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小篇 女は覚えている 山河きらきら

「平家物語(自由律に)」ep12「炎立ちて」関連エピソード

「婆よ。そんな昔のことを言うても。」

「まあお聞き、若い者はこれまでの行きがかりを知らない。お前の父が30になった頃の話。」


陸奥国府の北、黄金が出る湧谷。それがムツキ達が生きる地。後に平泉と呼ばれる地はこの更に北にある。帰順が早く従順な支族には元々は彼らの天地であった場所が国府から「ありがたいことに与えられた」。諸国から倭人が移住してきているが空いている地はまだまだある。素直さを示すのなら国府も気前がよい。それに対して、反抗的でまつろわぬ支族は軍に打ち破られて金渫い場送り、或いは諸村諸国に奴婢として分配された。ムツキやオンダテの支族は土地が与えられる話だったが、金渫いを選んだ。より厳しい地で生きることに反対するものは去り、苛酷な生を受け入れた者達が働くこととなった。以来、30年。助け助けられて生きている。

「百済丸、貴方が皆をしっかりと守るのですよ。」

今や逞しく育った息子がエミシ頭だ。今日も川にゆく。オンダテが周りの土地を貰ったエミシ集落を周っている。そこで働く奴婢エミシの様子を見るためだ。土地持ちエミシにとっては奴婢エミシは牛馬同然。態度は倭人と変わりはしない。そんな悲しい世に下々として生きる者同士、繋がっている。

ペコリ、頭を下げた。新しく見えた山にだ。神霊は山にも谷にも湖にもいる。新しくまみえる神霊に失礼があってはいけない。移ろっては耕し、実りを得ては移ろっていた時代からのエミシの心だ。

「あと少しだわい。」

お供の若者を励ます。蝦夷ではなくエミシ、その思いを伝えるために足がはやる。

「オンダテ様。」

若者が言った。

「このような事がエミシの役に立つのでしょうか?いくら我々が懸命にしてもヤマトは変わるとは思えない。」

顔を向けたオンダテに言った。

「戦いこそ我等の思いを示すのでは、と。北へ移った者たちの様に。」

「死にたいのか?」

声に険しさが出る。

「やるなら死は恐れません。それが戦士。」

若い。自らの命を惜しいと思わない。勇ましい男だ。

「如何にヤマトが強くとも、、、。」

「ヤマトは強くない。」

オンダテが言うと驚いたような顔をした。

「では弱いと?では弱いものに何故、、、。」

ムツキとは違って、オンダテはこういう時に困る。うまく言える気がしない。その時、頭に浮かんだ妹の口が動いた。

「ヤマトは多い。強い弱いではない。戦うなら我等は押され続ける。倒しても倒しても次々やって来る。そして我等の力が尽きる。他の部族でよく見た。そしてオトナ達が詫びを入れて負ける。」

あぁ、そうだ、俺は若い時から勇んで起とうとするといつも妹にたしなめられ続けてきた。

「ヤマト王はエミシのオトナと違って若者が死ぬことは何とも思わない。他のところから浚えて持ってきてひたすらに続ける。」

若い身が身震いした。

「そんな相手と戦うことは滅びの道、山からこの世に帰ってきた命を魔物に投げ打つようなもの。」

「、、、、、、。」

「だから戦わない。話し合って力を尽くし合って付き合ってゆく。従う者にヤマトは手を緩める。そこからヤマトの力も借りて我等が栄える、それが大切。」

呆然としている。かつての自分のような顔。

「金が出だして、一箇所に居着くようになってエミシは増えたと思う。こんなにどこを見てもエミシが居る世をワシは知らん。」

ようやく自分の言葉が出た。

「こんなに倭人ばかりの世で?」

「ああ。エミシもまた増えた。」

地を移ろっている頃に倭人から米を知り、試しに水辺に植えた。食べて驚愕し、作り続け、やがて国府の力で水路や水源が作られた。そして家を作り田を打ち、定住した。この急激な変化で子どもたちが多く生き残りエミシは増えた。如何なる神霊の加護もなし得なかった「しあわせ」だ。生き方が近くなると倭人もエミシも似てくる。傷つけ合いながら共に生きるようになった。山の向こうからやってくる命を多くこの世に留めて、倭人と共に動くようにさせるヤマトの大君の霊威の凄まじさにひそかに心を掴まれている。

「ヤマトの空の下で生きる。そうするべきなんだ。」

自らに言い聞かせるように言った。


「婆よ、在りし日のオンダテ爺も他の者もムツキの声は光って聞こえると言っていた、、、。昔からそうだったのか?」

「そんな訳無いでしょう。、、、、でもいつから、、、。」

ふと娘の頃を想う。


まだ生まれて12の頃か。幼さから抜けた頃だ。

エミシの娘が女の悦びを知るのは早い。相手は村の若者、戦士とも言う。自分達より少し年上から男は村の外と戦う戦士となる。そんな逞しい存在をひたすら見つめている、女の子同士しか見ない時は過ぎ去っている。そうした男を目に映すようになった娘達から誘われ、連れられて自らの肉体の秘めたモノを知る。月の障りが始まる手前の娘を何人も引き連れて歩くのは戦士の証であり、女の子人生の華やぎだ。

