文化祭準備
10月末といえば?
ハロウィーンとか、ソシャゲの収穫祭ガチャなどいろいろあるけど……
メインイベントは、俺たちの高校で行われる文化祭だ。
「ちーっす、昨年に引き続き文化祭の実行委員を務めまーす、清水美玖でーす。よろしくー」
「同じく、文化祭実行委員の道山空音だよ!文化祭が最高の思い出になるように精一杯頑張るから、よろしくね!」
文化祭実行委員の二人が教卓の上で挨拶をした。
清水さんと空音の二人が取り仕切る文化祭準備で、それは起こった……
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2年C組は、教室でカフェを開くことになった。
俺は、実行委員の清水さんから廊下の壁をモールで飾り付ける仕事を割り振られた。
「どこ行ってたんだよー、海ちゃん?」
清水さんが、ちょっとキツめの口調で海に詰め寄った。
俺は廊下で作業しながら、ドアの前の海と清水さんの話に耳を傾けた。
「ごめん……保健室。眠くて眠くて……」
昼夜逆転生活の習慣が抜けない海は、午前中ずっと保健室で寝ていたらしい。
目を擦る海は、廊下で作業する俺のほうをちらっと見た。
(俺と、一緒に飾り付けの作業しよう!)
目線で、海にメッセージを送る。
そして海は、実行委員の清水さんに仕事の希望を伝えた。
「廊下のモールの飾りつけ、やりたい。陸の手伝いしたい」
やっぱり、海も俺と一緒に同じ作業をしたいと思ってくれている!
「……」
しかし、清水さんは顎に手を添えて沈黙。
なにやら、怪しいことを考えていそうな感じだ。
「あ、海ちゃんさ、教室の風船の飾りの仕事やってよ。人手足りないから~」
「え……私、モールの飾りつけをやりたくて……」
「よろしくね!!」
清水さんは海の声を聞こうとせず、逃げるようにして、「委員会の仕事行ってきまーす!」と言い残し、廊下の向こうへ。
海は、清水さんの背中を恐ろしい形相で睨みつけていた。
黒マスクをしているから、口元は見えない。
しかし目元に影が落ちて、般若の面のような鋭い目線で、去り行く清水さんの背中を貫いていた。海の静かなる憤りを感じる。
「う、海……」
「頼まれたから、風船の飾りつけしてくる……」
俺が呼びかけても、海は振り返らず教室の中へ。
「私が学校に来たのは、つまらない文化祭準備をするためじゃない」「陸と一緒に話しながら作業したかった」という、海の心の声が聞こえてくるような感じで俯いていた。
教室からは、クラスメイトたちのざわざわとした話し声が聞こえる。
「木工用ボンド足りないんだけどー!」
「あーごめん、店に一個しか置いてなくて」
「買い出し行ってきてねー!」
「えーめんどくさーい」
「3年E組の教室でね、落語イベントあるらしいよ!」
「え、なにそれ。独特すぎて、ちょっと気になるかも」
「当日さ、一緒に回ろうよ!」
加えて、「海ちゃんお帰りー!」という空音の溌剌とした声も響いた。
(うわ……こういう騒がしい空間って、海が嫌いな環境だよな)
清水さんは、海が騒がしい空間が苦手なことを知っていて、わざと教室の飾りつけの仕事を割り当てたのだろうか。
海が、俺と一緒に作業したいというのを見抜いて、わざと俺と海の作業を別々に割り振ったのだろうか?
というか、教室の作業の人手が足りないって、嘘じゃないか?
だって、教室では友達とのおしゃべりに夢中になっている人がたくさんいる。
――これも、清水さんから海への意地悪の一環か。
「……」
俺は一人でずっと黙ったまま、モールを壁に飾り付けるだけの単調な作業を続けた。
(はぁ……つまんな。海とおしゃべりしながら作業したかったな~)
海と話しながら飾りつけの作業ができたら、どんなに楽しかっただろう。
特段楽しみでもない文化祭の仕事を、海との会話無しで淡々とこなすのは、退屈以外の何物でもなかった。
「え、海……」
そのとき、海がドアをガラガラと開けて、教室から出てきた。
「保健室行く。クソつまらん」
海は、廊下の向こうに歩いて行った。
「あれー、海ちゃんどこ行ったのかな?」
そこへ、ちょうど清水さんが廊下の反対側から戻ってきた。
「あ、美玖ちゃん!海ちゃんならちょうど今、保健室に行ったところだよ!」
空音の高い声が響いた。
「うわ、またサボり?困るんだよねー、みんなでやってるんだから、勝手なことされるとさ~」
海にヘイトを誘導する清水さんがいる教室に、俺が入った。
周囲の目が一瞬、ドアを開けた俺に注がれた。
「清水さん、」
「お、何、陸くん?」
「ちょっと、こっちに来てくれますか?」
「なになに?まさか、好きですっていう告白~?」
「そ、そんなわけないじゃないですか。文化祭の仕事についてお知らせしたいことがあるんっすよ」
俺が清水さんに告白……?冗談にしては出来が悪い。
清水さんを好きになって、清水さんに告白なんて、ありえない。
人をからかってバカにして見下すような人を好きになるなんて……
――あれ、海も、小学生のときに俺のこと、からかってたよな。
俺と清水さんは、廊下の突き当りに移動した。