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東にあるは天与の地⑤天に唾する 開眼編

平家物語(自由律に)ep12「炎立ちて」関連エピソード

「何故!儂が閉じ込められるのだ!」

源経基は都に逃げてきて訴えた途端に「讒言」と断じられて左兵衛府で拘束されている。

武蔵国府で武蔵武芝との争いに将門が仲介に出て事態は収まり、国府で酒宴を行う、ということになった。興世王、武芝、将門も出席し和やかに行われることになったが、経基は恐れていたのか出席が遅れた。それを納得せずに反撃しようとしていると見なした武芝の手勢が襲撃、命からがら逃れ武蔵国から京へ逃走。「将門が興世王や武芝と結託して反乱を企てております。」

と訴え出たのだ。しかしそれは

「平将門が反逆の計を企てているとは、この藤原忠平への侮辱である。」

と太政大臣の怒りを買い、左兵衛府への拘束となったのだ。都は関東反逆!の噂で大騒ぎ、事態を収めるために寺社仏閣への祈願を要請、そして腹心、多治真人助真たじのまひとのすけざねが関東に派遣された。訴えられた将門に真意を問うためである。

同時に都に戻っていた平貞盛に話が来た。

「関東での将門殿に遺恨はありません。また仕官をしようかと。非道を訴えたと言われていますが、それは事情を問われたから話したのみ。」

関東行きを持ち込まれている。

「将門と戦えということではない。ただ争乱で力の空白が関東各所で生じている。それをまとめて将門と共に朝廷を支える事が良い出世への足がかりになり得る、と言っているのだ。」

忠平の意向を伝えられている。今回、大げさとは言え経基の訴え、流れてくる話をまとめると「将門の力が急に大きくなりすぎている」という事だ。平良兼が闘争から手をひいた。このまま父の一族の遺産をすべて手に入れた時、果たして彼は朝廷との関わり合いの中でのみ己の進路を決める者に留まるのか?そう考えると他の勢力の他にももう一つ欲しい。

「まだ良持殿の領地で収められていないものはあなたにも取る権がある。それに陸奥国の物はまだ手が回っていない。それらを確保して藩屏の一つを築き上げる。それが力を示すことになるだろうと。それができる貞盛殿だからこそ関東に向かっていただきたい。」

確かに、将門の父良持の遺領はまだある。甥である自分にはその権がある。そう思った途端に

「この文書が何かの役に立てば。」

将門への責を問う書状であった。


こうして戻った。しかし将門の手は早い。残った遺領で目ぼしい物はすでに押さえられていた。

「なら陸奥国にまわろう。まだそこまでは、、、。」

そう言えば、知己の平維扶たいらのこれすけが陸奥国の守として赴任するために近くにいる。よし合流して向かおう。と動き出すや将門の軍勢が迫ってきた。速すぎる。瞬く間に撃破された。

「都に逃れた貞盛がうろちょろして良いとでも思っているのか。」

争いから退き出家した良兼叔父を見てやれやれ、ようやく一族の所領が一統されたとほっとしている所にちょっかいを出された、それ以外の思いはなかった。迷いがないから行動も速い。そして大領主として、関東の大立者としての彼の意気込みが軍才を引き立てる。

随分と差がついてしまったな、、、そう思いつつ貞盛は坂東に留まる判断をした。そして足を下野国の田原秀郷の荘園に向けた。


百済王貞連くだらのこきしさだつらを任期途中であるが、下総国の介から武蔵国へと転任、興世王の補佐をさせる。」

藤原忠平は人事を敢行した。武蔵国の騒動を収めなければ、ますます坂東での将門に頼ろうとする者は多くなる。ここは切れ者揃いの百済王氏出の貞連で安定を図る。10月になり将門からの「反乱などとんでもない」という弁明を多治助真が持ち帰った。都の騒ぎはあっちにも届いている。話を聞くに反乱の意思はない。こちらも平将門という男を必要としている。だからこそあちらにも中央の忠平という主を必要とさせる。関東の地で対抗する勢力で牽制仕合わせて中央と関わりが強いほうが有利という状況を成す。そうした確固な主従関係でこの地を切り回すのだ。

「朝廷の来たる世の為に東の大地、離すまじ。」

人ではなく、国そのものの表情をしている。


その頃、将門は人と会っていた。「悪人」だ。藤原玄明ふじはらのはるあきという。「将門記」に「国の乱人たり」とある。国府への租税を滞納し、軍馬を出し国庫を襲って官物を奪っている関東の不良武装勢力の一つだ。元々、顔は知っていたが忠平と主従関係が深くなるにつれ疎遠になっていた。それが訪ねてきている。

