春を知る前に(後)
「あのさ、トゥルちゃん。」
「?」
池作り、水路作りの為働く男たちの為に娘衆も出て来ている。少し手が空いた時にふと聞きたいことが浮かんだ。憩いついでに衆から離れる。
「家に来たときにさ。」
「うんうん。」
「、、、、いくらここに来たいと思っていても、怖くなかった?」
じっとトゥルが見つめてくる。目を合わせていると魂が遠くに連れて行かれそうな深淵の色だ。
「怖かった。もうこれで家にも村にも帰れないと思ったもの。」
村で親しかった顔を思い浮かべているのだろう。
「でも、勇んで来、、、、」
「でも、私を照らす光がクリ村で明るんでいる、そう見えたから、足助に飛びついて、風に乗って走ってきたの。」
霊感少女に降りてきているのだろうか。神韻を帯びている。
「誰でも、愛しいなら、出来る?」
「出来る!」
断じた。問答無用の説得力だ。と同時にふっと空気が変わった。いつものトゥルだ。
「愛しい、なら。」
呟いた時に近づいてくるものに気づいた。
「ヨル。久しぶり。」
ノが朗らかに言う側でトゥルがキッと身構える。
「別にアンタに用があってきてないわよ。」
苦笑して言って、ノに向く。
「ハナシがあるんだけど、一人で頼める?」
そう言った時にはトゥルはいない。
「、、、、あの子って若よね。でも、おかげでやる気になったのよね。」
真剣な顔になっている。
「春の忙しさが終わったら、カラダ空けといてくれる?乗せて行って欲しいんだよね。」
「何処に?」
「武蔵国府。」
即答した。
「その頃にはソドンが国衙で働いているから、連れてってほしいの。」
「ヨル、、、、、。」
「このまま村にいても誰かの嫁にされるからさ、なら、ソドンの相手が決まる前に押しかけようかなって。」
「あなたも、、、、」
と言って言葉が継げなかった。
「お礼はするからさ、ちょっと取り計っといてよ。」
そう言って去りながら、
「女同士の秘密、だからね。」
と念を押した。
向こうから
「ノ~、餉が始めるから手伝って〜。」
声が聞こえて我に返った。
家に帰ってくるとトゥルがむくれていた。足助が昼に新羅若衆と急に打ち解けて、楽しく昼餉を食べたこと、共に働けて嬉しかった事を嬉々として語って機嫌が悪くなったらしい。気まずそうにしている。
「トゥルちゃん、機嫌直して食べちゃおう。」
ノが薦めると、カナが食事を持ってきた。
厳しい冬が終わり春小麦の植え付けが終わった頃、ソドンが国府に発った。新羅村だけで送るつもりでしたが、共に働いた倭村、クリ村の若衆も集まった。皆泣いている。
「秋゛と゛新゛年゛は゛帰゛って゛く゛る゛か゛ら゛、、、、。」
慟哭に近いソドンにつられている。
「、、、、、国府のどこに住むんだい?」
「国衙、の横の、建、物。」
足助はすぐに分かった。あの建物か。姉のノからそれだけは聞いておくように言われていた。
近くで見ていたヨルにノがささやいた。
「月が変わった十夜に発つよ。」
「随分、若な事をするけど、二人とも気を付けて。」
カナが心配して言う。
「冬に行った道だ。案ずることもないが、月明かりで行く、ということを頭に入れて行けよ。」
ノ、足助に狩人も声をかけた。新羅村から倭村に入ったあたりでヨルと合流だ。
カッカッカッカッカッ
ヨルを拾って一路武蔵国府へ。月明かりで少し先を見て夜目を利かせながら馬を歩かせる。
「~~~~~~。」
暗い中で単調な馬の蹄が響くだけ、足助は眠気をこらえるので精一杯だ。裘を着てきたのは間違いだった、温かくて眠くなる。
「寝るなよ~。」
後ろからはノが二人乗りで進んで来る。女同士話してるので眠気に襲われていないのだろう。よく話が続くもんだ、試みに耳を傾けてみる。
「でもさ~ヨル、こんなこと言ったら気が悪いけど、拒まれたらどうするのさ?クリ村に来る?」
「下働きでもいいから、喰らいつくわよ。帰るくらいなら死んでやる!ぐらい言おうかしら。」
「あはは、これからの大役人様を困らせんじゃないわよ。」
