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14-3. 中華統一の夢

 979年春。


 翠琴と高懐徳は、ついに北漢(ほっかん)との国境に到着した。


 丘の上から敵陣を見下ろす高懐徳の目が、険しくなる。


「三万ほどか……」


「やはり、遼の援軍が来ていましたね」


 翠琴も双眼鏡を手に、敵の陣容を確認していた。


 ――北漢が遼に援軍を依頼し、遼から援軍が南下してきたことは調べがついていた。しかし、軍容までは分からなかった。


 遼軍の旗が風にはためき、騎馬隊の威容が遠目にも分かる。決して侮れない相手だった。


「懐徳、やれますか?」


 翠琴が振り返って尋ねる。


「ああ」


 高懐徳の声に、迷いはなかった。


「こちらは五万の兵を連れてきている。それに、敵のあの士気では、話にならないだろう」


 高懐徳が遼軍の様子を見つめながら続けた。


「こちらは、中華統一のための最終戦だとかなり鼓舞してきたからな。兵たちの意気込みが違う」


 翠琴は頷いた。


 ――確かに、宋軍の士気は高い。長年の統一事業がついに完成するという興奮と誇りが、兵士たちの顔に表れている。


「では、明日の朝一番に攻撃を開始しましょう」


 翠琴の命令に、高懐徳が深く頭を下げた。


「御意」





 翌朝、宋軍の攻撃が始まった。


 高懐徳の予想通り、遼の援軍との戦いは一日で決着がついた。


 遼兵の士気は予想以上に低く、宋軍の激しい攻撃の前にあっけなく崩れ始める。彼らにとって北漢の戦いは所詮他国の争いであり、命をかけて戦う理由が薄かった。


 司令官の首を取った瞬間、遼軍は完全に瓦解した。


「撤退だ!撤退!」


 遼兵たちが我先にと逃走していく。


 北漢の自国軍も脆弱で、遼軍が敗走した後は進軍を阻むものは何もなかった。


 翌日、宋軍は北漢の都を包囲した。





 数日後、翠琴は高懐徳を連れて北漢の宮廷を訪れた。


 玉座には、劉継元(りゅうけいげん)が力なく座っている。その表情には、もはや戦意も希望も見えなかった。


劉継元(りゅうけいげん)陛下」


 翠琴が静かに声をかける。


「降伏してください。そうすれば、あなたの民は傷つけません」


 劉継元の肩が大きく震えた。そして、ゆっくりと顔を上げる。


「劉の姓が……途絶えるとは……」


 劉継元の声は、絞り出すようだった。


 劉継元は玉座を降り、翠琴の前に立った。

 その時、遼の女性使者が粛々と劉継元に近づき、母が子を慰めるように、そっと肩に手を触れた。


「さあ」


 女性の優しい声が、劉継元を励ます。


 劉継元は深く息を吸い、ゆっくりと口を開いた。


「北漢は……宋に降伏し、併呑されることを……受け入れます」


 翠琴はその言葉を確かに聞き、静かに頷いた。


 隣では書記官が、この歴史的瞬間を記録している。


 ――ついに……中華統一が成った。


 翠琴の胸に、深い感動が湧き上がった。

 姉と私の悲願だった、中華統一。

 それが今この瞬間、叶ったのだ。


 その時、ふと横の女性を見た翠琴の目が、大きく見開かれた。


 ――見間違えるはずがない。


 そこには、幼い頃に生き別れた王雲瑶(おううんよう)が立っていた。


 年を重ね、シワも増えていたが、大好きな従姉妹の顔だ。あの優しい目、凛とした立ち振る舞い。すべてが記憶の中の雲瑶と一致していた。


「雲瑶……姉さま?」


 翠琴の声が震えていた。


 女性——雲瑶が翠琴の方に体を向ける。

 その瞬間、二人の目が合った。

 雲瑶は、柔らかく微笑む。


「よく頑張りましたね」


 その優しい声に、翠琴の目から涙がこぼれ落ちた。

 次から次へと流れる涙に、目の前が曇り、肩が震える。


「はい……姉、燁華はやりきりました」


 嗚咽の混じる声で、翠琴が答える。


「あなたもね」


 雲瑶は微笑み、一歩近づく。


「本当に、よく頑張りました」


 雲瑶は、涙にしゃくり上げる翠琴を、柔らかく抱きしめた。


 ――お姉さま……雲瑶姉さま……


 翠琴の心に、幼い頃の記憶が蘇ってくる。三人で過ごした幸せな日々。燁華と雲瑶に挟まれて、安心して過ごした時間。


 宮廷に響く翠琴の嗚咽を、誰も止めようとはしなかった。





 雲ひとつない青い空が、まるで永遠を約束するかのように、どこまでも澄み渡って広がっている。


 なだらかな緑の丘の上、柔らかな若草に、三人の少女がゆったりと腰を下ろしている。


 中央に座る若き日の王雲瑶は、一冊の古びた書物を大切そうに膝の上に広げ、その美しい指先でページをそっとめくりながら、澄んだ声で物語を読み聞かせている。

 燁華と翠琴は雲瑶を挟むように寄り添い、いとこの優しい声に、静かに耳を傾けていた。


 三人の頬を、初夏の風がそよそよとなでていく。

 世界が三人だけのために止まっているかのようだった。


 そんな中、風に溶けるような柔らかな声が響く。


「争いのない、平和な世界を実現したいわね」


 その願いは、初夏の風に乗って青い空へと昇り、遥か未来へと響き渡っていった。



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