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14-1.未完の地図と、二人の決意

 978年春。


 呉越(ごえつ)清源(せいげん)が、ついに宋に帰順した。


 翠琴(すいきん)は、両国から送られてきた賄賂をすべて返却し、代わりに二国の皇帝とその家族を開封(かいほう)に招いた。そして彼らに適切な役職を与え、厚くもてなした。


 ――お姉さまなら、きっとこうされたでしょう。


 武力ではなく、寛容と信義によって人々の心を掴む。それが燁華の教えてくれた統治の道だった。





 翠琴は皇宮を使わず、住み慣れた高家で過ごしていた。


 この屋敷には、思い出が詰まっている。燁華と共に過ごした日々、子どもたち、そして燁華が最期を迎えたあの部屋も。


 夕暮れの書斎で、翠琴は地図を広げて眺めていた。


 宋の領土は、この数年で飛躍的に拡大していた。南唐、呉越、清源……かつて分裂していた中華の地が、一つずつ統一されていく。


「あとは、北漢(ほくかん)だけになったわ」


 翠琴が静かに呟く。


 地図の北方に残された最後の一片。そこだけが、まだ宋の色に染まっていない。


 ――北漢は、お姉さまの亡くなる少し前に、侵攻していた。


 翠琴の脳裏に、あの日のことが蘇った。

 燁華が亡くなり、急遽軍を撤退させたのだ。


 しかし、もう躊躇している時ではない。


 ――いよいよ、統一を完成させる時が来た。


 翠琴は大きく息を吸い込み、隣に控えている高懐徳(こうかいとく)を見上げた。


「懐徳」


 高懐徳が一歩前に出る。


「さあ、最後の大仕事よ!」


 翠琴の声に、強い決意が込められていた。


 高懐徳は深く頷いた。


「必ずや、燁華の悲願を成し遂げよう」


 ――お姉さま、もうすぐです。もうすぐ、あなたの夢が実現します。


 翠琴の胸に、静かな興奮が湧き上がっていた。


 長い道のりだった。燁華の死という大きな試練を乗り越え、自ら皇帝として立ち、一つひとつ課題を解決してきた。


 そして今、ついに中華統一という偉業の最終段階に立っている。


「懐徳、北漢の現状はどうなってる?」


(りょう)からの援軍を期待しているようだが、確実な情報はまだ」


「ただ、皇帝・劉継元(りゅうけいげん)は相当に動揺しているようだ。呉越と清源の帰順により、完全に孤立してしまったから」


 翠琴は頷いた。


「そうでしょうね。これも、趙普の言った通りになったわね。でも、油断は禁物ね。追い詰められた獣ほど、危険なものはないわ」


 ――それでも、やり抜かなければならない。


 翠琴は立ち上がり、窓辺に歩み寄った。


 庭園には、美しい花々が咲いている。燁華が愛した花たちが、今も変わらず季節を彩っている。


「お姉さま、見ていてください」


 翠琴が小さく呟く。


「必ず、あなたの意志を継いで、この国を完成させてみせます」


 夕日が翠琴の横顔を照らしていた。その表情には、皇帝としての威厳と、姉への深い愛情が同時に宿っていた。




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