7-1.私、皇帝になります
開封に戻った燁華は、まっすぐに柴宗訓とその母のもとへ向かった。
二人は逃げることなく皇宮にとどまっていた。
趙匡胤(燁華)から事前に届いた手紙には、二人の身の安全を保証する旨が約束されていた。とはいえ、旧王朝の皇族は始末されるのが通例である。どれだけ約束されていても、不安が消えるわけではなかった。
二人は、身を寄せ合い、震えながら趙匡胤(燁華)の到来を待っていた。
燁華は黄袍──皇帝の象徴である金の衣をまとい、皇宮中央にある玉座の前に立つ。そして、柴宗訓の前で膝をつき、深く頭を下げた。
「私は柴栄様に数えきれないほどのご恩をいただきました。それなのに、軍の推しに従う形で、突然このような事態となってしまいました。本当に、申し訳なく思っております」
柴宗訓とその母は無言のまま、彼女を見つめていた。
「ですが、今私が皇位を返上すれば、私に従ってくれた者たちは全員、反逆者として罰せられてしまいます。どうか、禅譲という形で皇位をお譲りいただけませんか」
「禅譲をお受けいただけるのなら、私はあなた方を決して害しません。あなた方だけでなく、その子孫に至るまで、私が守り抜くことをここに誓います」
母はゆっくりと玉座を降りると、燁華の前に立った。柴宗訓もその後を追う。
「趙匡胤様のことは、夫や叔母からよく聞いておりました。あなたなら、この国を正しく導いてくださると信じています。どうか、お願いします」
そう言って、彼女は皇帝の証である玉璽を燁華に手渡す。
「ありがとうございます。柴家のご恩に報いるためにも、必ずや成し遂げてみせます」
柴宗訓と母はその場にひざまずき、深く頭を下げた。
燁華は静かに階段を上がり、玉座に腰を下ろす。
柴宗訓と母は礼を終えると、静かにその場を後にした。
その後、柴宗訓には鄭王の位が与えられ、母は周太后の称号を受け、洛陽へ移り住むことになった。
◇
崇元殿――宋の時代において、皇帝が儀式や政務を行うために設けられた重要な宮殿の一つ。その日、文官・武官のすべてがそこに集められていた。
彼らの視線の先に立つのは、正式な黄袍――ドラゴンローブに身を包んだ燁華。その傍らには、いつものように翠琴の姿があった。
燁華が禅譲を受け、新たに王朝名を「宋」と定めたことが発表されると、殿内は「万歳!万歳!」の歓声に包まれた。
最前列、左端に並ぶ趙普と高懐徳は、壇上の燁華と翠琴を見上げていた。
「燁華、やっぱりかっこいいよなー。匡胤としてのカリスマも、燁華としての魅力も……どっちも堪能できて、俺ほんと得してるわ」
趙普はニヤニヤしながら、隣の懐徳に嬉しそうに話しかける。
「……は、はあ」
懐徳は曖昧に返す。燁華と趙普が夫婦となったことは、翠琴から聞かされていたが、まさかこの場でのろけを聞かされるとは思わなかった。
「なあ、三人目が生まれるんだろ? 夫婦円満の秘訣とか、ぜひ参考にさせてくれよ」
「そんなもん、自分で考えろよ」
懐徳はぷいと顔を背けた。
「冷たいなあ。俺たちもう義理の兄弟だろ? ほら、翠琴だって姉が幸せなら嬉しいはずだし」
なんでそこで翠琴を引き合いに出す……?卑怯者。懐徳はためいきをつきながら、しぶしぶ答える。
「……相手が、喜ぶことをしてやるとか」
実に真面目な回答だった。
「相手が喜ぶことねえ……」
趙普はふむ、と腕を組んで思案に沈む。
その頃、壇上では燁華が、これから「宋」という国をどのように築いていくかを語り、皆の力を貸してほしいと呼びかけていた。
「そういえばさ、燁華、首筋が弱いんだよな」
ぶっ! 懐徳は思いもかけない言葉に盛大にむせた。
「真っ赤になって震えるのがうさぎみたいで可愛くてさ、ちょっとしつこく攻めたら――」
「やめろ! それ以上言わないでくれ……!」
懐徳は慌てて制止する。閨の話をこんなところでバラされていることを燁華が知ったら、激怒するに決まっている。いや、それ以前に――皇帝の弱点をペラペラしゃべるなんて、もはや国家機密の漏洩では……懐徳は頭を抱えたくなった。
「……ほんと、可愛いんだよなあ」
趙普はうっとりと、壇上の燁華を見つめる。
その後もしばらく彼ののろけは止まらず、懐徳の頭痛は増すばかりだった。
燁華が挨拶を終えると、その場は”万歳”の合唱に包まれた。




