10-4.秘密倶楽部へのお誘い
夜。
曹彬が紅蓮の間を訪れると、すでに全員がそろっていた。
中央の煌びやかな椅子には、女の姿をした趙匡胤――燁華が座っている。
その隣で、趙普がむすっとした顔をして腕を組んでいた。
もともと端正な顔立ちだとは思っていた。だが、こうして女性の姿で正装していると、息を呑むほどの美しさだった。
肘掛けに右手を置き、その上に顎をのせ、脚をゆったりと組んだ姿。口元には余裕の笑みを浮かべながらも、視線は鋭く、その瞳に見つめられるとまるで射抜かれたように動けなくなった。
「これは……」
思わず曹彬が声を洩らす。
燁華は柔らかな声で言った。
「私は、本当に信頼できる者の前でだけ、この姿を見せている」
その言葉に、曹彬は一瞬息をのむ。
そして、無意識に口をついて出た。
「……お綺麗です」
「ほら、だから会わせたくなかったんだ!」
隣で趙普が慌てて声を上げる。
「あなたは自覚がなさすぎる!」
「男として育ったんだから仕方ないだろう」
燁華は笑い、肩をすくめた。
「それに、お前のようにすぐに猥褻なことを考える人間ばかりではない。なあ、曹彬?」
そう言って、趙普の腕を軽くつねる。
「いたっ!」
曹彬は二人のやり取りにくすりと笑った。
「もちろんです。私は清廉潔白ですから」
やがて翠琴と懐徳も現れ、火鉢を囲む小さな輪ができた。
外では冬の風がうなっていたが、この部屋だけは、穏やかな温もりに包まれていた。
「おや、曹彬じゃないか」
懐徳がにやりと笑って声をかけた。
「お前がここに呼ばれるなんて、よっぽど信頼されてる証拠だな」
「懐徳兄……」
曹彬は少し照れくさそうに笑い、背筋を伸ばす。
「兄さんこそ、相変わらず元気そうで」
「先の戦は大勝利だったそうじゃないか。お手柄だな」
懐徳が肩を揺らして笑う。
曹彬は苦笑いする。
「……処罰されるのを覚悟していたのですが、なぜかこんなことに。それにしても、兄さんも陛下が女性だということを知っていたのですか?」
「翠琴の夫だからな」
そういって、懐徳は翠琴に微笑みかける。
「はあ……全然気づかなかったです」
「まだまだ修行が足りないんじゃないか」
そんな二人のやり取りを、翠琴がくすくす笑いながら見ていた。
「曹彬、あなたがずっとお姉さまのことを“兄”だと思っていた頃の顔、今も忘れられないわ」
その言葉に曹彬が耳まで赤くなる。
「……まさか女性だったなんて」
「ふふ。大丈夫。他の人もたいがい気付いてないから」
翠琴がやさしく火鉢に手をかざしながら言う。
「でも、こうして知ったからには、今まで以上にお姉さまを守ってね」
曹彬は拱手した。
「もちろんです。たとえ命に代えても」
「頼もしいな」
懐徳が笑って、曹彬の背を軽く叩く。
火鉢の上で炭がぱちりと音を立てた。
冬の夜、昔からの仲間が顔をそろえ、湯気のようにあたたかな空気がそこに満ちていた。




