エピローグ
昼下がりの開封。
かつて略奪を繰り返した騎馬兵の蹄の音は、もうどこにも響かない。
人々の顔は安らぎに満ち、子どもたちの笑い声が石畳の道を駆けていく。
色とりどりの旗がはためく市場は活気に溢れ、遠い異国の商人が持ち込んだ珍しい品々が通りを賑わせていた。
あの日の理不尽な恐怖が嘘のように、この街は平和と繁栄を謳歌している。
公園の木陰に、燁華と趙普は寄り添うように立っていた。
広場では、子どもたちがキャッキャと走り回り、動物の石像によじのぼっている。
「平和だな」
趙普が、彼女の手を優しく包み込む。彼の声は、長きにわたる旅路を終えた安堵に満ちていた。
「ああ。科挙制度も整って、文治国家を作ることができた。力のない者が、むやみに奪われることも、もうない」
燁華は、目の前の子どもたちを見て、目を細める。
歴史の教科書には、ただ一人の女帝、武則天の名が記されるだろう。だが、武力で天下を奪った武則天とは異なり、この物語の女帝は、愛と信義で人の心をつないだ。彼女の偉業は、華やかな武功としてではなく、人々の暮らしの中に、静かに息づいている。
その意志は、石に刻まれた遺訓となって、未来永劫、この国を導くだろう。
―—柴氏一族を子々孫々にわたって面倒を見ること。言論を理由に士大夫を殺してはならない。
愛する者たちを守りたいと願った一人の女の想いが、この国の礎となったのだ。
燁華は趙普を振り返り、優しく微笑んだ。
「ありがとう、趙普」
その声には、皇帝としての威厳ではなく、一人の女性としての深い感謝が込められていた。
「俺の全ては、君のためにある」
趙普はそう言って、燁華をそっと抱きしめる。彼の温もりに包まれ、燁華の心は満たされていく。それは、天下統一という偉業にも勝る、何にも代えがたい幸福だった。
目を閉じた二人の影が、公園の広場に長くのびていく。
これは、一人の女が愛する者たちと共に、平和な世を創り上げた物語の結末。
趙匡胤という男の名で歴史に刻まれた女帝の物語は、人々の心の中で静かに語り継がれていく。