「正直に、こちらについて欲しい。」

切り出してきた頼みに「否」と答えた。何故と聞いてきた。

「私は都の藤原忠平殿のもとこの坂東の治天に汗をかいている。裏切ることはできない。朝廷に弓を引くなどと。」

玄明はやれやれという顔をした。

「将門殿は気づかないのか。頼られるのは、もう朝廷は力を失い自らのことも出来なくなっているということなのだぞ。」

それは将門も感じる。開拓地とはいえ各地で起こる争乱、それへの不対応挙げればきりがない。

「叔父達が手配された時も、つい最近、貞盛が書状を持って回った時も国府は知らぬ顔。何もできなくなっているのが朝廷だ。そんな連中の走狗となって何がうれしい。」

「忠平殿は私を見出し頼っている。その恩を忘れて、というのは」

「昔から国の中枢に座り、後ろ盾にして各地の田園を税の安さで釣って、藤原の荘園として寄進させ朝廷を食い物にしている藤原、にか。」

「この乱れた世に重責を担うには力がいる。それは近ごろよく感じる。」

「寄進で穴の開いた租税を埋め合わせるために、藤原姓を与えられた荘園以外からは苛烈に取り立てる。奴等こそが乱れのもとだ。」

将門は黙る。

「儂が国庫を襲撃するのも、その歪みに腹を立ててのこと。そりゃいくらかは手元に置くが国が聞く耳を持たないからしているのみ。民草や仏法衆には手は出してはおらん。」

「だから一緒に国庫を狙えと?」

盗賊強盗の類に身を落とす気はない。玄明は違うっと手を振った。

「アンタがするのは都の連中がしていることだ。あんな寄り集まって話をして役に立たない奴を国府に任命するなら俺たちでもできる。ならアンタが中心になって藤原荘園も国府の守、介も追い出してやっちまえばいい。」

「!」

「それで関東から実りを持ち出すのも上から命じるのも無くなるようにするんだ。それをなせるのは良持の嫡子将門のみ。」

「政治などと、、、」

「そんな大した事はしていないから気に負うことはない。俺たちは京の貴族の為に働いているわけではない、生きていくために働いている。朝廷とはいえ上に乗るなと言うだけだ。」

「そんな事が」

「将門、京に行ったときに気づかなかったのか?畿内と関東の地の勢いというか、実りの力を。」

それは感じた。どこか山城国や通った畿内の田畑の緑は薄く、関を東に越えると山も田畑も緑は染めてように濃かった。その土の気の強さがあるから、成る、と?

「この大地を俺たちの先祖が蝦夷俘囚や高句麗、百済、新羅の渡来の民と混じってどれほど耕したか。それが分からぬ奴等に手を出されるのが嫌なのだ。」

結局、そこに至るというわけか。話はそれで終わり、玄明は帰っていった。


武蔵国府に赴任した貞連は仕事が早い。勘所をつかむのが上手いのだろう。混乱の元と見た興世王は実務に関わらせず、会議にも出させない。治安の乱れを治すために地元と国府を調整し、情報を集める。

「武蔵だけでなく坂東で考えると、、、、厄介者は各地を荒らす藤原玄明、そして下野国で掾としてありながら国府と対立して手配されたこともある田原秀郷、そして一族の内紛で下総国、常陸国、下野国を乱した平一党。」

平将門は関東の重しとなっている。田原は武蔵武芝と同じく国と地元との軋轢ゆえ騒いでいた。藤原玄明は言い分が立たない。これを除くのに異論はないだろう。争乱の種を1つ断つ。居住する常陸国の介は武蔵国から転任した藤原維幾ふじわらこれちかだ。国をまたいで手を出しやすい。

玄明にとっては年貢の納めどきだったのかもしれない。維幾の息子、為憲と揉めていたので常陸国も前向きに動き出した。

939年10月、弁明してすぐ、そして叔父の良兼が出家先で死んですぐ追い詰められた玄明は将門に助けを求めてきた。将門はしかし国府との対立は考えていなかった。しかし玄明を引き渡しするのにも消極的だった。

「常陸国府と話し合う用があるな。急いでゆくか。」

合戦の用意を整えて発った。

都ではこれは通用しない。どう見ても敵対行為だ。しかし荒々しい坂東では話し合いはもしもを考えて軍勢を連れてゆくものだった。これまでは問題なかった。ではこれからも?

