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 春を知る前に(中)

平家物語(自由律に)「炎立ちて」周辺エピソード

秋。少し前まで鳴いていた蝉の声も消え、春小麦の収穫はもうすぐだ。その時期にソドンは一人村外れで佇む。若衆仲間はぱったりと仕返しの事について言わなくなっている。決意を聞き、ならばソドンが計るように任せるが良し、となった。だから自分達から急かす必要はない。クリと新羅の若衆の間に不気味な静けさが満ちる。一度、クリ村の春駒ハルク

「娘を盗られた腰抜け新羅!」

とからかって、若衆一の巨軀ウマンに殴られた時もクリから詫びを入れ大事には至らなかった。

その中で悶々としている。分かっているのだ。トゥルは戻らないだろう。無理やり連れ戻してどうなるというのか?しかし悩む。怒りがこみ上げる。その相手は足助ダルスだ。無理筋だが、憎いのは奴だ。

「どうしました?」

不意に声をかけられて驚く。見ると、若き仏法衆、智巧。

「何か思い煩っている様子、、、。何か悩みでも?」

心底心配している。人に言えることではないと思ったがが聞いてほしい気持ちもある。口を開くことにした。

「幼き頃から国府で国衙勤めをしようと勤めてきたのですが、いざ故郷を離れ国府にゆく、と決まると離れたくないと思ってしまいます。仕舞にはなぜゆかねばならぬとも思ってしまい、ほとほと嫌になってしまいます。」

とても話が決まってから急に好きになった相手が居なくなったことを受け入れなければいけないことに怒っている、とは言えない。しかし性もない面子に囚われている自分が情けなくなる。

「、、、、、、、。すべき行いに、しかし心がかきむしられている、と?」

「、、、、、、はい。」

考えているのか、言葉を探しているのかこっちを見ている。

「あなたは命を終えることを恐ろしいと思いますか?」

「思います。」

「しかし生きている限り、必ずその時は来ます。誰でも。近くによって来るほど恐ろしげに。」

それを思うとブルッと震えた。なんと恐ろしい。

「必ず通る道をどうしようもなく恐れる我々です。こうするべきとか、仕方がないと思っても、心は不条理に乱れます。必ず、誰でも。」

「どうしようもない、、、、、。」

「大事なのは、こんな事で悩む自分がつまらない男だと思わないで下さい。誰でも自らの行いに心悩み、いつでも嘆いている。悩むからこその人なのです。」

「誰もがやるべきことに心は嫌だという。」

「身の内と外は必ず別れます。当然来る終わりを恐れるように。内外が一緒になるなら、それは悟りと言います。」

「悟れません!」

「私も含め、皆、悟りたいと思い悟れません。ありのままを受け入れることができない。だからせめて向かい合い続けてください。皆と同じ受け入れられない自分に。そうすることは恥ずかしくありません。」

真剣に向かい合ってくれている。隠している自分に。

「例えば、人と諍いが起きるなら、、、、。」

言いかけて辞めた。立ち上がり猛烈に駆け出した。多分、あの人の言葉を受け取れない。結局炎に焦がれる我が心だ。何か無茶な衝動が衝き上げる。意もなく体をめちゃくちゃに動かした。

しかし、聞いてもらった。皆んな、そう。と言ってくれたおかげで少し楽になった。気がつけば我が家だった。


「お前、狩人ガルドよ。連れてってどうする気だ?」

連れ出されたジェミンが聞く。

「さっきも言っただろう。娘に何か言え。」

「言うことなどない。この前キィが来ていただろう。俺に何を言えという。」

「あれはトゥルの母の言葉。父の言葉を投げろ。」

ここで互いに黙る。一体、言うことがあるというのか。

「なあ、狩人よ。」

「何だ。」

「俺は、俺たちは新羅での混乱を避けてこの倭国ワァクに逃れてきた。その間、常に祖先が残した言葉が我々を導き守ってくれた。話によると、ここに来てからの数年で渡来した半分が死んだ。しかしそれから40年、来た時以上に我等は増えた。畠も広がり、軍役も担い、国衙に人も出している。祖先たちの言葉に従ったからだ。間違いない。しかしトゥルはそれが嫌だとクリ村に行ったのだぞ。」

個人の感じる好悪なんて意味のないことだ。年頃の娘は誰かの庇護を受けなければならない。新しい生命を世に送り出せるのは若い娘と若い男の結縁のみなのだから。しかし放っとくとヴァカな生き方をするのが若者だ。だから彼等は大人と掟でしかるべき場所に導くべきだ。そうすることで家が治まり、一族が固まり、宗族が定まる。その先に渡来新羅民のこの地での繁栄がある。祖霊に報いるため、これからの子達のため、一人々々の思いは向こうに置いておかなければならない。俺はそう信じる。「そうじゃない」という娘に何が言えるのか。

