島に果てる
平家物語(自由律に)「荒々しき者達」周辺エピソード
「義朝よ。」
「なんだ清盛。」
暗闇の中話している。互いに声が硬い。これから敵に夜襲をかけようとしている。
1156年、保元の乱である。上皇と天皇が分かれ戦っている。源平共に身内が別々になって入り乱れて睨み合っている。後白河天皇側の二人だ。
「お前の弟、源為朝とはどんな奴だ?」
「世の中で言われている通りの奴よ。見たことはあるだろう?」
「背の天を突くように高い(二メートル)だとか、弓手(左手)が女手よりも4寸(12cm)長いから、弓を恐ろしく強く引けるとか以外のことを知りたいのだ。」
「敵となったら、親兄弟にも手加減せん奴よ。」
「それは武士として当たり前だろう。」
崇徳上皇の邸宅まであと僅か。篝火を邸宅で焚いているからその周辺がぼうっと明るい。何度経験しても喉が渇く。体が重い。まあ良い、いつものやつをやれば問題ないさ。
「お前がやれ、義朝。」
「よし行くぞ、、、、。うっわっはっはぁ!」
息をため、次は全員で
「「「「「うっわっはっはぁ!」」」」」
大人数の高笑いが闇に響く。邸宅内からざわつく声と共に
「敵襲ー!」
とかかるや、
「先陣!源義朝!参る!」
「「「「「おう!」」」」」
と雄叫び、鬨の声を挙げ、駆け出した。反対側からも鬨の声。同時奇襲が決まった!物事がハマって流れ出すと、励まさずとも勢いが出る。
「〜〜〜〜。」
頭の先から爪先まで血が激流となって流れる。頬が紅潮し、力が漲る。勝つっ!
と、その瞬間、火花が咲き義朝の頭がえぐれた。
「!?」
いや、えぐれたのは兜の上の方だ。ガシュッ!という音もした。前方に巨大な影、鎮西八郎為朝!ガッキンッ
「ごっ。」
「ぐげっ。」
考えられるだろうか、一本の矢が伊藤景綱と忠清の二人を貫いた。影がまた構える。次は俺だ!思考以前に清盛が感じたその瞬間。首が後ろにのけぞった。後ろの木に兜が串刺しになっている。幸運なことに上の方に刺さった瞬間に兜がスッポ抜けた。そのままなら首ごと木に刺さっていた。それほどの衝撃だ。巨大な影の周りに少数の手勢。為朝は落ち着いている。まずい、完全に勢いを殺された。ザシュッ。また一人やられた。そこから軍勢の激突、無勢だが圧され調子で戦いが進む。そこに強矢が飛んでくる、清盛は必至で群れを励ます。どうする?と思ったその時、
「お逃げください!邸宅は取られています!」
走ってきた者が叫ぶ。影は動じない。しかし後ろでは騒ぎが大きくなってきた。頼政が暴れているのか?
「だから言ったのだ、、、!」
と言うや影は手勢とともに退却していった。視界から消えてからやっと力が抜けた。蛇に睨まれた蛙とはこのことだろう。
清盛は目を覚ました。
「この日が来ると、若い頃の戦を夢に見るな、、、、。」
梁が見える。
崇徳上皇側は敗北、為朝は捕まった。しかし、あの様に堂々とした敗者も珍しかった。
「鎮西八郎は島流し中であったな?」
側使えに言った。
「はい。ずっとそうです。」
保元の夢を見た朝にはそう聞かずにはいられない。太政大臣就任を目前にした清盛はそう聞いてほっとした。
「先をとっての夜襲しかなかったのだ。」
伊豆大島に流されてから十数年。よく昔のことを考える。そうはいってもまだ齢31。しかしとにかく騒がしい人生だった。摂津で生まれたのを振り出しに、父為義によって九州にそこで戦に継ぐ戦。九州を覇すと京にしぶしぶ出頭させられたが、そこで武才を見込まれて上皇に召し出された。まあそこで保元の乱となったのだが。
「つく方を間違えたな、、、、。」
負けたのは崇徳上皇であって自分ではない。あれだけ敵を打倒したのだから。
そして今、伊豆諸島の島にいる。自分の母親は江口の遊女と呼ばれていた。どこか世界を彷徨い歩く性を受け継いでいるのだろうか?日の本を動き回り、行く先々で戦った。その心のままに、この諸島の領主と戦い小領主となった。
「組みふせられて生きるよりも、強く、潔く、でゆきたいからな。」
退却している時に縄目の恥辱を受けた。なぜその前に自害しなかったのかと後悔し続けた。島流しの中では決心する気になれなかった。最後は戦の中で、十年来の思いだ。領主工藤茂光が討伐の院宣を得て、船が数隻軍兵を満載して島に近づいてきている。自慢の強弓をギッと引き放つ。ビュオッと走る矢が船の一つに当たり沈めた。
「見たか!」
戦いの中の人生最後の武勇。あとは邪魔されないうちに、、、、。配下は下らせたが、息子は自害した。
「面白い人生だった、これ以上生きると言っても何かあるというわけではあるまい。」
源為朝、伊豆大島で自らの命を断つ。齢31。
その報を聞いて平清盛は安堵した。
伝説ではこの後、密かに八丈島に脱出した為朝が琉球に渡来、第一尚氏の祖となる後日冒険譚が創作された。
作者は為朝が密かに本土に向かい脱出、平家の世に襲来するIF軍記「為朝記」も考えたが、そこは頭の中だけで楽しむこととして筆を置くこととする。