常陸国府も将門の軍勢1000が来るのは問題と考えなかった。しかし助太刀に平貞盛と田原秀郷が為憲に請われて控えていた。

「ここで玄明引き渡しに話がつくなら、常陸国の残りにも将門の手が伸びる。そして次は下野国。ここで一気に開戦といこう。」

介の維幾の後で三人の腹は決まっていた。先制攻撃だ。

将門も将である。国府近くで自軍に寄せてくる軍勢を察知、即座に応戦した。

数で劣る将門勢は国府貯蔵の武器も持ち出して戦う貞盛勢に苦戦するも日が天に昇りきる頃には盛り返し始めた。

「寄せ集めた連中だ。数の多寡は僅か、押し返せ!」

これが時勢の勢いか。全軍に声を響かせる将門はとうとう国府周りから敵勢を追い出した。

藤原維幾は軍勢が逃げ出すや守が持つ印綬と鍵を差し出し降伏してきた。命だけは、というわけだ。

何故こういう運びとなった、、、将門は思う。戦う気はなかったが、相手が出てきたら致し方なし、敗者が伏して差し出すものは当然取るべきだ。従者もそれを望んで見ている。しかし、それは国家の権を奪い反乱するということ。忠平の坂東伴類ジュニアパートナーとして自分を捉える将門は思わぬ道に立っている。

「いや、しかし。」

せっかくの機会。この将門が不条理が満ち始めた関東を世直しせよ、こう示されているのか?とも感じた。

「、、、、、、、、、、っ。」

頭というより足の下から響く声がした気がする。足の下から頭に向かって寒イボが走った。そう感じると、もう心が戸惑いを捨てて、運命に向かって動き出した。この地で生きる、生きてきた思いを京に持たらすか!主従の忠平殿とこの将門の繋がりで国と関東が結びつけば良い。官人の文書ではなく。今がその時だ。

将門は印綬と鍵を取った。顔が輝いている。


将門謀反!

の急報は諸国の守から届けられている。常陸国の後、下野国、上野国、武蔵国、安房国、相模国、上総国、下総国の坂東八カ国から守が追われた。その坂東の主となった将門から文が忠平に届いた。「そもそも将門は少年の日に名簿を太政官大殿に奉りて数十年、今に至れり。相国摂政の世に意はざるにこの事を挙ぐ。歎念の至り、あげて言うべからず。将門は国を傾くる謀りごとを萌せりといえども、何ぞ旧主の貴閣を忘れむ。」

どうも謀反という内容とはとれない。ならば何故、朝廷に背いた?国政のかしらも戸惑った。

「忠平殿、この失態、いかがなさるお積もりか。」

緊急事態に12月に殿中に大臣連が宿直している。その中で詰められている。事ここに至っても政敵を追い落とし、出世の道を開こうとしている。浅ましい!

「既に愛発、不破、鈴鹿の三関は閉ざしているので進軍されることはない。あとは征討軍を発して反逆者を討つのみ!」

相手との土俵に乗らずに言い切った。


興世王が武蔵国を脱出し将門に投じた。既に常陸国から知恵者の元常陸介、藤原玄茂も来ている。

「我は祐けられている、、、。」

恐ろしいくらいに「将門の挙」は順調に進んでいる。思い出す。「いつもと違う事」が起こった時には天が人に手を伸ばして来ている時、その時は己の全てをかけて歩み征け、坂東にいつの頃からか言われ始めた言葉。その通りに進んだから瞬く間に坂東八カ国を手に入れることができた。この地の歪みを正す新政を成してみせる。天、、、いやこの地が我に与えたこの力で。

藤原玄明は将門は甘いと感じている。国府から守や介を追っても

「坂東を正した後は関東。そうしているうちに忠平殿との間で話がつく。太政大臣ともなれば、この将門がこの地のことを思い動いている事は分かるだろう。欲どおしい者を追い、健やかになったこの地が国のために与する、一時の汚名もそれで晴れる。太政大臣とこの将門の主従の中で全てが丸く収まる。玄明、こういう事だ。」

純朴というか、なんだろう。何故、朝廷を大臣がそこまで信じられるのか。都で話を出来たことがそこまでの繫がりを産みうるものなのか?

「その為に騒ぎは早く収めねば。」

常陸国、下野国ではまだ抵抗が続いている。わが真意が分からぬ奴らだ。

「確かに、とにかくそこを討たねばならぬな。」

そこは玄明にも異論はない。言っているうちに年を越した。939年は騒がしい年だった。


武蔵国を発した一団が下野国を目指している。活気溢れる若者達の騎馬行だ。

「白木よぉ。」

「なんだ太郎。」

「栗野のハル婆の神がかりで天朝に味方することになったが、やっぱ将門じゃないか?」

「勇ましの山戸太郎が怯えているのか?」

「白木の衆は口が悪い。みんなはじめはそう言っていただろうが。」

将門が次々に坂東諸国府の国司を追っている様子が流れてきた時、三村共に断然、将門支持であった。それを覆したのが辺りを統べる栗村の栗野藤太、いやその妹の神憑きのはる婆であった。村々が加勢に出るために騒いでいた時に彼女に霊が降りたのだ。

