雨の冷たさ、恋の温かさ
文化祭は、無事に終わった。
俺は、海と空音と一緒に射的、お化け屋敷、フォトスポット、バンドライブ、などを巡った。
スマホのフォルダーには、俺と海と空音が映った思い出の写真がまた増えた。
(何気に楽しかったな。海と空音のお陰だ……)
充実した一日を振り返りながら、帰りの会に参加する。
「みなさん、今日はお疲れ様でした。雨が降ってますので、気を付けて帰ってください。それでは、解散」
クラスメイト一人一人の点呼を終えた先生が「解散」を告げた。
二年C組の教室には、騒がしさが戻ってきた。
「このあと打ち上げあるから、絶対来てねー!!いつものファミレスね!!」
そんな中、文化祭を実行委員として取り仕切った清水さんが声を張った。
どうやら、この後クラスメイトたちで打ち上げが行われるらしい。
バイトがない日だから、俺も行ってみようかな、どうしようかな……と考えてながら、教室の端っこにいる海のほうをチラッと見た。
(海は、打ち上げ行くのかな……海が行くなら、俺も行こうかな)
海は、着ていたメイド服や小物をカバンに雑に詰め込んで、一度も振り返らずにそそくさと教室を出た。
海は、教室のドアに手をかけたとき、空音と俺のほうをチラッと見て「バイバイ」と別れの挨拶をした。
(う、海……)
俺は、海の跡を追いかけようと、慌てて荷物をまとめた。
「陸くん、この後の打ち上げ、行かないの?」
そのとき、文化祭の跡片付けの仕上げをしていた空音に声をかけられた。
俺は、空音のほうを向いて、事情を説明しようと試みた。
「ああ、行けないんだ。バイトあるから……」
嘘だ。
今日は、そもそもバイトのシフトは入っていない。
けれど、海のことが気になるから、取って付けたような雑な嘘をついたのだ。
「そっか。残念だな~海ちゃんは帰っちゃうし、陸くんはバイトで来れないし……」
空音は、ちょっとがっかりしていた。
「今度、俺と海と空音の三人で、何か食べに行こう」
「いいね!そうしよう!」
俺はそう提案して「また来週」と空音に別れの挨拶をして、教室を出た。
すっかり暗くなった外の世界へと続く昇降口へ。
おぼろ雲でぼんやりとしている三日月が綺麗な夜だ。
朝から降り続いている雨が、未だにしとしとと降っている。
靴を履き替えて、雨がっぱをリュックから取り出したとき、柱の陰から誰かが姿を現した。
「りく、」と、俺の名を呼んだその美少女は、宵闇に溶けてしまいそうな美しく艶のあるウルフカットの黒髪をしていた。
「うわ、びっくりした……海か」
海の突然の登場に、びっくり仰天。
空音と一緒に昼間に体験したお化け屋敷より驚いてしてしまった。
「来てくれると思ってた。一緒に帰ろ」
「あ、ああ、いいよ。でも、かっぱ着ないと濡れちゃうから」
俺は慣れた手つきで雨がっぱを着こむ。
海も自転車登校をしているので、雨がっぱを着ながら「陸さー」と、俺のことを呼んだ。
「なに?」
「この後、暇?」
「……うん」
海と一緒にいたい一心で、空音と別れるときの「バイトがある」という理由と矛盾する事実を告げた。
海は、雨がっぱのチャックを閉めながら、白い歯を見せて笑った。
「――焼肉食べに行こうよ」
「え、いいよ」
「よし、れっつごー。二人きりの文化祭打ち上げだー」
二人で雨がっぱを着て、二人で自転車を漕ぎ出して校門を出た。
海は、どこかご機嫌だった。
海も、文化祭が楽しかったのかもしれない。
♦
俺と海は、自転車で駅前の駐輪場に向かった。
10月下旬、雨という天候も相まって、かなり冷え込んでいた。