「お前は迷っている時にはひたすらに理を言いたがる。」

狩人が見透かしたように言った。

「迷ってるなどと。」

「ジェミンの娘トゥルは賢い。この前も足助が水路掘りを見に行こうと言うと、途中で何かに感づいたように“今日は馬を見に行こう”と言い始めて行き先を変えさせた。後で気づいたが新羅若衆のソドン?が近くにいてかち合うかもしれなかった、ということだ。そんな娘が父の渾身の言葉を受け取れないと思うのか。」

「“神憑き”かな?」

「ジェミンよ。祖先の残した言葉に従うも、祖霊の声を聞くのもこの世という暗闇の中に灯りを求める、その気持では同じだろうが。」

「、、、、。」

「これからと、歩み始めた娘に言葉を放て。誰も聞いてやしない。祖先ではなく、渡来した新羅の民でもなく、単に父ジェミンとしてな。」

母キィが来た時、連れ戻されると思ったのかトゥルは中々出てこなかった。しかし、そうではないと分かって出てくるや母の胸に飛び込んで涙を流して「オモニごめんなさい。」と言った。その頭を抱き「ここで、しっかり生きていきなさい。」と震える声で言った。

そしてトゥルはもう一つ、父の言葉を待っている、間違いない。大人というならどんな態度を取られても何か言え!

「狩人、俺は冷たいと思うか?」

「思わない。祖先の跡をまねぶからこそ我々は生きてこれた。まねぶ事が出来ないやつは死にやすい。当然の事をしていると思う。そんなお前が思うところを親としてぶつけろ。」

気づけばクリ村の中だ。もうすぐ着く。

トゥルは聡いというより鋭い。家にジェミンが来たということにいち早く気づくと迷いも見せず外に飛び出し裏の藪に飛び込んだ。

「トゥル!」

追っていた足助は藪の中で見つけたと思うや長い手足で捕まえられた。この年だとまだ女の子のほうが力がある。動けない。

「足助、静かに。」

耳元で懇願するようにささやくトゥル。しかしその時、既に足助は動く気をなくしていた。すごくいい匂い、、、。いつからこんな匂いが身体からするようになったのだろう。無心に首筋に当たった鼻で嗅ぐ。

「外に飛び出しただと!」

狩人の呆れたような声が聞こえた。


「あの辺にいるな。」

狩人が指で指すがジェミンには見えない。どうしたものかと思っていると“ここで言え”と手ぶりをされた。確かに追えばさらに逃げるだろう。

「トゥルよ。父が来たぞ。」

カサッ、と藪が鳴った。

ウリはまだお前がソドンに嫁いだほうが良いと思っている。ソドンは賢く、良い男だ。」

よりにもよって、、、他に言うことはないのか。

「しかしお前は足助を選んだ。選んだなら、貫き通せ!伴のため、己のため。そして新羅の民は強い!唐に勝ってるからな。それを忘れるな。」

なおも暗い藪を見つめる。

足助勇士ダルス・ユルゲン!おてんば娘だが、よしなに!」

そう言うと、とっとと家に入った。

「エラそうに。」

足助を抱きすくめながら呟いた。その口を足助の口が塞いだ。

「ん、、、、、っ。」

さっきまでは感じたことのない力で足助が動いてトゥルを抱いた。


「あなた、二人が出てこないわ。」

ガサガサ騒ぐ藪をカナも見ている。

「そのうち出てくるさ。馬乳酒を出してくれ。」

倭村にも新羅村にもない酪と馬乳酒。せっかくだから振る舞おう。中でデジュンが座っている。

足助とトゥルが呆けたように藪から出てきたのはしばらくしてからだった。二人の小屋に入れると倒れるようにそのまま眠りに落ちた。


辺九照ベクテルさん。」

娘衆の集まりを訪ねた後に呼び止められた。振り向くと娘が立っていた。トゥル、ということはわかったが、まとっている雰囲気が違う。そしていつ知ったのか?自分は彼女に名を言ったことはない。

「は、はい。なにか。」

「もうすぐ庸ね。」

「確かに。わが村は物納で納めるよりかは。労働でやるしかないので。」

自分でも情けなくなるくらいたどたどしく答えている。トゥルは少し髪を触っている。やがて手が止まった。

「足助も行かなきゃいけないの?」

「そ、そりゃ決まったので。」

むこうで娘衆がこっちを見てクスクス笑っている。あざけりやがって。しかしこの鼻に匂う甘い香り、しょうがないだろう。見るとやや困ったような顔をしている。眉がやや傾く。

