4-8.初めての夜*
結婚式を終え、翠琴と懐徳は並んで寝所へと向かっていた。二人の間に言葉はなく、静かに廊下を歩く。初夜のことを考えると、お互いになんだかギクシャクしてしまう。
寝室の前に差し掛かったとき、懐徳はふと立ち止まり、耳を澄ませた。室内から微かな物音が聞こえる。「少し待ってくれ」と翠琴を制し、懐徳は扉を静かに開けて中を窺った。素早く刀を手に取り、部屋の隅の物入れに足音を立てずに近づく。
勢いよく物入れを開けると、三臣が転がり出てきた。
「やっぱり見つかったじゃないか!」潘美が苦笑する。
「兄貴から色々と勉強させてもらおうと思って!」曹彬が鼻息を荒くする。
「妓楼のお姉さんたちに頼まれたのよ〜」韓珪が肩をすくめる。
翠琴は懐徳の背後から顔を覗かせ、三人の様子に思わず笑みをこぼす。皆で旅に出たあの日のことが思い出される。
「早く出ていってくれよ」懐徳が呆れたように言う。
「もう、せっかちなんだから〜」韓珪が冗談めかして応える。
三人は懐徳に背中を押されながら部屋を後にする。翠琴はにこやかに手を振り、三人を見送った。
扉が閉まると、懐徳は顔に手を当ててため息をつく。翠琴はその様子に微笑み、緊張が和らいだことを感じた。
「お水、飲む?」翠琴が尋ねる。
「ああ、いただくよ」懐徳は目を合わせずに答える。
翠琴が湯呑みを手渡すと、懐徳は一気に飲み干す。湯呑みを片付けようとする翠琴を制し、懐徳は湯呑みを机に置き、彼女の手を取り寝台へと導いた。
翠琴は寝台の端に腰を下ろし、懐徳はその前に静かに跪いた。
目の前の懐徳は、震える手で、翠琴の手をそっと包む。
「緊張してる?」
懐徳は、一瞬翠琴の目を見たが、すぐに目を逸らし、頬を赤らめる。
「ごめん、初めてなんだ。もし、うまくできなかったらすまない」
翠琴の胸が、ドキンと高鳴る。
か……かわいい!!
私の旦那様!!!
今すぐに抱きしめて押し倒したくなる衝動を抑え、こほん、と咳払いをしてから伝える。
「ええっと、私、実はかなり色々知ってるの。たぶん……リードできると思うわ」
それは、想定しない言葉だったのだろう。
懐徳は青ざめ、愕然とした表情で翠琴を見つめた。
「え!? まさか、もう何人もの男と……!?」
翠琴は慌てて手を振った。
「あ、やだやだ!! 違うの!! ほら、いろんな人の心をのぞいてるから。閨事情も色々知ってるってこと!! あの…ちゃんと、初めてだから」
今度は翠琴が真っ赤になり、モジモジと身を揺らす。
「でも、知ってることと実際は違うかもしれないし、私もうまくできなかったら……」
言い終わる前に、唇が翠琴の言葉を塞いだ。やわらかく、しかし深く、長い口づけだった。
唇を離すと、懐徳が微笑む。
「今日、あまりにも綺麗で、何度もみんなの前でこうしそうになってしまった」
上気した頬で、率直に思いを伝える彼は、少年のようだった。
彼はそっと帯に手をかけ、翠琴の衣を脱がせていく。その手は丁寧で優しかった。
……顔がこわばっていたのは、緊張してたからだけじゃなかったのね。
翠琴は小さく「ばんざい」と手を上げ、上衣を脱いだ。肌着だけになった彼女は、両腕で胸を隠しながらうつむく。
「あの、私だけ裸なのはちょっと……」
「いいよ、脱がせて」
懐徳は微笑み、翠琴の手を自分の胸へ導いた。
翠琴は一枚ずつ、ゆっくりと懐徳の衣を脱がせていく。そのたびに指がふれ、肌がふるえる。
衣を脱がされながら、懐徳はそっと翠琴に覆いかぶさった。耳元に、熱い吐息がかかる。
「……綺麗だよ」
そのささやきに、翠琴の体が甘くしびれた。
最後の紐に手をかける頃、懐徳の手が背中に回り、ゆっくりと寝台に押し倒される。自身の衣を脱ぎ捨てると、彼はそっと翠琴の首筋に唇を落とした。
「あ……っ」
小さな声がもれる。
「ごめん。もう待てない。大好きだよ」
翠琴は、懐徳の首に手を回し、穏やかに微笑んだ。
「私も、大好き」
こうして、胸の奥に灯る静かな熱と、触れあう心の深さを確かめるように、ふたりの結婚初夜は、ゆるやかに夜の帳へと溶けていった。