「味方すべきは天朝!将門は地の気に当てられて早まった慌て者!向かうべきは二荒山の田原!そこに立つものに加勢せよ!」

そして数は300。春を考えずに戦うべし、と決められた。率いるは跡取りの栗野 はせお。今、軍勢の頭を走っている。下野国の田原といえば、そこにいるのは坂東に鳴り響く田原秀郷。姓を貰った後は藤原秀郷ともいう。しかし平将門に勝てるのか?そう思うもの多くとも、道を進んでいる。

「下野国府とやり合ってた奴の一番が朝廷に力を貸すか?」

白木五郎は太郎に言った。

「後ろ、くっちゃべらない!」

馳の便女、妻のまきが声を飛ばした。


どうも不思議な男だ。平貞盛は横にいる男を見ている。陸奥国行きを将門に阻まれた彼が苦し紛れに尋ねた男だ。11年前まで下野国府と権益で揉めてひたすらに争い、一族中の18人とともに配流が決まった。二荒山の神を団結の核とする山城国の小野一族の流れをくむ者達の長。どっちかというと将門陣営にゆきそうな者だ。しかし、

「共に天に弓引く将門めと戦いましょう!」

と言われ面食らった。こんな事を言う奴なのか。

「坂東に邪悪な者が現れた時に戦うべきは我。神に言われた言葉を思い出しました。是非に。」

常陸国府に将門と戦う為に出撃するまでにその様な事情があった。常陸国府から退却した後は下野国の南部で坂東新国と睨み合っている。しかしどう戦う?悩む貞盛に秀郷は口を開いた。

「我等の数は4000を超えない。将門勢は伴類含めてこれの数倍はあるだろう。ならばこちら側が最も多い時に敵が最も少ない時に戦うべきだ。」

「その様な策が?最も少ないなら田畑に取り掛かる春、、、。」

しかし最も多いとは?

「そう、その時にこちらは田畑を放っても全軍で打って出る。」

「!確かにその時期は伴類は来れない。しかし田原の田畑は、、、、、。」

「少ししかできない。だからこちらの力は春の一撃のみ。それが通じないなら、やりようがない。逃げるか、首を差し出すか。」

決死の策だ。

「ならば、必ず勝ちを。」

「然り。」

もうすぐ年が明ける。伸るか反るか。


「頼むよ、文ちゃん。」

賊襲来に備え12月の寒さの中、都に矢倉が建てられた。三関を守って憂いなし。と言っても人心が動揺して収まらない。もしもの武装化もせねばどうなるか分からない。そしてその不安が自分に怒りとなって向くことはもっと避けねばならない。宿直の大臣の藤原式家藤原忠文が密かに太政大臣忠平に呼ばれたと思ったらこれだ。政界は藤原一強、分家同士で権を争っている。式家当主といえば、その一角、北家の忠平の敵となれば権勢の座につける。そういう情勢で泣きつかれている。同世代で互いによく知るとはいえ、なりふり構わずだ。

「大変な事だが、もう文ちゃんしかいない。軍を領して坂東に行って欲しい。」

何人も名前は挙がるが、皆、拒否。押領使に任命された中央の官人が恐れて出発しないので罷免されたり都ははたから見ても混乱している。

「このままでは乱を横目に、都もどうなるか。国の為を思って、なにとぞ!」

「、、、、平ちゃんさ。関東の人心は知り難いって思わなかったのかい?」

「この国の民草には違いない、と。」

「かつての陸奥国の阿弖流為、今の西の純友、東の将門。草深き地の者は都の人士とは違う目で世を見ている。その心は知り難い。それを使うなら、手を噛まれるなんてものじゃ済まない。自明の理だな。」

「、、、、責めは負う。でも関東の乱だけは、、、、。」

ふぅ、と忠文は息を出した。

「では、大臣、戦に向かって行く将に約束出来るか。」

忠平はじっと顔を見ている。

「東に進む軍が必要なありったけを己が全てをかけて用意できるか?」

「、、、、はい。」

「軍中はすべてこの忠文に任せられるか?」

「はい。」

「勝利の為の如何なる犠牲も背負い込めるか?」

「わかった!」

忠文は意を決めた顔をした。

「藤原忠文、将軍を拝命した!そこで大臣、まず源経基を釈放して軍に加えてほしい。そして出せる国軍のありったけを!」

「今すぐ令を出す!」

ようやく対関東の腰が定まった。

年が明けてから国軍が発つ。天慶3(940)年は国運をかけての決戦!



いつもと違う事が起こった時は〜、、、、ピタハンが精霊を見たという時は青葉が急に落ちてきたとかいった、ちょっとした変異を以て「会った」というらしい。未開の地で大地と向き合う坂東武者達にも「天の意を鋭く非日常に見出す」という感覚があった、と夢想してみる。

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