7-4.街角の甘い味と、忍び寄る不穏な噂
洛陽の街に、眩しい陽光が降り注いでいた。道行く人々の声に混じって、屋台の呼び声や馬車の音が響く。
燁華と翠琴は、まんじゅう屋の店内でまんじゅうをほおばっていた。
木のテーブルの上には、色とりどりのまんじゅうが並べられている。
「今月の新作、良かったら食べてみて」
まんじゅう屋の娘──杜重威の娘が、蒸し立てのまんじゅうを二つ、笑顔で差し出した。
「わーい! 嬉しい! うわ、肉汁がとろとろ〜」
翠琴は目を輝かせ、ひと口食べると笑顔を咲かせた。
「やっぱり、ここのまんじゅうはうまいな」
燁華も頬をほころばせながら、夢中でまんじゅうにかぶりついていた。
そんな彼女を見て、翠琴は心から安堵したように微笑む。
「前と変わらず接してくれて、嬉しいよ」
肩の力が抜け、子どものような無邪気な表情だった。
杜重威の娘は、お盆をギュッと抱き、にっこり笑う。
「皇帝陛下も、疲れるわよね。そういえば、ちょっと小耳に挟んだことがあって……」
ふと声をひそめると、椅子に腰を下ろした。
燁華と翠琴は、思わず身を乗り出す。
「昭義節度使の李筠が、北漢と何か企んでるみたい。気をつけて」
燁華の表情が一変する。翠琴も、緊張の面持ちで娘を見つめた。
「知らせてくれて、ありがとう」
杜重威の娘は、眉尻を下げる。
燁華は口元を拭い、「ごちそうさま」と立ち上がった。
翠琴もそれに続く。
「またいつでも来てね! 待ってるから」
娘は手を振り、二人を見送った。
店の外に出ると、通りから中の様子をうかがっていた紅蓮隊の者たち──二十名ほどが一斉に姿を現し、燁華に向かって頭を垂れる。
「わっ、みんな集まってたのか?」
燁華が驚いたように声を上げると、ひとりの隊士が一歩前に出た。
「陛下、お目にかかれて光栄です」
「やめてくれよ、そんな堅苦しいのは。私とみんなの仲じゃないか」
燁華が笑顔で言うと、他の隊士たちもほっとしたように顔を上げ、自然と笑みが広がった。
「翠琴、みんなと一杯……いい?」
燁華は酒を飲むしぐさをしてみせる。
「ふふっ。いいわよ。明日は昼に出発すれば間に合うし」
翠琴がにっこりとうなずく。
「よし! 今日は私のおごりだ!」
陽の傾き始めた洛陽の街を、一行は笑い声を響かせながら歩いていく。
その後ろを、翠琴が嬉しそうに追っていった。
◇
翌朝──
飲み屋の一室に、やわらかな朝日が差し込んでいた。
貸し切られた雅座──広々とした大部屋の卓の上には、空になった杯が転がり、飲みかけの酒器が無造作に置かれている。
椅子に座ったまま眠りこける者、床に大の字になって眠る者。部屋の中は、宴の余韻とともに、酔い潰れた者たちの寝息で満たされていた。
その一角。
燁華は、壁にもたれて眠る翠琴の膝を枕にし、静かに横たわっていた。
まどろみの中で、燁華はふっと微笑む。
みんな元気そうだった。洛陽の街も、平穏に包まれている。
その安らぎを胸に、再び眠りへ落ちようとした……その瞬間、
脳裏に、ある名前がよぎった。
――李筠
かつて、ともに武官となり、節度使へと昇進した“同期”だった。
まさか、その李筠が北漢と手を組むとは……。
燁華は、再び静かな眠りへと落ちていった。
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