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4-9.燁華の告白

 披露宴の席。


 柴栄(さいえい)趙普(ちょうふ)は、静かに杯を傾けながら話していた。


「なあ、いつまで婚約話を断り続けるつもりだ」

 柴栄が、からかうように尋ねた。


「……は?」

 趙普は思わず杯を取り落としそうになり、慌てて受け止める。


「お前の希望だと思っていたが。……まさか、匡胤(きょういん)の方だったか?」


「なっ……!」

 趙普の顔に、ぱっと朱が差す。


「まあいい。世間ではそう噂されている。……隠し通すには、いっそ妻帯した方が手っ取り早いかもしれんぞ」


 そう言って笑う柴栄を、趙普は呆れたように見つめた。

 ──何か、大きな誤解がある。


 たしかに、趙普に結婚願望はなかった。

 だが、燁華(ようか)(趙匡胤)がなぜそんなことをしたのか。

 それだけは、どうしても知りたかった。


 ◇


 その頃、燁華は一人、部屋で静かに本を開いていた。


 婚儀は喜ばしいことだ。

 だが、女の幸せを噛み締める翠琴を見ていると、心のどこかに、ちくりとした痛みが走る。


 頁の間から孔雀の栞がこぼれ落ちた。

 それをそっと両手で拾い上げる。


 ふっと鼻を近づけると──

 まだ微かに、彼の香りがした。


 胸が、ぎゅっと苦しくなる。


 その時──

「燁華」


 控えめなノック。

 ビクリと肩を震わせ、慌てて扉を開ける。


 そこにいたのは──趙普だった。


 ◇


「……っ」


 一瞬で、世界が静止する。


 燁華が言葉を失っている隙に、趙普がすっと踏み込んだ。

 そのまま、燁華の肩を壁に押し付ける。


 至近距離で感じる彼の香りに、頭がクラクラする。


「ちょ、ちょっと……近い!!」

 燁華は慌てて押し返そうとするが、趙普は逃がさなかった。


 真剣な瞳が、燁華を射抜く。

「答えろ。……なぜ、俺の婚約話を潰していた?」


 燁華は、ハッと目を見開く。

 そして観念したように、目を伏せた。


 頬を染め、小さな声で告げる。

「……好きだからだ」


 沈黙。


 恥ずかしさに、さらに目をぎゅっと閉じる。


 ついに言ってしまった。秘めていた想いを。

 趙普はどんな反応をするのか、それを確認するのが怖い。


 ──その緊張を破ったのは、柔らかな声だった。


「そうか。なら──これからは定期的に“話し合い”の時間を設けよう」


「はぁっ……!?」

 燁華は思わず、間抜けな声を上げた。

 今までも、何度となく話してきたのに──

 今更、“何”を?


「あなたの気持ちを知った今は、より全力であなたの力になりたい」

 得意げに笑うその顔が、ずるい。

 こんなに近くでそんな顔を見せられたら、期待してしまう。


 燁華は顔を真っ赤にしながら、潤んだ瞳で睨み上げた。


 趙普は、微笑みながらそっと彼女の頬に触れ、囁く。

「いつも毅然としたあなたに、そんな目で見つめられるのも──なかなか、乙なものですね」


 燁華はハッと我にか返り、叫んだ。

「──っ、出ていけぇぇぇ!!」

 燁華は羞恥に耐え切れず、椅子の上のクッションを全力で投げつける。


 だが、趙普に触れられた頬の熱は、いつまでも冷めない。


 部屋の外では、満開の梅が春風に揺れて、さざめいていた。




ここまで読んでくださって、ありがとうございます❤︎

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