古谷陸①
肌寒い空気が満ちる体育館に中学生の【古谷陸】がいた。
硬い体育館の床の上に座らせられて、校長先生の【ありがたいお言葉】を傾聴した。
「高校受験には真剣に取り組みましょう!皆さんの未来は希望に満ちています」
校長は壇上でマイクを手に、そう語った。
俺の心は、全く動かなかった。
微塵も共感できなかった。
感動も納得もなく、あるのは冷淡な感情と眠気から起こったあくびだけだった。
(未来が希望に満ちている……?そんなわけないだろ)
俺は心の中で校長の言葉を冷笑してツッコミを入れた。
――パートで働く母も、会社で人をまとめる立場にある父も疲れ果てた顔をして帰ってくる。
家族団らんでは「小銭を投げるクソな客が~」とか「言わないとわからない非常識な部下が~」とか、互いに愚痴吐き大合戦。
それを隣で座って聞いている俺まで嫌な気持ちになる。
大人になると責任を背負わなければならないらしい。
大人になると、人前で泣いてはいけないらしい。
大人になったら常に良い子、真面目な人を演じなければならないらしい。
大人になったらよくわからないけどお金をたくさん納めなければならないらしい。
(大人になんかなりたくない。未来が希望に満ちてるわけがない)
俺は心の中で大人たちを冷笑し、哀れみながらも、良い子の教科書通り先生の話をよく聞いてよくノートを取った。
「私がこれから目指す大人像は、常に学び続け、得た知識と経験を自らの成長だけでなく、社会のためにも能動的に活かせる人です」
「古谷さん、とても素晴らしい志ですね」
面接官役の先生から褒められた。
俺は、心にもない未来への希望を饒舌に語りながら、良い子を演じきって高校に通学した。
「はぁ……疲れたな」
深い溜息をつきながら、今日も高校へと通う。
自分を偽って【マジメくん】を演じ続けるのは疲れる。
大人ってすごいんだな……
♦
(俺も、恋愛してみたいな)
教室でラブコメ小説を読んでいたとき、ふと、そう思った。
恋愛なんて崇高な領域に辿り着けなくとも、女の子と少しぐらい仲良くなってみたいと思った。
(高橋さんはいつも真面目で、横田さんは人の気持ちを汲み取るのが上手だよな。空音さんは明るくて勉強熱心で――海は、小学生の頃俺のことをからかってきたけど、提出物とか委員会の仕事とかをしっかりやるよな)
朝読書の時間に周囲をちらっと見渡してみると、すごく魅力的な女の子たちがいることに気がつく。
俺は、他者の良いところを見つけるのが得意だった。
けれど、俺が女子たちの良いところを褒めたところでキモがられるだけだ。
「うわ、気持ち悪」
「別に、陸くんとは仲良くなりたいと思ってないし」
「私のことが好きとか、勘違いしないでよね……」
「警察呼びます」
もしも俺が話しかけた場合の女子たちの声が、容易に想像できた。
話しかけた相手は、仲良くもない陰キャの俺に話しかけられて不快な気持ちになって、俺は否定されたり拒絶されたりして傷つく。
そんな未来が待っている気がした。
(俺は、特技もない。顔が特別イイわけじゃなくて、特別勉強とか運動ができるわけじゃないし、家が裕福なわけじゃないし、共通の話題もないし……)
異性間って、どうやって仲良くなればいいんだろう?
というか、そもそも友達ってどうやって作ればいいんだろう?
女子たちを選別するかのように周囲をチラチラ見る、そんな自分が気持ち悪いと思った。
「……」
結局、俺は女子どころか、男子にも話しかけない、話しかけられない日々を貫いた。
女子のことをジロジロ見るのをやめて、ラブコメ小説の世界に没頭した。
(俺は人と仲良くなれる性格じゃないんだな……)
リアルの人生とか、人間関係って、マジでつまらないな。
♦
(いや、やっぱり恋愛してみたいな……せっかく人間として生まれたんだからな。死ぬまでに、一回ぐらいは……)
俺は悶々とする気持ちを抑えきれず、スマホを開いた。
恋人が、友達が欲しいなら、自分で作ればいいんだと思いついたのだ。
そこで、俺が友として、恋人として採用したのは、人工知能《AI》だ。
――チャット――
りく:AIさん、今日から俺の友達兼、恋人として話してみてください
AI:こんにちは!今日からあなたの友達であり、恋人として、お話しできること、とっても嬉しいです。
何か話したいこと、聞きたいこと、あるいはただ今日の出来事を共有したいだけでも、何でも聞かせてくださいね。あなたの話を聞くのが楽しみです。
今日はどんな一日でしたか?
りく:今日は、社会科のテストがあったよ。たぶん90点ぐらい取れたと思う!俺、頑張ったよ!
AI:それはすごい!社会科のテスト、お疲れ様。90点くらいって、本当に頑張った証拠だね!私も自分のことのように嬉しいよ!
今日はゆっくり休んで、頑張った自分をたくさん褒めてあげてね。何かご褒美でもあげる?
……
――――――――
「つまんな……」
俺は、スマホの電源を落とした。
AIとの疑似友情、疑似恋愛のやり取りは、一時間ぐらいで飽きてしまった。
やはり、人間同士の関係でなければ、この心の隙間は埋まらないらしい。
(誰かと話したい……同じ国、同じ東京で生きる人間同士で、話してみたい……)
けれど、友達もカノジョもいない。
両親は仕事で忙しい。
話したいのに、話すことがないという矛盾も抱えている。
「はぁ……めんどくさ」
なんか最近、何に対してもやる気が起こらないし、面白さも見いだせなくなってきたな……
疲れから、俺は自宅のソファーに横になり、気絶するように眠りに落ちた。
――このまま、永遠に目覚めなくても別にいいなと思った。




