い可愛い和服メイドが出てきた!!彼女はこの喫茶店の給仕係だ。めちゃくちゃ可愛い・・・!!彼女を見るもの毎日の幸せの一つだ・・・!!
「おう!今日のランチは『フォー』だぜ!俺も食ったけど相変わらず絶品だ」
「フォー!!俺めっちゃ好きです!」
「お兄さん、フォーって知ってたんだ?僕初めてだったのー!でも美味しかったのー!」
今日も料理に期待するっ!
・・・ーーー
「あいよっ!」
店長がカウンターまで持ってきてくれたフォーの丼を、そこからメイドさんが俺の目の前に下ろしてくれる。
「はい、お待たせしました!今日のランチの”フォー”です!」
なんか器のセンスもすごく良い・・・半透明な麺が輝いてる・・・!俺パクチー大好きなんだよ!!
麺の上には半羽程ありそうなこんがりとした鶏肉がスライスされており、レモンスライスも添えられていた。そしてパクチーは山盛りである。
「うさぴょんはパクチー食べれたの?」
「ちょっとだけ入ってた!ちょっとなら大丈夫だったけど、一回に沢山はちょっとクセが強かったのー・・・。でも、ちょっとだったから味のアクセントで美味しかったー!だから・・・僕からしたらちょうどいい量入ってた!」
なんで俺だけパクチー山盛り?好きだからいいけど?
「そういうの、シェフが客の顔みて予想するんだ。結果、当たってんだろ?」
なぜかイカそうめんを食べながらマスターが言った。
「当たりも当たり、大当たりですよっ・・・!頂きます!!!」
添えられた割り箸を割って豪快にパクチーとフォーを持ち上げて啜った。
「っくぅぅうううう!!!今日も美味いーーー!!!」
「そりゃ良かったぜ、シェフ!今日もにいちゃん唸ってんぞ!!」
ーーカンカンッ!!
朝の上司に対する怒りはこの美味さのお陰で昇華した。
「そういえば、なんで喫茶店の名前ってローズマリーなんですか?・・・あっ!これ詮索になります?!禁止事項?!」
「あ?別に問題ねぇよ。俺が決めた名前じゃねーんだよ。だから理由は知らねぇよ」
「え?マスターが決めたんじゃないんですか?」
「このお店の植木?にローズマリーが多いからじゃない?!」
「どうだろうな・・・それにしてもローズマリーだいぶ育ったな・・・よし、明日はシェフに頼んでハーブポークにしてもらうか」
「「やったー!!」」
「ほら、そろそろ1時間経つぞ?仕事戻らねぇと画面しか見てねぇオッサンがまた仕事押し付けてくるぞ?」
「そうだったー現実に戻ります・・・」
あぁ、虚しいかな。ずっとここに居たい・・・!いや、ずっととは言わないけど、お昼休み2時間くらい取れないもんかね?!
しょんぼりするが、時間は止まってくれない。どデカいモニターのどデカいレジでお会計を済ませて俺は扉の前に立つ。
扉の横についているアナログとデジタルの二つの時計。アナログはものすごい速さで秒針と短針が周り、デジタル時計はストップウォッチのように進む。そして、12時を示した。
そう、俺の世界の時間・・・というか番号というか、繋がる為の指標は『12:00』分なのである。
うさぴょんは19:25分。
話に出た美男子とアヒル副隊長は16:37分。それぞれ自分の世界に繋がる時間があるのだ。
12時で止まった。さて、この扉を開ければ・・・悲しい現実に戻ります・・・。でも、俺は今日もここで美味しいご飯とコーヒーを飲んで沢山癒された。この楽しみなお陰で尋常じゃない量の仕事だって・・・まぁ残業にはなってるけどこなせてるんだ。明日はハーブポークソテーだ!なんかオシャレすぎて想像もつかないけど、シェフの料理だから絶対に美味しいんだろうなぁー!
この空間が楽しすぎるから俺はまだ頑張れる・・・!