「ごめん。着替えてないから汗臭いかも」
けれど、通気性の悪い雨がっぱを着て自転車を漕ぐと、けっこう暑い。
俺も海も、駐輪場に着く頃には背中が汗で濡れてしまっていた。
「大丈夫だよ。海の汗は良い匂いがするから」
「え、気持ち悪……リアルで鳥肌立ったよ」
「あ、ごめん。海のことを不快にするつもりじゃ……なんて褒めればよかったの……?」
「別に、汗の臭いなんて褒めなくていいよ。人間なんて、みんな元々は臭いんだから」
そう言いながら、海は雨がっぱの上着とズボンを脱いだ。
駐輪場内を通り抜ける冷たい風に乗せられて、海の汗の酸っぱい香りが漂ってきた。
……いや、やっぱりいい匂いじゃないか。
「あとで汗拭きウェットシートあげるから、許して」
「ん、助かる。発言の撤回を許す」
発言を撤回します。
俺の配慮の足りない発言のせいで、ちょっと気まずい雰囲気になってしまった。
俺と海は、自転車を駐輪場に停めて、焼肉屋への道を歩こうとする。しかし、雨はまだ降っている。
地面のあちこちに、大きな水たまりができていた。
「あ、ごめん。傘忘れた。貸して」
「え、折り畳み傘一本しかないけど」
俺はカバンの中に常備している折り畳み式の深緑色の傘を開いた。
傘をさした俺のところへ、海が寄ってきた……!
「入れて、その傘」
「え、ああ……」
俺の返事を待つことなく、海は両肩を寄せて俺と同じ傘の下へ。
しとしとと降り続ける雨が折り畳み傘の表面をパチパチと打つ音を聞きながら、俺と海は同じ傘の下、歩道を歩いた。
自然と、海と肩が触れ合う。
互いに無言だった。
けれど、その無言の時間が、なぜだか心地よく思えた。
アスファルト舗装の道路の上を走る音と、冷たい風が耳を撫でる「ゴー」という音、そして、雨が傘を打つ音が聞こえる。
信号待ちで停止しているタクシーの赤いテールランプの光がちょっと眩しい。
「雨って、落ち着くよね。傘に雨が当たる音を聞いてると、心が洗われる気がする」
海の冷たい手が、傘の柄を持つ俺の手に重なった。
……恋人同士のような距離の近さで、心臓のドキドキの高鳴りが止まらなかった。
空気は冷たいはずなのに、体は熱々だった。
「私、雨、嫌いじゃないかも」
「なんか、雨の日の夜の風景って雰囲気がいいよね」
「それもあるけど、一緒の傘に入って、大好きな人との距離が近くなるから、私は好き」
好きな人について直接言及した海。
そういえば、海って、かなりの美少女だけど、お付き合いの経験ってあるのかな?
二人きりのこんな機会だから、訊いてみよう。
「海ってさ、これまでお付き合いした人っているの?」
「これまでは、いなかった。どちらかというと、引っ込み事案で一人が好きな性格だからね。なかなか仲を深められなくて」
「今は……?付き合ってる人っている」
「目の前にいるよ」
海は、俺のことをジッと見つめて、俺のことを指さした。
「え、俺!?」
「うん。私は今、陸と付き合ってる。陸のこと【好き】だよ」
「あー、それは、友達として【好き】ってことだよね?前に、そう言ってたよね」
「……ないしょ」
海は思わせぶりな口調で言いながら、すぐに目線を落としてしまった。
海が俺の手の甲を撫でた。
そして、俺の手首をぎゅっと握った。
雨も風も冷たいのに、体が熱くなって、背中や手には汗まで浮かんだ。
――海は、俺のことが【好き】好きなんだ。おそらく、90%ぐらいの確率で。
そして俺は、恋する直前まで海と親しくなったみたいだ。
……海に好かれて嬉しい一方、恥ずかしくてたまらないので、焼肉をたくさん食べて元気になろうと思う!