「夢見が悪くて、、、この村から国府に行くと悪いことが起きそうな気がするの。どうにかならない?」

いつの間にか年近のユゥが近寄ってきていた。

「アンタ、どうにかしてあげなさいよ。困っているじゃない。」

「あいつに言えよ。来てるんだから。」

足助も娘衆の働きに出ているトゥルについてきている。そう言ったところで足助が来た。

「トゥル、他の奴を巻き込むな。心配無用と言っただろう。」

どうも家でも伝えているがこの調子で心配するな、らしい。勇敢なのか、おおざっぱなのか。


ソドンの思いは新羅若衆に伝わっている。ヤルのは庸に出た武蔵国府で、だ。冬までよく耐えた。それだけで若衆の中にソドンありだ。デジュンは思った。

「ソドン。前もって言えよ。」

そう静かに言った。もう武蔵国府にゆく。クリ村から買った鹿の裘を出した。

新羅の衆は庸に行くのも倭村やクリ村とは別だ。国府で合流する。道すがら大人達が「武蔵国の真ん中で騒ぐなよ!」と言うが、若衆達は分かっているのか、ないのか。寄り集まっては談じている。

ヴァカな事をせねば良いがな。」

「ジェミン、お前から言ってはどうだ?」

「いつも伝えているのだがな。」

一人が国府に先に走り、クリ衆に伝えることにした。


集まった大里の衆を武蔵国府掾が出迎える。

「よく集まってくれた。庸はとにかく運搬等の力仕事だ。決まりの日程、存分に働いてくれ。」

翌日から労役開始だ。他の地域の衆と共に土石や木材を運ぶ。キツイが村での働きを思えばまだましかとも思う。その労役の日々の中でソドンが遠目に足助が見ている。足助は気づかない。クリ村の衆もそこまで気がいかない。新羅若衆は二人の距離を見ている。

ある日、クリ村の衆が国府で商っている品を足助が取りに集まりを離れた。

「今だ。」

呟きを周りが聞き逃さなかった。

「やるんだな!ソドン。」

すいません、智巧師。俺、あなたの言葉、受け入れること出来ませんでした、、、、。ポカンとした足助の顔に拳が吸い込まれていった。


「高句麗系渡来人と新羅系渡来人の集団が騒ぎを起こしたと?」

武蔵国府は頭を抱えた。治安が悪いと、渡来人だらけだと言われてきた未開の坂東も拓けてきて、、、という矢先のこの騒乱だ。

「それからどうなっている。」

「双方が頭を立てて相談し、話はまとまった、ということです。何でも女を奪っただ、なんだと。」

「どこでも揉める話だな。まあ、庸も終わって帰郷する時に起こってよかったな。足早に去らせろ。」


村で待っていたトゥルは顔を腫らした足助が帰ってくると抱きついた。泣いている。

「大丈夫だって。ちょっと当たっただけ。」

ヴァカ!」

村の水路掘りが年が明けて始まる。倭も新羅の衆も来ている。そしてソドンも。

「なあ、良いのかソドン?クリ村のことだろうが。」

「もうケジメは付いた。あとは国衙にゆくまで力を尽くすだけだ。」

新羅村は鍛冶の技も持ってきた。だから自前で青銅の鍬が作れる。それを持って掘る。のみならず村外にも貸して掘らしている。特に硬いところは特別に鉄器。だから工事が進む。

「、、、、、、っ。ちょっと休む。」

まだのされた傷が痛むときがある。周りにも促され、憩う。深呼吸をしながら座っていると不釣り合いに大きな包みを抱えた男がふらふら歩いている。足助と思った時にふらつきが大きくなった。

「ソドン!」

「大丈夫か?」

思わず支えていた。どこか照れくさいような顔をしている。たぶん自分もそんな顔をしているのだろう。そんな二人を若衆が囲んでいる。

「勝手に殺気立ってんじゃねぇよ。さかった馬か。」

「どっちも引いてくれ、祖霊ソリョンに誓って荒いことはしない。」

若衆同士の間が和んだ瞬間だった。

「おい、こっちに来てくれ。」

「おう、新羅の鍬の力を見せてやるわ。」

ワイワイと騒ぎながら混じって働く。それをふと、ノが見ていた。

「あんなモメてて、殴り合ったら仲良くなんて男ってわけわかんない!」


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