1-5.梅の宴と婚約者(2)
庭園には、早咲きの紅梅が咲き誇り、風が吹くたびに細やかな花弁が舞い散る。
枝にふりつもった花びらが、まるで雪のように淡く白く、赤い花々とのコントラストが鮮やかだった。
陽光を受けた梅の木々は、光の粒を纏いながら静かにたたずみ、まるで千年のときを見つめてきたかのような風格をただよわせていた。
風にのるのは、梅の甘やかな香りと、人々の談笑の声。
洛陽の宮廷に広がるこの庭園で、後晋の皇帝・石敬瑭主催の「梅の宴」が始まろうとしていた。
◇
庭園の中央、青い空を背に、石敬瑭が堂々と立っていた。
背後には、白石で組まれた小高い丘があり、そのいただきからは宮廷全体が見渡せる。
その足もとには紅梅が咲き誇り、まるで彼を彩るかのように枝を広げている。
彼の前には、豪華な衣装を身にまとった武人や文官たちが集い、皇帝の言葉を待っていた。
「皆の者、よく集まってくれた」
低く響く声が、庭全体に広がる。
「これまでの我が国は、北方の憂いに縛られてきた。しかし、今やその心配はない」
石敬瑭はゆっくりと視線を巡らせながら、一語一語を確かめるように話す。
「我らは、北を恐れる必要はない」
風が吹き、梅の花弁がふわりと舞った。
「ならば、これから目を向けるべきは内である。国を強くするには、まず内を固め、国力を増すことが肝要。
そして、そのためには──優れた人材が必要だ」
その言葉に、文官たちは神妙な顔をし、武人たちは拳を握った。
「今日ここに集った者たちは、いずれも何かの分野で秀でている。そなたらの力なくして、この国の繁栄はありえぬ。
朕とともに、新しい中華を築いていこう!」
皇帝の宣言に、一同が杯をかかげる。
「乾杯!」
庭園に、杯を打ち鳴らす音が響いた。
◇
春の陽射しが穏やかにふりそそぎ、庭園の中央では雅楽の音が流れ、舞姫たちがしなやかに舞を披露する。
文官たちは政策について語りあい、武人たちは酒を酌みかわしながら、戦の逸話について話していた。
そんななか、次々と石敬瑭のもとへ挨拶に向かう人々。
彼の前に立てば、それぞれが名乗りをあげ、自らの功績をのべる。
そのたびに石敬瑭は豪快に笑い、ときにするどい眼差しで言葉をかける。
やがて、一組の親子が、皇帝の前に進みでた。
◇
「趙弘殷、よく来てくれた」
石敬瑭の声が、庭に響く。
「恐悦至極にぞんじます」
趙弘殷は深く一礼し、その後ろには、二人の若者が立っていた。
──その瞬間、庭の空気が変わった。
そこに立つ兄妹は、まるで異彩を放っていた。
燁華(匡胤)は、黒曜石のような艶やかな黒髪を風になびかせていた。すっと通った鼻筋に、鋭さを湛えた眼差し。凛と引き結ばれた唇は意思の強さを物語り、引き締まった長身の体つきは、鍛錬を重ねた武人そのものだった。
その佇まいには、どこか気高い威厳があり、自然と人を惹きつける力があった。
「……あれが趙匡胤か」
「ほう」
低く囁く声が、あちこちで上がる。
一方、その隣に立つ少女──翠琴は、まったく異なる雰囲気をまとっていた。
茶色がかった柔らかな髪が、光を受けてふんわりと揺れる。
大きな翠色の瞳は、まるで翡翠のような輝きを放ち、愛らしさの中にもどこかいたずらっぽい光を宿していた。
兄と違い、小柄で華奢な体つきだが、その存在は不思議と周囲を和ませるような温かさを感じさせた。
二人が並んで立つと、まるで太陽と月のように対照的でありながら、見事に調和していた。
庭園にいた者たちは、そのあまりの美しさに、思わず息を呑んで見つめた。
「そなたの後継者か」
石敬瑭は、燁華をじっくりと見つめた。
「はっ。匡胤は幼き頃より騎射を学び、兵法を身につけております」
趙弘殷は、誇らしげにかたる。
「弓馬を得意とし、戦場に出ればその腕をぞんぶんにふるいましょう」
石敬瑭は満足げにうなずいた。
「ほう……騎射の才があると?」
「はっ、いずれは殿軍のかなめとなることでしょう」
燁華は静かに膝をおり、一礼した。
「陛下のお目にかかること、光栄のいたり」
落ちついた声音と確かな礼節──それは、若きながらもすでに武人としての風格を備えたものであった。
「いい目をしている」
石敬瑭は満足げに笑う。
◇
「そなたの娘も、なかなか愛らしいな」
穏やかにほほえむ皇帝の視線が、翠琴に向けられる。
「はっ。翠琴は、どのような者と一緒にいても、なぜか人を和ませる力を持っております」
「ふむ、なるほど……」
翠琴は、にっこりとほほえんだ。
「陛下にお目にかかれて光栄です。お酒が進む宴は、きっと良い宴ですね!」
その奔放な言葉に、周囲から思わず笑いがもれる。
「ほう……なかなか面白い娘ではないか!」
石敬瑭は、豪快に笑った。
「趙家のこれからが楽しみだな」