表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/87

8-3.翠琴の閨ごと指導

 節度使制度の解体を終えた燁華は、皇帝直属の禁軍編成について、懐徳と連日議論を重ねていた。

 あの日、兵権を臣下たちから返上させたことで、胸の奥にひとつ静かな安堵が芽生えた。


 夜もぐっすり眠れるようになり、顔色もよく、日に日に気力を取り戻していた。

 その変化を、そばで見守っていた趙普も、内心ほっとしていた。


 一方その頃――


 趙普と翠琴は、後宮廃止によって浮いた費用の使い道をめぐって話し合っていた……はずだった。


「そういえばさ……閨のときって、女ってどうしたら喜ぶんだ?」


 突然の話題転換に、翠琴は目を見開いて固まった。


「はあ!? 趙普、私より絶対経験あるでしょ、自分で考えてよ!」


 椅子から乗り出しそうな勢いで言い返す。


「いや、”女を喜ばせよう”って本気で思ったの、実は初めてで……」


 そう言って、頬を少し赤らめながら視線をそらす趙普に、翠琴はあきれたように天を仰いだ。


「……なにそれ、のろけ? もうっ」


 軽く肘で小突くような仕草をしながら、翠琴は続ける。


「お姉さまはね、女らしい感性は持ってるけど、女性として扱われることに慣れてないの。

 だから、丁寧に、ちゃんと女性として扱ってあげれば、それだけで嬉しいはずよ」


 趙普は真剣な顔でうなずいた。


「たとえば、どういうふうに?」


「そうね……たとえば、重い荷物を持ってあげるとか。高いところのものを取ってあげるとか」


 翠琴は椅子から軽く立ち上がり、腕を伸ばして見せた。


「うーん……燁華の方が力あるし、背も高いし……」


「バカ! あえてやるのが大事なのよ!」


 声を張る翠琴に、趙普はやや押され気味になりながらも、なお食い下がる。


「じゃあ、甘い言葉をささやくとか?」


 ドヤ顔で言うと、翠琴は思わず吹き出してから、笑顔でOKを出した。


「そうそう、それもいいわよ。……あとは、全身に丁寧に口づけしてあげるとかね。

 頭のてっぺんから爪先まで、愛情をこめて」


 一瞬、沈黙。趙普の目が見開かれ――


「それは新しいな! よし、今度やってみるよ! ありがとう!」


 満面の笑みで拳を握る趙普に、翠琴は軽くため息をついた。


「どういたしまして……(はあ、なんの話してたんだっけ。あれ、予算! 決まってないじゃん!!)」


 翠琴は手元の帳簿をちらりと見て、頭を抱えた。



 ◇



 別の日、宮廷の廊下にて。


 「翠琴! すごいぞ!!」


 「え、なに? 今忙しいんだけど」


 「この前のアドバイス、実践したんだよ。高いところの物を取って、“愛してる”って何度も言ったら、恥ずかしがりながらも嬉しそうでさ……それから、全身に……モゴモゴ」


 翠琴は慌てて趙普の口を塞ぎ、彼を燁華の執務室に引っ張り込んだ。

 部屋に入るとすぐに、趙普を厳しくたしなめる。 


 「ちょっと! デリカシーなさすぎ! 外でそんな話しないでよ!」


 「ごめん、ごめん。でもさ、感謝の気持ちを込めて、これ」


 そう言って趙普は、小さな小瓶を翠琴の手に載せた。

 翠琴はじっとその小瓶を見つめる。


 「……なにこれ」


 「媚薬。懐徳と使ってくれ」


 「え!? お姉さまには使ってないわよね?」


 「いやいや、まだ使ってない! 本当に!」


 「“まだ”ってなによ! 皇帝に何かあったらどうするのよ!」


 「そ、そうか……!? ごめん! 他にもあるんだけど……」


 ザラザラッと趙普の袖から、怪しげな小道具が次々と机の上に転がる。


 翠琴は眉をひそめ、溜め息混じりに天井を見上げた。


 「……呆れた」


 「いやさ、もっと悦ばせてあげたくてさ。トロトロに溶けた燁華の顔をもっと……んぐっ」


 翠琴は素早く、卓上の香炉の蓋を趙普の口に突っ込んだ。


 「おえっ」


 「他に、安全なやり方は考えられないの?」


 「うーん……俺、そういうの詳しくないし。……そうだ! 翠琴先生、ぜひとも教えていただけませんか!?」


 「はぁ……」


 すっかり趙普のペースに巻き込まれた翠琴は、諦めたように言った。


 「あのね、房中術っていう本、知ってる?」


 「いや、俺本は論語以外読まないから」


 「その中に色々な体位が書いてあるんだけど。その一つを教えてあげるわ。まずはそれだけやってみて」


 翠琴は立ち上がり、真剣な顔でポーズをとった。


 「これは“蚕纏綿(さんてんめん)”って言うんだけど……(かいこ)(まゆ)(つむ)ぐように、お互いを包み込むような体勢なの。時間ないわね。実地で教えるから、ちょっと来て」


 「は、はいっ!」


 「女性はここに身を寄せて、男性はこのように……わかった? お互いが支え合うような形になるのよ」


 趙普が呆気にとられながらうなずくと、翠琴は満足げにうなずいた。


 「うわ、これエロいですね、先生……」


 ——その瞬間、部屋の扉が開いた。


 「翠琴、いるか?」


 懐徳が顔をのぞかせ、そして固まった。


 翠琴と趙普は、床の上であられもない体勢になっている。

 翠琴の足が趙普の肩に乗り、二人の距離は異様に近い。


 後ろでは、書類を抱えた燁華が目を丸くしている。


 「……!」


 燁華は趙普と目を合わせると、みるみる顔を赤らめる。

 気づけば、踵を返し、全速力で走り去っていた。


 「燁華!!」


 趙普も慌てて追いかける。


 残された懐徳は、蒼白な顔で立ち尽くし、震える声で呟いた。


 「い、いつからそんな仲だったんだ……」


 翠琴は慌てて立ち上がり、手を振りまくる。


「ち、違うの! 聞いて! これはただの……教育……指導!!」


 その声が虚しく部屋に響いた。


「もういや! バカ趙普!!」


 翠琴の怒号が宮中にこだました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