東にあるは天与の地⑤天に唾する 草莽編
平家物語(自由律に)ep12「炎立ちて」関連エピソード
935年、平将門が一族の財産継承で揉めている叔父平国香と合戦し、討ち取った。武士の家によくある叔父・甥の争いだ。まだ長子相続が確立していないこの時代、一族の長である父の兄弟である叔父と父の息子である甥の争いはかつて主だった兄弟相続とこれから主になる嫡流相続の二つの相続制の移り変わりのあわいに当たり、特に激しくなっていた。その財産争いの一例にすぎなかった。
下総国の猿島郡に本拠を持つ甥、将門と飯沼を挟んだ向こうの常陸国石田の叔父国香は結局数百の手勢を率いて戦うようになり、将門が勝利した。しかしこの後に国香達に常陸国府掾、源護が婚姻の縁により参戦したことで話は一族内の争いでは済まなくなってゆく。
「~~~~!」
謀られた。平将門の背中に冷たいものが走った。敗走させた国香がまたぞろ突っかかろうとしている、知らせを聞いて、ではいよいよ石田の館を焼く。そう決意して手勢を率いて進む先で待ち伏せに遭った。相手の数が計れない。やたらと多いように感じる。
「ひるむなぁ!丸くなってしっかり守れ。」
礫や矢が飛んでくる中、兵が近寄ってくる、鼓舞しながら相手を見定める。いつまでも丸く守っていては、負けだ。見るに前の兵が少なそうだ。
「進軍方向に突き抜ける。そこは薄いぞ!」
一気に鬨の声を挙げると遮二無二前に出る。人の壁で妨げられたが、とにかく押しに押す。やはり前方の圧は弱い。声をからし進むと、敵は撓みだした。ザクッ、将門自身が脇に刀を立てて一人を倒した所で崩れた。そのまま走り抜けて敵勢のいない所で足を返す。ここが風上。矢を構え放つと風に乗ってよく飛ぶ。これまで攻めていた国香勢の上に矢が降りかかる。こっちの矢は走りが悪い。ここで勝負がついた。国香は逃走。源護の息子、扶は戦死した。
そこからは足を速め国香の石田周辺の館々を焼いた。この頃、柵に囲まれた館には領主の一族郎党、支配民がまとまって住んでいた。そこを田園が囲んでいる。人、物、心のよりどころ、周りの人界の全てが集まる場所であった。それが攻められ、火を放たれて焼けた。平国香は死亡。元々、叔父は叔父でも揉めていたのは平良兼の方であって国香は巻き込まれに近いが、刀を持って向かい合うなら親兄弟でも戦うのが殺劫の道に生まれた武士の性だ。諸国六十余州、幾百と繰り返されてきた争いの一つにすぎなかった。
平貞盛は敗死した国香の息子だ。ついこの間まで都で宮仕えをしていた。坂東八カ国という鄙の武士にとっては皇族、貴族麾下の傭兵団の扱いといえども名誉なことであった。銭があれば何でもできる都の生活の中で過ごしていた若者に故郷の急報が伝わった。急いで暇を請い帰ってきた目に焼け落ちた館が映った。炭の中から見つかった父、国香の死体も泣き叫ぶ母も。将門がやったという。親類の将門の事はよく知っている。彼も都に出て活躍することを望んでいた。しかし思いは叶わずに下総国で過ごしていることも。
「相続争いは武士にとって珍しくもない。将門が勝ったなら継承権は将門、ということだ。」
叔父殺しの悪将門に詫びを入れさせて手打ち、だな。坂東らしい乾いた考えがまとまった。そうして話し合いが始まった時、運命は思わぬ方向に動き始めた。
叔父の一人、平良正が兄弟国香の仇を取るために動き出したのだ。相続争いのもう一方の当事者、兄の平良兼を上総国に訪ね、方々を動き回り人を集め始めた。
元々皇族の端くれの興世王が上野国、下野国、上総国、下総国、常陸国に多くの荘園を持つ武士集団に迎え入れられて誕生したのが桓武平家、将門の一族だ。一大勢力であり、地方の名望もある。その名も実もある一族の棟梁の座。血を呼ぶ条件はそろっている。未開の蛮地の坂東八カ国で過ごさざるを得なかった将門にとってはこの座は自らの誇りのよって立つところ。叔父達にとっては是非手に入れたい物。折り合えるはずはない。
「どちらかが殺し尽くされるまで、ひたすら続く、、、。」
綺羅びやかな京を知る貞盛は少し乗り切れない思いがした。
坂東の草高き中にくすぶった人生だった。都に行く夢も叶わなかった。そんな中で拠り所だったのは皇統に連なる我が血筋そして代々耕して拓いたカトクであった。それが奪われるなら闘うしかないだろう。将門はそう思っている。動きの全てはそれで決まっている。
そうしているとまた敵勢が押し出してきた。兵を集め国香のかつての石田館の向こうに出て来ている。
935年10月、相手は良正。またも叔父との戦い。常陸国の石田舘の向こう川曲村の辺りにいる。
「次は待ち伏せ仕返してやる。」
手勢を急いで走らせて川曲村近くに伏せた。あっちは石田舘の近くでやり合う気だろう。思う通りにさせるか!