ペチャペチャ喋りながら
「起きてる?足助。夜が明けたら少し寝るから頑張って、勇士。」
と言ってくる。地平線に日が出る頃には距離を稼げている。ヨルが抜け出た新羅村から追手が出ても追いつけない。一眠り後は速歩で速める。頭の中で予定を繰る、それ以外にやることがないからだ。ふと身体が月夜に溶けて心だけが馬の上に乗っている、そんな感覚に陥る。
「海の向こうにいた頃は、、、。」
思わず口が動いた。グス爺の話でしか知らない高句麗での自分達の祖霊達もこうして夜を徹して進み何処かを目指していたのだろう。あてもなく考える。
そうして進む内に夜が明けた。
「ここで休もう。」
少しして足助は言った。思ったよりも進んでいる、追いつかれる心配はない。そして乗り慣れない馬にヨルの疲れは激しい。馬を繋ぎ草を食わす。その側で眠る。
「足助、何やってるの?早く。」
ゴザを敷いた上で固まって寝る。体を冷やさない知恵だが、最近、女と?と思ってしまう。
「トゥルちゃんに悪いと思ってるの?アンタもそう思うんだー。」
「違わい。」
ヨルも頬を赤くしているが、結局固まって寝た。
そして夢を見た。
なんて広い大地。青い草がどこまでも続いている。一群の人と家畜が進んでいる、誰も知らない顔だがどこかで見た気もする。暗き夜も明るき昼もそうして進む。武蔵国府に行く自分達もそうだ。海の向こうの地の冬は寄り集まってしのぐ。休んでいる自分達のように。
「俺は武蔵国府で官人になる。」
ソドンの声が響く。俺はどうする。俺は、俺は。
馬と共に生き、乗り、祖霊のように強くありたい。
田を作り、畠を打ち、皆で豊かにありたい。
そして愛しい人と歩んでゆく。
そのためなら租も調も庸も軍役もドンと来いだ。
俺は勇士、強く歩みゆく者
「二人とも急いで。馬はもう元気だ。」
夢から覚めるや、国府へとまた進み出す。
武蔵国府は賑やかだ。2度目だがそう思う。ノもヨルも初めてでポカンとしている。そんな二人を連れて国衙についた。その横の宿舎にソドンが住んでいる。ここでは新丸と名乗っている。呼びに行った人がもうすぐ連れて来る。
「ここまでありがとう。アンタたち姉弟のおかげでアタシ、、、ぜったい幸せになるよ。」
ヨルは少しノと向き合っていたが、にわかに顔を近づけると
「ん、、、、っ。」
軽く唇を重ねた。やがて離すと照れくさそうに笑って
「まだ夫にも捧げてない唇、安くないわよ。」
とソドンの元に駆けていった。姉弟はただ佇んでいたが、足助はノの
「そう、こうしないとね。」
という呟きを聞いた。目が潤んでいる。
秋の春小麦の刈り入れに手伝いに帰ってきたソドンはヨルは連れてこなかった。
「そんなことは俺がさせない、と言っても“連れ戻されるから、イヤ”と聞かんのだ。」
大人になった彼が若衆の前では少年の顔になる。
「新羅村の長老もあきらめ顔だ。何もできんよ。」
珍しくおどけずコラムが言った。刈り入れ以外にも池掘りも手伝う。三村の若衆は共に働くようになって互いの事情に詳しくなっている。
「で、足助。聞いたが、ノさんが、、、というのは春で良いんだな?」
「官人さんよ、若、娘衆だけの秘密だぜ。春頃、池が出来るからそこで叫ぶ。大人は誰も知らないから驚く、そこで若者全てで“是!”と叫ぶ。これで決める。」
「ダメだ!という大人には家の前でひたすら騒いで、火を大きく焚いて思い知らせるさ!」
平狗が物騒なことを言う。若衆の目を惹くノが取られるのは残念だが、あの智巧なら婿として申し分は無いだろう。
ノが娘衆の中で働くのは春までだ。それ以後は衆から抜ける。しかし娘時代の仲は一生物だ。そうして繋がって、運命に向き合ってゆく。明日、完成した池の前で智巧が講話をする。そしてその時ノは自らの道に駆け出す。
「みんな驚くだろうな、、、、。」
そう笑って一日の始め、夜の眠りに向かう。坂東、武蔵国の片隅で見る夢は輝いていることだろう。
速歩、、、、常歩、速歩、駈歩、襲歩




