表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/87

4-8.初めての夜*

 結婚式を終え、翠琴(すいきん)懐徳(かいとく)は並んで寝所へと向かっていた。二人の間に言葉はなく、静かに廊下を歩く。初夜のことを考えると、お互いになんだかギクシャクしてしまう。


 寝室の前に差し掛かったとき、懐徳はふと立ち止まり、耳を澄ませた。室内から微かな物音が聞こえる。「少し待ってくれ」と翠琴を制し、懐徳は扉を静かに開けて中を窺った。素早く刀を手に取り、部屋の隅の物入れに足音を立てずに近づく。


勢いよく物入れを開けると、三臣が転がり出てきた。


「やっぱり見つかったじゃないか!」潘美(はんび)が苦笑する。

「兄貴から色々と勉強させてもらおうと思って!」曹彬(そうひん)が鼻息を荒くする。

「妓楼のお姉さんたちに頼まれたのよ〜」韓珪(かんけい)が肩をすくめる。


 翠琴は懐徳の背後から顔を覗かせ、三人の様子に思わず笑みをこぼす。皆で旅に出たあの日のことが思い出される。


「早く出ていってくれよ」懐徳が呆れたように言う。


「もう、せっかちなんだから〜」韓珪が冗談めかして応える。


 三人は懐徳に背中を押されながら部屋を後にする。翠琴はにこやかに手を振り、三人を見送った。


 扉が閉まると、懐徳は顔に手を当ててため息をつく。翠琴はその様子に微笑み、緊張が和らいだことを感じた。


「お水、飲む?」翠琴が尋ねる。


「ああ、いただくよ」懐徳は目を合わせずに答える。


 翠琴が湯呑みを手渡すと、懐徳は一気に飲み干す。湯呑みを片付けようとする翠琴を制し、懐徳は湯呑みを机に置き、彼女の手を取り寝台へと導いた。


 翠琴は寝台の端に腰を下ろし、懐徳はその前に静かに(ひざまづ)いた。

 目の前の懐徳は、震える手で、翠琴の手をそっと包む。


「緊張してる?」


 懐徳は、一瞬翠琴の目を見たが、すぐに目を逸らし、頬を赤らめる。

「ごめん、初めてなんだ。もし、うまくできなかったらすまない」


 翠琴の胸が、ドキンと高鳴る。

 か……かわいい!! 

 私の旦那様!!!

 

 今すぐに抱きしめて押し倒したくなる衝動を抑え、こほん、と咳払いをしてから伝える。


「ええっと、私、実はかなり色々知ってるの。たぶん……リードできると思うわ」


 それは、想定しない言葉だったのだろう。

 懐徳は青ざめ、愕然とした表情で翠琴を見つめた。


「え!? まさか、もう何人もの男と……!?」


 翠琴は慌てて手を振った。


「あ、やだやだ!! 違うの!! ほら、いろんな人の心をのぞいてるから。閨事情も色々知ってるってこと!! あの…ちゃんと、初めてだから」


 今度は翠琴が真っ赤になり、モジモジと身を揺らす。


「でも、知ってることと実際は違うかもしれないし、私もうまくできなかったら……」


 言い終わる前に、唇が翠琴の言葉を塞いだ。やわらかく、しかし深く、長い口づけだった。


 唇を離すと、懐徳が微笑む。

「今日、あまりにも綺麗で、何度もみんなの前でこうしそうになってしまった」

 上気した頬で、率直に思いを伝える彼は、少年のようだった。


 彼はそっと帯に手をかけ、翠琴の衣を脱がせていく。その手は丁寧で優しかった。


 ……顔がこわばっていたのは、緊張してたからだけじゃなかったのね。


 翠琴は小さく「ばんざい」と手を上げ、上衣を脱いだ。肌着だけになった彼女は、両腕で胸を隠しながらうつむく。


「あの、私だけ裸なのはちょっと……」


「いいよ、脱がせて」

 懐徳は微笑み、翠琴の手を自分の胸へ導いた。


 翠琴は一枚ずつ、ゆっくりと懐徳の衣を脱がせていく。そのたびに指がふれ、肌がふるえる。


 衣を脱がされながら、懐徳はそっと翠琴に覆いかぶさった。耳元に、熱い吐息がかかる。


「……綺麗だよ」


 そのささやきに、翠琴の体が甘くしびれた。


 最後の紐に手をかける頃、懐徳の手が背中に回り、ゆっくりと寝台に押し倒される。自身の衣を脱ぎ捨てると、彼はそっと翠琴の首筋に唇を落とした。


「あ……っ」

 小さな声がもれる。


「ごめん。もう待てない。大好きだよ」


 翠琴は、懐徳の首に手を回し、穏やかに微笑んだ。


「私も、大好き」


 こうして、胸の奥に灯る静かな熱と、触れあう心の深さを確かめるように、ふたりの結婚初夜は、ゆるやかに夜の帳へと溶けていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