三人でぎゅーすれば、幸せも1.5倍だよ!
海の家に集って、夜更かししながら三人で最初に遊んだゲームは、なんとレトロなギャルゲー。
就職のために今は引っ越してしまったらしいが、海のお兄さんが持っていたゲームソフトらしい。
俺がゲームをプレイして、空音と海は横からわーわー言って、意外と盛り上がった。
「えー、こんなナヨナヨした女の子より、ハキハキしてる陽キャ女子のほうがいいじゃん……ほら、この金髪ギャルっぽい子とか。まあ、私は人のこと言える立場じゃないか」
海は、声が低くて引っ込み思案なところがある自分を卑下した。
「俺、この子を攻略したいな。黒髪の子」
「陸は、こういうダウナーっぽい黒髪の女の子が好みなんだ、へぇ~」
「なんか、海ちゃんみたいな子だね!」
「「……」」
空音の悪気の一切ない爆弾発言で、俺と海は顔を見合わせて一瞬の沈黙が流れた。
空音は、相変わらず子供っぽい仕草で小首を傾げる。
ゲームの中の落ち着いたダウナー気質の黒髪の子が好き……それって、海のことが好きだと言っているようなものでは?
それに気が付いてしまった俺は、顔を真っ赤にして目線を下げた。
「ウチも、落ち着いた女の子かわいいと思う!」
空音は、俺と好みが一緒だった。
へぇ、空音自身は常に騒がしいのに、落ち着いた人のほうが好きなんだ……
俺たちの好みの女の子の意見は分かれたが、結局俺の選択した女の子と恋愛することになった。
その後も、ホラーゲームで協力したり、アクションゲームで互いに足の引っ張り合いをしたりして、近所迷惑にならない程度に声を抑えて騒いだ。
「はぁぁ~ゲームって、みんなでやるとすっごく楽しいね!」
普段はゲームなんて一切触らない空音も、終始ニコニコしていた。
まさに、理想の青春という感じがして、俺は二人とのゲームプレイを通して、心躍らせていた。
「次は何する?」
海が俺と空音に尋ねる。
「ふあああああ……そろそろ眠くなってきちゃった」
空音が目尻から涙をボロボロこぼして、大きなあくびした。
「もう眠くなっちゃったの?夜はこれからなのに」
昼夜逆転生活を送る海にとっては、これからが活動時間の中心だ。
「だってウチ、いつも10時には寝てるんだよ~?もう10時半じゃん……30分も夜更かししちゃってるよ……」
「「寝るの早っ」」
再び俺と海の声が揃って、空音が「ふへへへ……」と、あくびと笑いが混ざったふにゃふにゃした声をあげた。
というか、東大を目指しているのに寝るの早いな、空音……
いや、むしろ生活にメリハリがあるから、空音は勉強ができるのかもしれない。
きっと、勉強は短期集中型なんだろうな。
「で、次は何やる?パーティーゲームとか面白そうだけど……」
海は、ゲームカセットがたくさん入った籠の中をガサゴソ漁っている。
このタイミングを見計らい、俺はお腹を押さえて腹痛の【フリ】をした。
――事前に打ち合わせた、秘密の【作戦】の実行のときである。
「ごめん、ちょっとお腹痛くて……トイレ貸して」
「いいよ」
「ありがとう。ちょっと長くなりそう」
――ちょっと長くなりそう。
それが、空音と事前に取り決めた合図だ。
空音にちらっと目線を送る。
空音は「わかったよ。ウチに任せて!」と言わんばかりに小麦色の瞳を見開き、小さくうなずいた。
海と空音が部屋で2人きりになれるように、俺はトイレに籠った。
(頼むぞ。空音……)
2人の話し声が聞こえてきた。
「海ちゃん、海ちゃん!」
「なーんだよ。ベタベタくっ付かないでよ」
「えへへ、いーじゃん、ウチらお友達じゃん!」
(これって、俺は聞かないほうがいいのかな……)
盗み聞きは良い気はしないが、どうしても海と空音の会話が気になってしまう。
俺は、トイレのドアに張り付いて耳を当てて、微かに聞こえる2人の会話を聞いた。
「海ちゃん。突然だけど、最近悩み事とかない?」
「え、FPSゲームのランクが上がらないこと」
「そ、それも立派な悩みだよね。FPSっていうのはよくわからないけど……」
お金持ちのお嬢様な空音は、FPSゲームという庶民の楽しみを知らなかった。
「他に……たとえば、心がツラいこととかない?」
「急にそう言われてもな……」
「ウチが海ちゃんの家に来た理由は、ただ単に海ちゃんと遊ぶためだけじゃないんだよ」
「どういうこと?」
「陸くんから頼まれたんだよ。最近、海ちゃんが泣いてるから相談に乗ってあげて欲しいって」
「え、陸が……?」