現代からは考えられないが、乙女である事を婚姻前まで保つのが美徳になり始めるのは近代。そんなに古い話ではない。それより遥かに古い世界では16ぐらいで婚姻する前にちゃんと男女の触れ合いを知っておくことが当然な事だった。美意識はそれに基づいて形作られる。

「あなたは誰に愛されたの?」

幼友達に不思議そうに聞かれている。女の子が集まると愛を交わした戦士たち自慢が始まる。自慢合戦からとっつかみ合いになることもしばしばだ

「え、、、、、っ?」

そう言ったきり黙るしかなかった。その経験はない。

「やっぱり、そうだよね。一緒に歩いているの見たことないもの。じゃあさ、私と一緒に行こうよ。モギ様のとこへさ。」

全く邪気が無い様子に逆らえず、手を引かれてモギの元へ向かう。瑞々しく逞しい戦士だった。

呆然として横たわっている。

「どうして、、、、、。」

呟く。ちっとも良くはなかった。荒々しく押さえつけられて骨も折れそうなくらい引っ掴まれるのにひたすらに耐えている内に終わった。安らいで抱きついている友達が分からない。モギがまた抱き寄せてきた。優しくしているつもりなのだろう。嫌っ!と思ったが身体が動かない。二人して抱かれた。自分が気持ち良いければ、娘も満足していると思っているのだろうか。嬌声が出るのは勝手な身体の勢いに過ぎないのに。ようやく力が戻ると手から抜け出して走り帰った。以来、戦士のもとには近づいていない。

「陸奥守様が陸奥のつまを探している。アレがいただろう、変わり者の、見た目は良いアイツが良いだろう。」

村長イダテの指名で自分がゆくことになった時に吐きそうになった。ヤマトに組み敷かれて生きるエミシの姿が重なる。押さえつけることしか知らないのはヤマトの男もエミシの男もおんなじ。村から逃げたい一心で国府に向かおうと思った。そこで死んでやる。

国府の屋敷は大きい。生まれてからこれまで見たことがないくらいに。そこで彼に出会った。百済王敬福。

「お初にお目にかかる。話には聞いていたが、ご足労だった。」

男盛りだ。この男の前で決意したら、死んでやる。

そう思っていたがこの男は何もしてこない。屋敷で日がな、村では味わったことのない安楽な生活をしている。妾はこんな仕事ではないだろう。それぐらいはエミシの娘にも分かる。

「からかっておられるのか。」

部屋に招かれて語らいが続いた時にそう言った。

「それとも内情を聞き出されたいのか?」

部族内を詮索とも取れるような話題も多い。陸奥国守は目を丸くしている。

「そんなことはしない。単なる男女の語らいだ。ただどういう所で過ごしてきたのかと思ってな。」

「何故、そんな事を、、、。」

困惑する。夜の褥でする事だろうか。男が女に立場を思い知らされる場だろう。その時、敬福は奇妙な手の動きをした。両手の手のひらをピタッと合わせている。

「男女の和合が出来ぬ者は家が収まらない。そしてそれは国家の乱れに通づる、からだ。」

「???」

話が急に大きくなってポカンとした。

「百済王家は海の外、百済からこの日の本に来た。よって立つ処なき者達。そのなかで生きてゆくには一族属民の男だろうと女だろうと力を尽くし組んでゆかねばならない。そのためには互いを知らねばならない。」

訥々と言った。しかし悲しみが敏感な心に感じられた。

「儂等は何とも思わぬが祖父から前の代になると百済から鄙びたヒノモトに逃げ込んで、そこで大君に仕えることになったことを嘆く者が多かった。」

部族の男達の顔が浮かぶ。やはりこういうことに例えようもなく融通が利かないのが男なのか。

「しかしな、この国に生きる女たちを迎えて共にある内に百済王家の男は変わった。話を聞き合う内に嘆きや悲しみを超えてこの国に在る、その覚悟が固まったのだ。」

「エミシは覚悟が決まっていない、、、。」

どこか嫌なら北へ移ってゆけば良いという思いがある。この元百済王族は足腰を据えることを決意した。

「想いが決まったならここで豊かになる。貧しい国というのなら豊かな国にしてしまえば良いと皆が思った。」

「その力を得るがために男女が分かり合う事が要る?」

「女だろうと力を借りねばここで生きることもヒノモトという天下と共に抱き合って強くなることはおぼつかないからな。」

だから百済王敬福は妾の自分に多く語りかけ、聞こうとしている。

「陸奥姫。」

こっちを見て言った。?それが私の名前?

