5-1.皇帝は倹約を是とする
趙普は、朝から機嫌が良かった。
「よう、懐徳! 今日もいい天気だな!」
「韓珪、書類か? 任せとけ、そこに置いておいてくれ!」
ずっと憧れていた燁華が、自分のことを"好き"だった──!
その事実が、趙普の胸を羽のように軽くしていた。
◇
一方で、燁華には別の思惑があった。
「趙匡胤と趙普が"そういう仲"らしい」
いつの間にか、そんな噂が宮廷に広まっていた。
だが──悪い話ではない。
「妻を迎えよ」という圧力も、これでいくらか和らぐだろう。
燁華は、あえてその噂に便乗することにした。
◇
お昼どき、宮廷の執務室。
文官たちは休憩に出てしまい、部屋はがらんとしていた。
柴栄が、執務室に顔を出す。
「おい、趙普。法令の改正、終わったか?」
文官たちの去った執務室には、一人、鼻歌を歌いながら書類に向き合っている男がいた。
「ええ。ほとんど終わりましたよ」
書類を揃え、トントンと机に叩いて整える。
「そうか。じゃあ……」
柴栄が言葉を発しようとするも、趙普は構わず話し続ける。
「郭威様の法改正、最高ですよ。 特にこの、牛代の廃止。死んだ牛にまで税金払うなんてばかげてますからね。郭威様は庶民の味方です」
柴栄は深いため息を吐いた。
「お前、今日やけに上機嫌だな。何かあったのか」
「ええ! ありましたとも! これも柴栄様のおかげです!」
趙普は立ち上がり、柴栄の両手をガシッと握る。
その暑苦しい視線に、柴栄は一歩後退した。
「わ、わかったから離せ。俺にまで変な噂が立つ」
「聞かないんですか? 何があったか」
趙普はニヤニヤしながら手を揉んでくる。
「いや、いい。たぶん分かった」
柴栄は彼の手を振り払い、そっぽを向いた。
「残念ですね。この幸せ、ぜひ柴栄様にもお分けしたかったのに」
趙普はニコニコしながら揉み手をしている。
「それより、郭威様が人手が欲しいって呼んでたぞ」
部屋から出て行こうとする柴栄は振り返りながら告げる。
「それは大変だ。すぐに向かわねば。ではまた!」
趙普は一礼すると、軽快に部屋を後にした。
◇
燁華と翠琴は、手にそれぞれかなづちとほうきを持って皇宮へ向かっていた。
「大掃除でもするのかと思ったけど、なんでお姉さまはかなづちなのかしら」
「さあな。郭威様の考えることは、私には測りかねる」
皇宮に近づくにつれ、パリン!ガシャン!!という物騒な音が耳に入る。
「まさか、賊か……?」
二人は駆け足で廊下を抜けた。
だが目にしたのは、想像を超えた光景だった。
物騒な音を立てている張本人は、郭威その人であった。
彼は豪華な壺や宝物を片っ端から床に投げつけては壊している。
床には破片が広がり、女官たちは部屋の隅で震えている。
二人が部屋に入ると、気づいた郭威は笑顔で呼びかけた。
「おう、お前らも早くこっちに来て手伝ってくれ!」
「郭威様、何を……!?」
燁華は慌てて郭威に駆け寄る。
「こんな金がかかるものをな、皇帝が持っていたって、何の役にも立たないだよ!」
青銅のお盆を両手でぐにゃりと曲げると、カラン、と床に落とした。
「農民に農地を与え、官吏を含めた民には倹約を課した。それなのに、皇族が贅沢をしていたら民は一向に潤わんからな」
郭威はニヤリと笑い、グラスを落としては、割る。
「御意に」
燁華は拱手すると、かなづちをふりあげ、大きな壺めがけてふりおろそうとした。
ーーと、そのとき。
「危ない!」
駆けつけた趙普が、燁華の手首をつかむ。
一瞬、見つめ合う二人。
刹那、燁華の頬が朱に染まる。
「は、離せ! 郭威様のご命令だ」
ふいと顔を背け、手を離そうとする。
「わかった。でもな、こう打て。角度が大事だ」
趙普は、もう一方の手で壺を打つまねをする。
指示通りに打ち込むと、壺はきれいにパックリ割れた。
趙普は額の汗を拭い、ため息をつく。
「ケガするかと思って、ヒヤヒヤしたよ」
「気をつけてる」
燁華は趙普と目を合わせず、赤面しながら物を壊していく。
趙普は気が気でないのか、彼女のうしろをついて回った。
翠琴は、何かに気づいたように二人を見つめる。
その隣に、いつの間にか郭威が立っていた。
「あいつら、やっぱりそういうことだったか」
「ええ、前より進展したみたいですね」
二人は温かい眼差しを交わしながら、黙って見守っていた。
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