ヒュカッ。良正の目の前の郎党に矢が立った。矢で射られると、矢が体の上に突然現れたように見える。
ヒュンヒュンヒュヒュン、斉射を受けている。この風切り音の雨あられ、なんて悍ましい。
「すわっ、掛かれ掛かれ。」
矢が止んだと思うと、もう側に斬り込んでくる将門勢。堪らずに逃げ出した。勝ちだ。こうして相続争いの初年は終わった。
936年6月上総国にいる叔父良兼が常陸国の石田舘辺りに攻めてきた。一族中の反将門の筆頭の良兼は面会に来た貞盛が将門と馴れ合っていると叱咤した。
「お前は父を殺されて何とも思えないのか。仇を取ろうとしないなんて。それでも兵か!」
「、、、、、、。」
こんな調子で何世代前に生まれた恨みを元に兄弟、叔父甥で殺し合っている。本当に果てしなく、、、、。
同行する事にしたが、気が乗らないまま臨み、急を聞いて100騎で駆けてきた将門に良兼が敗れるのを見た。
「それで下野国府を囲んだと?」
太政大臣藤原忠平は京の検非違使庁に出頭した将門から手紙を受け取った。合戦に敗れ国府に逃げ込んだ良兼を将門が包囲、しばらく脅したあとようやく逃した。坂東は治安が悪い。一族内の戦が各地で起きている。それに加えての騎馬強盗団が暴れ回り、国庫が襲われたりしている。しかし下野国府包囲は都を震撼させた。内紛で国の機関に手を出すとは、もう国家の重みを理解していないのか?と思っていると平将門の検非違使への出頭である。10月に急いでやってきたのは源護が国に訴える挙に出たためだ。
「誤解されてはかなわぬと馬を走らせました。」
告訴人を追い越してきている。国家の中枢にいるものとして、新しい開拓地の安定は当然思っている。しかし、その策は、、、というと中々ない。忠平にはある。地元の有力者を協力者として盛りたて使ってゆく。この若者はその器ではないか?そう思った。
「あくまで一族内の戦いが広がって国府包囲となったと?言っておくが上野国、上総国、常陸国は親王補任国なのだぞ。そこでこのような騒ぎを起こすことを申し訳ないと思わないのか。」
「申し訳ありません。しかし倒さねば倒されるのがひたすらな戦いの続く坂東。そこで生きてゆくには打ち勝つ以外には、、、、。」
たばかってはいない。そうなのだろうと見た。
翌年4月、朱雀天皇の恩赦によって晴れて無罪となった将門は下総国に帰って行った。
「散々あこがれた京とは華やかなものだ。忠平殿の知見も得れた。災い転じて福となすだったな。」
国家側に立つ忠平の冷徹な目を知ってか知らずか、骨折りに感謝して将門は東海道を急いで帰っていった。近々、抜擢があるかもな。
その8月に帰ってからも合戦は続く。勢を立て直した良兼に敗れ本拠地下総国豊田を焼かれたり、堀越渡でまた負けて妻が実家に連れ戻されたりした。
しかし10月に再起して攻勢に出て次は将門が常陸国服織宿を徹底的に焼いた。11月、諸国に良兼一党を逮捕するようにと太政官符が下された。将門を見込んだ藤原忠平の指示があった。
「国府は動かないだろうな、、、国はこの程度のものなのか?」
上から示された罪人を放っておくとは、坂東武者にこの地方に法も令も及ばないと感じさせた。結局は我が力か。
良兼の奇襲を10人で営所で防ぎ撃退したのはその後だった。妻も逃げてきて合流し、937年は終わった。
「追手が速い!急げ、遅れたものは置いてゆくぞ。」
平貞盛が将門と叔父達の果てなき闘争に嫌気を感じ、都に帰り宮仕えに戻りたいと思った。年明けにふと思っただけだが元々は心配で帰ってきて巻き込まれた貞盛である。たまらなく京が恋しくなった。帰れば仕えるコネはある。
「もう坂東のぬかるみに足を突っ込みたくない、、、。」