「そなたは陸奥国の秀でた女性にょしょう。初めて見た時にそう思った。」

一言でいい難い感覚になっている。

「共に陸奥国、ひいては国をを栄えさせようぞ。」

「、、、、、はい。」

いつの間にか身体を寄っかからせている。そうして甘く語らう内に悦びが始まった。

こんな事を味わえるのか、夜の闇の中でひたすらに満足している。男と女が尽くし合って知らぬ境地まで至る。忘れ得ぬ感覚が刻まれた。気づけば朝日が顔をのぞかせた。天地が鮮やかに照らし出されてゆく。女は絶頂に達する度に死に、生き返って目覚める。

すうぅっ、朝の澄んだ気を味わう。

「おいしい。」

クヨクヨ沈んでいた自分は昨日まで、この朝から陸奥姫の生が始まる、キラキラした明るさの中そう思えた。女としての身体で得た尽くし合い。この感じがヤマトと組み合うエミシの民が互いに在り合うのに必要なものではないか?それが出来るなら道を探ってみたい。陽の光が登る日高見の地に明るさが増してきた。


「あれが始まりだった。そして川から輝く黄金が見つかった。」

「、、、オンダテ爺は土地を貰うことも望めば出来た、と笑って言ったことがあった。何故、黄金浚えの方に行こうと思った。」

「涌谷は日本から突出した新たなしま、その最も先にある地だった。それより北はエミシの異天下、だから、、、、。」


「正気か?」

オンダテは思わず口に出した。ムツキは都に敬福と行かずに涌谷で生きるという。

「族長イダテの地は安堵された。私は最も厳しく生きることになるエミシ捕囚と共にせめて生きてゆく。」

北にあって自らの天地で生きる者、佐渡島↔阿武隈川の緯度から多賀の陸奥国府を過ぎて涌谷に至るヤマトとエミシの間の巨大な境世界バッファゾーンで混じり合って生きる者。この身は後者。この境で小さな力を振るい、共にある、事を成してゆく。そう決めた。ならば最も厳しき涌谷へ。

「、、、、、、何を言っても聞かないだろうな。」

この妹の言動に突き動かされて始めている。ならば、そう心に浮かんだ時に雲間から日が差してきた。

「精霊も示して来ているわ。儂も行こう。」

「涌谷の方の山に雲が掛かってもいる。霊の加護は行く者に付く。勇んで行こう。」

こうして黄金を朝廷にもたらした百済王は都に戻り累進し、陸奥の愛姫は捕囚と共に涌谷に暮らすことになった。

涌谷に来た頃から精霊の声に音がついた。青葉が落ちる、風が吹く、雲が高い木や山に掛かる、現象を見てとらえるのが精霊の声を聞くということ。でもこの地では違う。子の百済丸が育ったころから心に言葉が聞こえるようになった。突然心が光で満たされて言葉がやって来るようになった。口から発すると周囲も輝く気がする。そして周りに金渫いエミシが集まるようになった。

「そう、あの金色のお姿を見てから、かしら。」

涌谷に来た仏法衆が小さな堂に小さな仏像を置いた。それを見た時にムツキの中で全てが合わさった。これまでの男とは違った百済王敬福、オンダテ、百済丸、エミシ達、倭人、全てに感じた喜怒哀楽が笑みに含まれた。そう感じた時

“陸奥国に弾かれてやって来た倭人、エミシ、山を彷徨う民、全て同じ。全て夷。皆、救われたい。”

身のうちが輝き初めて言葉を聞いた。土着の精霊信仰の魂が仏教の荘厳と融合して形を得た瞬間だった。

大きなモノが手を差し伸べてきている。そのモノの前では全てが些少、全ては些事。目が空の高さに持ち上げられた様だった。

涌谷の向こうにある朝廷が築いた城柵を繋いだ防衛線。その向こうの異天下に桃生城が築かれて以来、エミシとヤマトの間で衝突が続発するようになった80年間の海道蝦夷の動乱時期中にあっても涌谷が黄金を生み出し初め、続けた。それはこき使われるエミシが「ここで働き、生きてゆく」と励み続けたからだ。その裏にはムツキの言葉があった。ひたすらに生きてゆこうとするがゆえの言葉が。


「それで今も女達は金色の小仏を拝みに行っておるのか。」

「もう男達も拝んでいる。女が動けば男はついてくる。男は認めんがな。」

「婆はエミシのこれまでをよく知っているな。」

「父や母から桃生城が出来てエミシ全ての気が変わった頃の話も聞いているから、それからどうエミシがヤマトと折り合い、やがて一部が戦い、ヤマトの天地が広がっていったか。そこで生きる事を決意したか、を見たこのムツキは物をよく知ってるという事になるの。もう身体は動かぬが。」

今日の話は終わり、外に出た。太助は、阿弖流為や母禮が居ない世を生きてゆかなければならないと思った。もうエミシの勇者がやって来て救うのではなく、自分達の力で救われねばならない。80年に及ぶ大君の軍と戦った英雄時代によっかからず、そこから知恵を得て歩んでゆく。それは難しいだろう。ふと山を見る。月に照らされて雲がかかっていのが見える。思うままに手を合わせ頭を下げた。太助自身が気づかない内に新たな世のエミシとしての生き方が身につき始めていた。






720年の桃生城の構築以来、断続的に反ヤマトのエミシと朝廷軍がぶつかり合いながら750年の黄金発見、801年の阿弖流為の敗北後、その後のエミシの騒乱がほぼ収まった時代までの白河関〜涌谷という日本の新開地(或いはヤマト・エミシのあわい世界)で共に生き、やがて日本人そのものになっていったエミシの一偶像として。

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