5-6.勝利の栄光と、飾る夜*
──高平の戦い、大勝利。
柴栄率いる後周軍は、侵攻した北漢軍を打ち破った。
劣勢からの劇的な逆転勝利に、都・開封は歓喜に沸いた。
民衆は柴栄を讃え、若き皇帝への信頼と期待は揺るぎないものとなった。
そして──
燁華(趙匡胤)と高懐徳ら、戦功を挙げた将たちにも、恩賞が与えられた。
燁華は、皇帝の直下軍である禁軍の上級指揮官に任命され、さらに柴栄の愛馬「火龍狗」までも下賜された。
混乱の中、孤軍を束ね、自らの命を賭して柴栄を救った燁華に対し、彼の感謝と敬意は深かった。
燁華はその栄誉に、静かに頭を垂れた。
──これも、郭威様の遺志を継ぐため。
そう、心に刻みながら。
◇
数日後。帰還した軍を、開封の満開の梅が迎えた。
門前で待っていたのは、懐徳の妻、翠琴だった。
「おかえりなさい、懐徳! ──無事で良かった」
「ただいま。そちらも、元気でいたか」
「もちろん! この子もお父さまの帰りを待っていたわ」
ふっくらと膨らんだ腹を愛しげに撫でる翠琴に、懐徳も頬を緩めた。
二人の間に流れる温かさに、燁華は思わず微笑む。
やがて、懐徳が燁華のほうを見やる。
「なあ、今夜、趙普と食事するんだろ?着飾って行けよ。あいつ、絶対喜ぶぞ」
もうすぐ父親になる者の余裕だろうか。かつての朴訥さは、もうそこにはなく、──燁華は恋愛指南を受けてしまった。
「……着飾るって、どうすれば?」
困惑する燁華に、翠琴が得意げな笑みを浮かべた。
「任せて!私が全部やってあげる!」
◇
燁華の部屋。
翠琴の手によって、燁華は柔らかな女物の衣を纏った。
赤く染められた上質な絹が、微かに光を纏いながら肌に寄り添う。
髪は丁寧に結い上げられ、美しい簪が頭上で揺れる。
唇には薄く紅が引かれていた。
「……お姉さま、すごく綺麗……!」
翠琴が、うっとりと呟いた。
「これなら、どんな男もメロメロよ!頑張って、趙普を誘惑してね!」
燁華は鏡の中の自分に、不思議な違和感を覚えていた。
……これが、私?
趙普と会うのは4ヶ月ぶりだ。
それは純粋に嬉しい。
でも──こんな格好で、笑われないだろうか。
楽しみと、不安が入り混じった想いを抱えながら、
部屋の中をそわそわと歩き回った。
◇
どれほど待っただろうか。
──コツン。
小さなノック音に、心臓が跳ねる。
おそるおそる扉を開けると──
趙普が立っていた。
瞬間、彼は硬直した。
目の前に現れた、美しすぎる女性を見て。
そして、戸惑いの笑みを浮かべながら、告げた。
「……間違えました」
くるりと踵を返しかける。
「あ、待って!」
慌てて燁華が、彼の袖を掴んだ。
「燁華……です」
その声に、趙普の動きが止まった。
◇
部屋に招き入れられた彼は、なおも夢の中にいるようだった。
──これが、燁華……?
思えば、今まで女ものの服を着ているところは見たことがなかった。
久しぶりに会えただけでも嬉しいのに、こんなサプライズに、理性が吹き飛ばないわけがなかった。
燁華は、ぎこちない手つきで、丸テーブルに食事を並べている。
「これ……翠琴が用意してくれたんだ。趙普、好きだろ……?」
振り返ると、背後から腕が伸びる。
彼に、そっと、けれど強く抱きしめられた。
「ひゃっ──!」
耳元に、熱い息がかかる。
次の瞬間、甘く、深く、唇を奪われた。
衣擦れの音。
触れ合う体温。
趙普の手が、無遠慮に燁華の細い体をなぞり──
気づけば、寝台に押し倒されていた。
◇
燁華は、趙普の胸をトントンと叩き続けた。
「やめ、趙普!……ごはん、食べよ!!」
必死に懇願するが、彼の耳には届かない。
両手首を押さえ込まれる。
明らかに彼はおかしいが、反発しようにも、力が入らない。
獣のような目で見射られれば、それだけで動けなくなった。
服をずり下ろされ、胸がはだける。
──あっ!
裙の中に、節だった大きな手が侵入してくる。
──!!!!
生まれて初めての感覚に、燁華は翻弄された。
胸を弄られ、下を執拗に責められ、
息も絶え絶えになり──
やがて、意識を手放した。
◇
……しまった!!
無我夢中で燁華を貪っていた趙普は、彼女が腕の中でぐったりしていることに気づき、ようやく理性を取り戻した。
彼女の目元にはうっすら涙が滲んでいた。
──今日は、大事な話をするつもりだったのに。
おでこに手を当て、悔しそうに顔をしかめる。
彼女の衣を丁寧に直し、布団をかけると、静かに部屋を後にした。
◇
翌朝。
燁華は、無言だった。
男とすれ違っても、視線すら合わせない。
一方の男は、申し訳なさそうに燁華を見ては、ガックリとうなだれている。
そんな二人を見て心配した翠琴が、そっと声をかける。
「お姉さま、大丈夫? 昨日、何かあったの?」
心配から、そっと姉の手を握る。
「……っ!」
燁華はハッとし手を振り解こうとしたが、遅かった。
手と手が触れた瞬間──
翠琴の体に、昨夜の情事が流れ込んだ。
姉をじっと見つめたまま、翠琴は顔を真っ赤にして、呆然と立ち尽くす。
「ご、ごめん、お姉さま……ちょっとやりすぎたかも」
気まずそうに頭を下げる翠琴。
燁華は、目を伏せ、大きくため息をつく。
「……しばらく、女ものの服はいいよ……」
──燁華の怒りと恥ずかしさは、当分冷めそうになかった。
春の風に、紅梅の花びらが、ひらりと舞い散った。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます❤︎
ブックマークしていただけますと、泣いて喜びます!