そうして2月に帰京する貞盛を将門の軍勢100が追っている。
何故、俺を追う。都に訴えに戻る、援軍を呼ぶとでも思っているのか。遅れた連中が討たれている。信濃国で追いつかれて散々に打ち負かされた。上兵、他田真樹もやられた。東山道をさんざん追いまくられ、意地も食料もすべて捨てて冬の山に逃げ込んだ。山中を彷徨い何とか生きて帰京することができた。山城国に入った時に心からホッとして、もう坂東に戻るまいと決めた。その時、将門のやつ、京に戻って暮らせる者が羨ましくて、悔しいのか?と思った。そう言えば去年、京の大立者の知遇を得たらしいが、結局若い頃に望んだ都での出世には繋がるものではなかったということか?、、、なら今の奴の心境はかなり苦しいのか?それを抱いてどうしてゆくのだろう。
太政大臣藤原忠平は関東の地が秘める力に注目している。平安京に王朝の基を置いて150年程、畿内諸国の大地は力を無くしつつあるのでは?と感じている。国政の大立者としても、日本中に藤原姓の田園を持つ桁外れの大荘園主としても、だ。どこかに新たな活力あふれる大地が欲しい。そう思って眺めると天下の果ての未開の地陸奥国の手前にある関東諸国が。そこの藤原姓荘園からの収入は増え続けている。広さ、豊かさ、国の基になり得る素地は十分だ。大量に渡来人を送り込み、開拓民も移住を続けている結果が出つつある。しかし治安が悪い。領主達の一族内外の抗争、武装勢力の跋扈、政庁は手を出せない。ならば騒乱の主達の有力者の力を以って地ならしをする。使える連中を探し国家の治天のために働かせるのだ。その一人が平将門だ。あちらもまんざらではなさそうだから良い主従として荒れる関東を駆けてくれるだろう。
実際、上総国、下総国、常陸国に跨る平一族の騒乱は将門に収められつつある。最も揉めていた良兼は静かになりそれと同時に他の叔父も黙りつつある。
「その調子で関東の重しになってくれよ。」
忠平は呟く。
将門の方でも自分は少なくとも坂東の大物、と思いつつある。国府との関わりも増えた。
「都で仕えずとも諸国の雄となる。このような在り方もあるのだな。」
父親は鎮守府将軍だった。宮仕えは出来なくとも父の如くなれるかもしれない。
そんな将門に使いが来た。紛争の調停の依頼だ。
武蔵国守に就任した親王の興世王と介の源経基が地元の代表格、足立郡長の武蔵武芝と対立、その末に興世王が手勢を連れて武芝の所領に乗り込んだのだった。
国府から見ると下でも元は武蔵国造、その末裔である武芝は激怒、深刻な対立が続いていた。この頃、武芝の報復を恐れて興世王も経基も山に立て籠もっている。そこに将門が介入してきた。
「関東に来て初めて見るが、あれが将門、、、、。」
一族の内紛を抑えて、関東に名が鳴り響いている。陸奥国の方にも顔が利く、そんな彼が出張ってきているのか。
「興世王よ、将門が来たからには武芝に関しては心配無用。お話を。」
将門の力は大きい。彼が動けば関東の耳目が集まり、争乱も治まる、そうなりつつある。下総国、下野国、上野国、常陸国、武蔵国は特にそうだ。混沌とした関東、特に坂東に力の秩序が生まれつつある。広大な関東平野の大地が朝廷を支える巨大な豊穣の地として治まる、自分と将門の主従という繋がりによって。太政大臣藤原忠平は政治家としての高揚感に満ちていた。
平貞盛はまた関東に戻ってきた。都での猟官の最中に思わぬ話を持ち込まれた。
「平将門を都に拘引せよ。」
それが出世の道だと聞かされた。
カトク、、、、家督。一族の持つ特別物成りの良い田のことを「徳田」「得田(〃)」と云う。そこから転じてその家を代表する、主な稔りを得る田んぼのこと。さらに転じて当主が継承する家産のことを云う。