「異性よりも、同性同士の方が話しやすいだろうねってことで、ウチらを2人きりにしてくれたんだよ、陸くんは」
「ああ、そういうことだったんだ……マジか」
「別に、無理に悩みを話さなくてもいいんだよ」
海は涙を流した理由を語ってくれるのか……
俺は、さらにトイレのドアに耳を押し付けて張り付いた。
「あのね空ちゃん、私、空ちゃんとか陸くんみたいな人を待ってたんだよ」
「ん?ウチと陸くんのことを待ってた?」
「なんて言えばいいのかな……私の心にかかった鍵を開いてくれる人……そんな人を待ってたの」
「心にかかった鍵……ロマンティックな言い回しだね!」
「陸に優しくしてもらったときとか、こうやって空ちゃんに相談してもらえて、すっごくうれしくて、涙が止まらなくることが時々あったの……」
「そういうことだったんだ……悩みっていうよりも、嬉しかったってことなんだね」
(そういうことだったんだ……)
俺の心の声と、空音の納得する声が重なる。
海は、深く思い悩んで泣いていたというよりも、むしろ、代り映えしない毎日に変化を与える存在である俺や空音が居てくれて、嬉しかったのだ。
たぶん、そういうことだ。
「マジで……神空ちゃんも陸くんも、マジで神。あまりにも優しすぎるよ……」
「海ちゃんにつられて、ウチまで泣いちゃいそう……」
空音と海が洟をすする音が聞こえてくる。
さて、どうしよう。
(トイレから出るタイミングがわからねぇ……)
2人は多分お互いの気持ちを交換して、たぶん泣いてしまっている。
俺がトイレの水を流して「スッキリした~」とトイレから出てきたら、そんなしんみりした空気を壊しかねない。
「海ちゃん、一緒にゲームしようね!ウチ、また海ちゃんの家に遊びに来るよ!」
「ぁぁ……お気遣いありがとう、空ちゃん」
話が一区切りしたっぽいので、俺は使っていないトイレの水を流して、ドアを開けてトイレから出た。
「っ――」
トイレの外に広がっていた光景を見て、思わず息を詰まらせた。
なんと、海と空がソファーの上で膝立ちになり、抱き合っていたのだ。
「陸」
「え、え……なに、海?」
トイレを出て手を洗おうとした俺のことを、海が低い声で呼んだ。
海は、空音の腕の隙間から俺のことを見つめていた。
「――ありがとう」
その一言に、海の感謝の気持ち、これまでの苦悩、代り映えしない毎日の鬱屈とした気分、これからのこと、これまでのこと……
海が溜め込んでいた、あらゆる感情や伝えたいことが詰まってるような気がした。
「海ちゃん体は細いのに、おっぱいおっきいよねー!羨ましい!」
「ね、ねぇ……頭いいからって、何でも言っていいと思わないでよ……」
そんなしんみりした静けさのある雰囲気を、空音の爆弾発言がぶち壊す。
けれど、その「おっぱいおっきいよねー!」という突拍子もない空音の発言は、むしろ場の空気を和ませてくれた。
空音も、そして海も、微笑んでいた。
……俺は、どうツッコんでいいのか分からず「ははは……」と苦笑した。
「陸くんも、一緒にぎゅーしよ!」
「え、俺も……!?」
再び飛び出した空音の発言に、海も「ちょっと、空ちゃん!?」と驚きを隠せない様子。
「三人でぎゅーすれば、幸せも1.5倍だよ!」
「……」
「ほら、陸くんもおいで!」
「陸、来て」
空音と海に誘われるまま、二人が座るソファーへ。
そして、正面から抱き合う二人の側面から、俺は腕を伸ばした。
(ヤベェ……なんでこんなに幸せな気持ちになれるんだ!?海の体、温かい。空音の手、柔らかい……)
三人でハグしたその瞬間だけ、将来の不安とか、勉強の不安とか、過去の嫌な思い出とか、そういうことが全部忘れられた。
俺たちは黙ったまま、ずいぶん長いこと抱き合っていた。俺の肩には、海と空音の腕が回されていて、ハグというより、円陣みたいだった。
二人の呼吸する音や、服と服が互いに擦れる音まで聞こえてくる。
「……陸、顔真っ赤だけど」
海は、顔を赤くした俺を見て目を細めた。
「当たり前だろ……こんな、こんな……かわいい女の子二人とハグできるなんて、夢にも思わなかったんだからさ!」
取り繕うのが下手な俺のことを、海と空音は優しく笑ってくれた。
三人でするハグは、とても幸せな気持ちになれた。
「ハグって、無料でできるのに、すごいね!」
「空ちゃんも陸も、私にとっての【宝物】だよ。これからも、私と遊んでね……」
「もちろん。俺も暇があれば、また遊びに来るよ」
俺たち三人で過ごす夜は、もう少し長くなりそうだ……