4-1.白雪に凜と散りて
冬の終わり、冷え込んだ空気がまだ街の隅々に残る頃、柴氏が静かにこの世を去った。
雪こそ積もらないが、開封の風は骨の髄にまで沁みるように冷たい。郭家の屋敷の奥、一面に白布をかけられた部屋の中で、蝋燭の灯りが僅かに揺れていた。
郭威は、表情一つ動かさず、その傍らに佇んでいた。誰よりも彼女の献身を知り、彼女に何度も救われてきた男は、ただ深く黙していた。
侍女たちは涙をぬぐいながら動き回り、郭家の人々は沈痛な面持ちで弔いの準備を進めていた。
後に郭威は、彼女に「聖穆皇后」の尊号を贈った。
その尊号こそが、彼の心の深さを物語っていた。
◇
翌年1月、政は大きく動いた。
後漢の皇帝・劉知遠が崩御。
病に伏していたとはいえ、あまりに早い別れだった。世継ぎである劉承祐はまだ十八。その即位は宮廷に動揺をもたらした。
若い……
本当にこの子で国が回るのか……
そんな声が、宮中の廊下の隅々から聞こえてくる。
表立っては忠誠を誓いながら、内心で疑念を抱く者は多かった。
郭威も、その一人だった。だが口には出さない。出せないほどに、宮廷の空気はすでに繊細で、疑心という名の火種に満ちていた。
人事も大きく入れ替わった。
宰相の座には、蘇逢吉。
軍権を握る枢密使の地位には、楊邠。
郭威は、「枢密副使」として楊邠と共に軍事を担った。
かつて郭威が宰相と枢密使を兼ね、帝の右腕として働いていた時代は終わった。
人気の高かった郭威への権力の集中を、劉承祐が嫌がったのだろう。
郭威は何も語らなかった。ただ、静かに受け入れるように見えた。
しかし、その背に漂う空気は、明らかに変わっていた。
◇
白梅の香が、春を告げるには早すぎる冷気のなかに漂っていた。
中庭の石畳に、白い花びらが舞い落ちる。
柴栄はその一輪を掌に乗せ、じっと見つめていた。
隣には、両腕で上半身を支えながら座る趙匡胤——燁華。
「……妙に静かだな」
匡胤が、ぽつりと呟く。
柴栄はふっと目を細め、花を見つめたまま答える。
「柴氏が亡くなられてから、屋敷も……心も、どこかぽっかり空いたようだ」
「……あの方には、何も返せなかった」
そう言った燁華の声には、悔いと悲しみが入り混じっていた。
柴栄は、そっとその横顔を見つめる。
「凛として、温かい人だった。正しきとは何か、それを初めて教えてくれたのは、あの人だったな」
燁華は黙ってうなずき、手をぎゅっと握る。
その手のひらに、指先に、微かな震えが伝っていた。
柴栄は、手にした白梅を、そっと足元の土に埋めるように置いた。
ふたりは黙って、ただその場にいた。
梅の香の中に、面影を重ねながら。
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